「そろそろ次のステップに移ってもいいかもしれませんね」

人工授精が4カ月連続で失敗した後、不妊治療専門クリニック(Gクリ)に向かうと、髪の毛をくるんくるんに巻いた女性の医師がそう言った。

次のステップとは、体外受精である。卵巣から採取した卵子と精子を体外で受精させ、できた受精卵を培養し子宮内に戻す方法である。妊娠率は人工授精より高くなるが、裏を返せばこれが最後の砦だ。

タイミング法、人工授精ときて最後に体外受精。これにチャレンジするしかないのだが、もしこれが失敗に終わればもう子どもを諦めるしかない。そう考えると、おいそれと「やります」と言えず、唇が震えた。

体外受精は一打席50万円の大博打

Photo by AC

そして体外受精は妊娠率がアップする代わりに、その治療費はべらぼうに高い。年に3回までなら国からの補助が受けられるが、なんと1回50万円。一打席50万円の大博打である。

さらに排卵誘発剤の投与や麻酔を使っての排卵など、女性の体への負担も増える。アソコに注射されるなんて、どれだけ痛いのだろう。想像しただけで怖い。

しかもいざ施術の段階となると、1週間に4~5回の通院を余儀なくされる。我が妻・りえは役職付きのバリキャリである。多忙を極める彼女が、それだけの時間を捻出できるのか?

タイミング法4回、人工授精6回、とんとん拍子に失敗を重ねた僕らの不妊治療アドベンチャーは、2013年2月巻き毛の女医にうながされるまま、最後の砦・体外受精に臨んだのだった。

自ら注射して排卵を促す妻に対し、なにもできない俺

後日、体外受精の診察に初めて行ったりえが帰宅すると、カバンのなかから密閉された注射器と薬を取り出した。排卵誘発剤である。「何それ!? 自分でやるの?」と聞くと、りえは説明書を見ながら「そうだよー」と答えた。

するとおへその下あたりを入念に消毒すると、りえは一気に注射器で下腹部をぶっ刺した。僕は顔を歪めながら注視していると、りえは小さな声で「痛っ」と声を漏らした。それは「私はここまで自分の体を痛めてやってるんだ」というこれみよがしの荒げた声ではなく、ただただ自分のやるべきことを真面目に、そして淡々とやっている表れのように聞こえた。

「これ、冷蔵庫で保管しておくんだって」

「へえ」

そんなりえが愛おしく、しかし何の代わりもできない僕は「ポンプ(注射器のスラング)を冷蔵庫に隠しとくなんて、ギャングか不妊治療の女の人ぐらいだね」と戯言を言うしかなかったんだけど、りえちゃんは「アハハ」と笑ってくれた。

翌々日もりえはクリニックへ。するとポンプが効いたのか、卵が5個確認されたらしい。しかしそのうち受精に使えそうなのは、3つだった。

「私の卵ちゃんは、ちゃんと受精してくれるのかなあ」

精一杯おどけて言うりえだったが、その瞳の奥には不安が見て取れた。卵子の老化がますます進む四十を迎えたりえは、そんな冗談とも愚痴ともいえるぼやきを多くするようになった。

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さて受精卵となっても、すぐに子宮に戻されるわけではない。受精が確認されると、それは分割をはじめる。前核期以降の受精卵は「胚」とも表現され、8分割まで成長し、着床寸前の胚を今度は「胚盤胞」と名を変える。

例えるなら『イナダ→ワラサ→ブリ』と魚が名前を変えて成長するように、『前核期胚→初期胚→胚盤胞』と名前を変え、胚盤胞まで出世すると、ようやく子宮に戻されるのだ。

ドキドキしながら妊娠判定を待つ1週間

次の診察は5日後だ。それまでに何個の卵が胚盤胞まで出世できているのか? それが確認されなければ子宮に戻すことすら叶わない。祈るしかない状況のなか、とりあえず出世を願って買ったブリを僕は食卓に並べた。

5日後の午後、クリニックでの治療を終えたりえから電話があった。

「卵、5個採れたって言ったでしょ?結局、胚盤胞まで成長したのはたった1個で、今それを移植してきた。クリニックに着いたら、分割は無事進んでいるのか? って不安になって気疲れしちゃった」

