Gクリニックでタイミング法3回、人工授精4回、体外受精1回が全て失敗に終わった。「あと3回だけがんばるね」と言ってくれた妻・りえちゃん。僕らは友人にすすめられ、都内でも評判のYクリニックに転院した。しかし、転院後の体外受精1回も流産という悲しい結果に……。

>>前回「子どもなんて欲しがらなければ…」心もカラダもボロボロになった僕たちの不妊治療」

会食は断り、妻に「お薬の時間だよ」と声をかける

2013年9月、Yクリで2回目の胚移植をすることが決まった。これはYクリに通院してから先生に言われていたことなのだが、とにかくりえのホルモン値が低いと。

そのためホルモン値を上げるべく、施術の1ヵ月前から大量の薬を投与されることとなった。この薬というのが、何と1日5回。7時、12時、15時、19時、23時とこと細かに決められているのだ。

しかも前後30分もずれると効き目が薄れるらしく、ジャストタイムでの服用をりえはクリニックで指示されていた。1日2回の風邪薬でさえ飲むのを忘れそうになるのに。

当時のりえは大企業に勤める役職付きの会社員だった。とくに12時、15時、19時のジャストタイムでの服用がどれだけ大変だったかは、想像に難くない。

その時間が、会議や大事なプレゼンと重なっていたら、どうしていたのだろう?その過酷さに、今でもときどき思いを巡らせる。

そして気を張って過ごした平日に疲れが溜まり、土日ともなればりえは、ほぼ寝たきりのようになってしまうことが多い。だから僕はタイムキーパーとなり、「りえちゃん、お薬の時間だよ」とその都度りえを起こし服用を促していた。

ライターである僕はというと、当時ある男性タレントさんの連載構成を手掛けており、その方から懇意にしていただいていた。よく食事にも誘われていたのだが、「夜に僕が家にいなかったらりえちゃん絶対寝ちゃうだろうな…」とお薬の時間が気になり、そのお誘いも幾度となく断っていた。

家事をしたり些細なことで笑わせたり、僕なりのサポート

不妊治療に挑む夫婦やパートナーは、ボクサーとトレーナーの関係に似ていると僕は思う。不妊治療というリングに立ち孤独な闘いを強いられるのは、もちろん女性だ。男性はリングに上がることすら叶わない。

しかしトレーナーとして、妻を支える方法はいくらだってある。1日5回の投薬に関しても、僕はタイムキーパーとなって彼女に声をかけ続けた。ほかにもほとんどの家事は僕が担当し、彼女が会社を辞めるまでの15年間、毎日弁当を作り続けた。

家では治療のことには触れず、些細なことでもできるだけ笑かし、そんな“日常プレイ”を心がけていた。ふたりで“一緒に治療をしていく”ということは、こういった小さな気遣いの積み重ねでしかない。

いつも通りの日常を心穏やかに過ごすことこそが最良であり、そのため日々の食事を僕が作り、くだらないことで笑い合う。

そんなどうでもいい毎日を、まるで砂上の城を作るかのごとく細心の注意を払いながら作っていく。

Photo by Hello I’m Nik on Unsplash

前回、Yクリに転院して初となる体外受精は失敗に終わった。通算2回目のバッドエンドだった。あのとき、りえは泣いた。「ごめんなさい」と泣いていた。あんな思いは2度としたくないし、もうこれ以上彼女を悲しませたくない。

穏やかな日常を提供したからといって、「お薬の時間だよ」と声かけしたって、それで子どもが授かれるわけがないのは知っている。ただパートナーとしてできることはすべてやりきるのが、愛するりえへの誠意なのではないか?

