常に結果を求められるアスリートにとって、月経による心身の不調に悩んでいる人も多いのではないでしょうか。
2021年2月、スポーツ選手のコンディションを可視化するツール「ONE TAP SPORTS」を運営する株式会社ユーフォリアと婦人体温計を展開するオムロン ヘルスケアがオンラインイベント「#ThinkFemaleAthlete 女子スポーツ選手のコンディション管理を考える」を開催。
イベントレポート前編では、無月経を経験した陸上の新谷仁美選手と横田真人コーチが、月経の知識や自分の身体を「知る」大切さについてディスカッションしました。
後編となる本記事では、日本体育大学児童スポーツ教育学部の須永美歌子教授による「女性アスリートのコンディション管理の基礎知識」のセッションをお届けします。
「生理が来なくてラク」は間違い、「無月経は病気」との認識を
女性アスリートに多い健康障害は、エネルギー不足、無月経、骨粗しょう症の3つ。エネルギー不足が引き金になり、女性ホルモンの分泌が低下することによって、無月経や骨粗しょう症を引き起こします。
このエネルギー不足問題は女性スリートにおいて顕著で、身体中に悪影響を及ぼすのです。須永教授は次のように指摘します。
「エネルギー不足は過度な減量や食事量にばかり注目されがちですが、オーバートレーニングでも起こります。エネルギー不足は無月経や骨の問題だけでなく、精神面、心臓や血管、認知機能、免疫機能にまで影響を及ぼし、パフォーマンスの低下に繋がります」
「エネルギー消費量に対し、摂取量のバランスが取れているかどうか、体重・体脂肪率などの指標で長期的に管理する必要があります」
そのほか、運動のストレスや精神的なストレスが要因となり、卵巣機能の低下に繋がり、女性ホルモンが分泌されなくなることでも、無月経は起こります。
また、女性アスリートによく見られる疲労骨折。骨粗しょう症は骨の強度が下がり軽い衝撃でも骨折を起こしやすくなる病気。月経異常に次ぐ女性アスリートの大きな問題となっています。
実は月経と骨粗しょう症には関連性があるとみられており、無月経の選手は骨折しやすいという調査結果が発表されています。
「女性の身体が骨量を増やせるのは20歳まで、閉経と共に急速に骨量が低下します。つまり、中高生で無月経の状態を放置してしまうと、骨量が低いまま生きていかなければなりません」
「将来的に骨折しやすくなり寝たきりになる確率も上がるかもしれません。まずは、無月経は“病気“であると認識してほしいです。そして健康を維持しながら競技力向上を目指すということを念頭に置いてください」
無月経はトレーニング効果を低下させる可能性がある?
新谷仁美選手も経験したという無月経は、結果を求めるがゆえ、引き起こしてしまいがちな病気。しかし、一生懸命トレーニングをしていても、無月経ではトレーニング効果を充分に得られない可能性があると須永先生は指摘します。
「月経異常の場合、筋力トレーニング時の成長ホルモンの分泌量が少なく、アドレナリンやノルアドレナリンといった運動に重要なホルモンの分泌量も少ないという調査結果があり、月経異常があることでパフォーマンスに差がついてしまうという本末転倒になりかねないのです」
ホルモンが分泌されていない=パフォーマンスが低いというわけではないものの、無月経と運動パフォーマンスは少なからず関連性があると考えられます。
選手によって異なる、月経周期とコンディション低下の関係性
約1カ月周期で女性ホルモン濃度が大きく変動する、月経周期。トップアスリートを対象としたアンケート調査では、月経周期によってコンディションに変化があるかという質問に対して、「ある」という回答が9割でした。
月経中の悩みの上位を占めるのは腹部の痛み。生理痛や月経困難症は個人差が大きいため、その選手にとってトレーニングが適切であるかを見極める必要があります。
月経困難症に対し、見極めにくいのがPMSと呼ばれる月経前症候群です。月経の始まる3~10日前から起こる精神的・身体的症状で、気分の落ち込みや集中力の低下などの精神面、体重増加やむくみといった身体面の症状が選手の生活や試合に影響を及ぼします。
月経前は体が水分を溜め込みやすく、月経周期によって体重が2kg近く増加する人もいるといいます。しかし女性アスリートの中には、体重増加やむくみに非常に敏感で、パフォーマンスへの影響を心配する選手も少なくありません。
「体重を測って1kgでも増えていたら、絶食したり水を飲まなかったり、という人までいます。月経周期の影響で女性は体重をキープするのが難しいため、月経周期を考えながら体重の変化を観察することが大切です」
痛み止めとピルの選択肢
生理痛に悩んでいる場合には、痛み止めを飲むという選択肢もあるでしょう。「痛くなる前に飲むようにしてみてください。痛み止めは癖になってしまうという人もいますが、生理痛の場合は月経中だけなのでそれほどでもないと思います」(須永先生)。
それでも痛み止めが効かない場合、痛みやPMSが日常生活や練習、試合に影響する場合には、低用量ピルの服用という選択肢もあります。どうしても試合に被らせたくないときに月経の開始時期をずらすことを検討する選手もいるでしょう。
ただし、メリットだけではなく、デメリットも理解すべきだと須永先生は注意を促します。
「薬なので副作用がある人もいます。せっかくコンディションを良くしようと思って飲んだのに、コンディションが低下することも。オフシーズンなど、時間に余裕があるときに試してみることをお勧めします」
「あくまでピルは、マイナスからゼロに戻すもの。決してプラスになるわけではありません。健康な状態になってから、自分の能力を発揮する。婦人科に相談し、しっかり理解したうえで選択するのがいいでしょう」
生理とどう付き合っていくか長い目で見る
教授の話を聞くと、女性にとっての生理がいかに日々の生活と人生に影響するものであるのか痛感せざるを得ません。
「早い子では8~9歳で生理がきて、平均して閉経は50歳。38年間は生理と付き合っていくことになります。妊娠出産期を除く単純計算で、1年に12回が38年間続くと456回生理があります。生理が5日間続くとして、一生のうち2280日は月経期間中ということになります」
「これだけ繰り返されるので、月経でお腹が痛い、具合が悪いなどの不調があれば、いまだけ我慢するのではなく、ちゃんと向き合って改善策を考えていってほしいですね」
幼い頃からスポーツに励むキッズ、ジュニアが多いなか、本人がわからないうちは家族や指導者が理解し、適切なコンディション管理を行うこと。
また、いままで目を背けてきたアスリートや指導者ならば、いますぐにでも向き合うことが、選手の長い人生において大事なものを失わずにいられることに繋がるのかもしれません。
無月経は生きるための機能が失われること
なんとなく“デリケートな話題”として扱われがちな月経の問題。声を上げにくい世の中から少しずつ前進しつつあるものの、スポーツ界においては「勝ち負け」が存在するがゆえに見失うことも多いのかもしれません。
しかし、運動をするための機能以前に、生きるための機能が失われることは、身体が極限状態に近いということ。
結果を出さなければいけない場面があるとしても、病気になってまでそれを成し遂げる必要があるのか。無月経に直面した時、選手自身も指導者も、選手の人生において何が大切かを考えなければなりません。