そんな思いを抱え、Yクリでの2回目、通算3回目の胚移植を迎えた。

今回は採精も採卵もなし。というのも前回凍結した胚を使用しての移植となったからだ。凍結したのは4カ月前なわけで、120日も前に採取した胚をフレッシュなまま体内に入れることができるんて、本当にSFの世界のようだ。

妻からの報告メールは……

胚移植を終え、最初の妊娠判定は4日後にはもうわかる。ここで重要となってくるのが、β―hcg値というやつだ。

これは妊娠判定時に用いられる数値で、20以上を叩き出せば「正常着床の可能性あり」となり合格。そしてまた数日後の判定となる。

流産に終わった前回のβ―hcg値は、「12」というかなり低いものだったが、今回胚移植後に調べてみると、その数値は「18」だった。まあ諸手を挙げての合格判定ではないが、前回よりはまだマシだ。

この18という数値が、4日後にはどれだけ跳ね上がっているのか、はたまた爆下がりしているのか。お互いに口にこそしないが、そのことが大きく頭をもたげているのは確かで、一緒に買い物に出てもテレビを見ていても、どこか上の空。

2人して懸命に日常プレイをしようと試みるも空振り、4日後を迎えた。

この日りえは「昼過ぎに会社からクリニックにいくから、15時にはメールする」と言って、出かけていった。そして15時きっかりにメールが届いた。

Photo by Chivalry Creative on Unsplash

【18→7】

これは流産に終わったことを意味している。こんなにも簡素でわかりやすく、また悲しみと諦めのこもったメールがあるだろうか。もうやめたい。不妊治療なんかやめたい。

夕方早くに帰ってきたりえに「おかえり」と声をかけると、僕は自室の仕事部屋に行った。いや、逃げた。りえちゃんにどんな顔をしていいのかも、どんな言葉をかけていいのかもわからなかったからだ。

「残念だったね」「次また頑張ろう!」、どれもウソだ。そんなの彼女の心に届くはずがない。

悲しみを自分で消化しようとする健気な妻

しばらくするとリビングのほうからガタンゴトンと大きな物音が聞こえてきた。心配になり行ってみると、りえはクローゼットから大量の自分の洋服を出し、整理をはじめていた。これは彼女独特のストレス発散法なのだ。

何箱もの衣裳ケースを引っ張り出し、アウター、トップス、スカート、パンツ、スーツ……洋服を次々と種別ごとに分け、またそこから素材別・カラー別に分け、それを1枚1枚スマホの写真に収めていく。

Photo by Sarah Brown on Unsplash

次の買い物のときにムダな被りが避けられるからだと彼女はいう。ストレス発散にも、りえの賢さと生真面目さが垣間見れた。

声を荒げるでもなく、わめき散らすでもなく、ただ黙々と洋服を整理し、ただ自分のなかの悲しみを消化しようとしている、けなげなりえ。

悲しさと愛おしさで、一気に心がパンパンに膨れ上がった僕は、背中からすっとりえを抱きしめた。するとりえはホッとしたのか、せきを切ったようにぽろぽろと泣きはじめた。

「いつもクリニックに一緒に来てくれて、ありがとう」
「いつもご飯を作ってくれて、ありがとう」
「だめな私をいつも支えてくれて、ありがとう」

この期に及んで、まだ僕に感謝してくれる。「もう何も言うな!」そう心のなかで強く思い、ぎゅっと力を込めて抱きしめた。

「もうやめよう」と言えないわけ

「もう不妊治療なんて、やめよう!」そう頭に浮かんだが、なぜか口に出すのはやめた。彼女は以前、「あと3回だけ、がんばるね」と言い、2回目の今回も失敗に終わった。つまり、あと1回残っている。

だから僕は「もうやめよう」と言いあぐねたのか? 今になってもそれはわからない。とにもかくにも「もうやめよう」と口にした途端、それは言霊となり、本当にすべてが終わってしまう気がしたからだ。

「もう彼女をラクにしてあげたい」という気持ちと、「ここで終わらせて本当にいいのか?」という気持ち。この矛盾。これが不妊治療の現実なのだ。頭と心はぐちゃぐちゃになり、ふたりはただ、泣くしかなかった。

・これまでにかかった時間:1年4カ月
・これまでにかかった金額:1,711,999円(助成金15万円×3回 初診、基本検査、通院12回/うち人工授精4回、体外受精2回)

次回につづく

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