たった1個でいいから胚盤胞まで出世していてくれーー。僕らの願いは最低限のところでクリアされ、最初の体外受精が済んだ。そして1週間後には、妊娠判定を迎える。○なのか×なのか、ドキドキしたまま7日間も過ごさないといけないのが辛かった。

働きながらの不妊治療。多忙を極める妻

その頃のりえというと、仕事で多忙を極めていた。当時、りえのスマホのメモ書きにはこう記されていた。

  • 来月の社長報告に向け、本当に忙しい。22時をまわっても会社を出られず。
  • 採卵を終え、早足で会社へ。そして打ち合わせ。仕事も治療も遅々として進まず。
  • 上司、同僚、部下からの援護射撃はほぼ、なかった。ひとりで戦ってる気分。なんか疲れた。

クリニックに通うため、早抜け・中抜けを繰り返していたぶん、真面目なりえはいつも以上に仕事に尽くしていたのだろう。僕の前ではおくびにも出さなかったが、仕事と治療の両方ですりきれていたのだ。

そして迎えた妊娠判定日。よほど疲れているのか、鏡に向かっているりえの顔が少しやつれているようにも見えた。表情はなく、それでも会社に向かうため機械的にパフを両頬に叩いていた。

妻の「ごめんね」に、掛ける言葉もない

午後、クリニックを終えたりえから「妊娠反応なし」を告げるメールが来た。僅かな期待を抱いたがゆえの絶望。それを抱えながら夕方までの仕事をこなしたりえの心中たるや、考えるだけで胸が千切れそうだ。

夜8時、玄関のドアが開き、「ただいま」という声が聞こえた。僕は夕飯の用意のためキッチンから「おかえりー」と返した。しかし一向にリビングのほうにりえがやって来ないので玄関のほうに顔をのぞかせると、りえは靴も脱がずに玄関に突っ立ったまま肩を震わせ、泣いていた。

「ごめんね……」

 謝らないでよ……。僕はただ黙って彼女の体を抱きしめ背中を〝とんとん〟しながら、ゆっくり左右に振った。掛ける言葉なんて、あるわきゃない。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

こんな悲しい謝罪があるだろうか。僕は〝とんとん〟を続け、体をゆっくりと揺らし続けた。すると伝わるぬくもりに安心したのか悲しい謝罪は次第に止み、今度は代わりに肩の震えが増し、声を上げながら泣きはじめた。嗚咽だ。どんなに痛かったか、辛かったか。

「誰も悪くない。りえちゃんが笑顔でいてくれたら、それだけでいい」

必死に、こう言葉をしぼり出した。いつの間にか僕の目からも涙が溢れ、頬を伝っていた。

「そんなふうにやさしく言ってくれる人の子どもを授かれないなんて、私……」

再び激しく肩を震わせたりえは、悲しみが晴れるまで涙を降らせた。

「ほしいのは結果だろ?」友人の助言で、転院を決意

それから数日後、高校時代の友人たちと飲んだ。そのとき、ある友人に娘さんが生まれその子は不妊治療の末に授かったのだと本人から聞いた。そのため「実は俺も不妊治療やってて、こないだ体外受精が失敗に終わってさ」と告げると、そいつは一気にこうまくしたてた。

「ムラさ、不妊治療で1番大事なことは何か知ってる?それはどのクリニックを選ぶかなんだよ。俺が行ってた新橋のところは最新の機械が揃ってて、妊娠率の高さは都内でも1番なんじゃないかな。そこは大人気で、すげえ待たされるよ。愛想の“あ”の字もない。でも欲しいのは結果だろ?今通ってるとこに固執する理由があるなら話は別だけど」

Gクリに固執する理由なんてない。それどころか不満だらけだった。人工授精が4回連続で失敗に終わったあと「そろそろ体外受精へ」と勧めてきたクリニックだ。

しかし後でわかったのは、りえの年齢では人工授精での成功率はたった3.3%しかなく、体外受精だと24.6%に跳ね上がる。もう四十路を迎え卵子の老化が止まらない患者に対し、なぜ人工授精から勧めてきたのか?

患者の状況を顧みないマニュアル対応をされたようで、僕は密かに腹を立てていた。予測できたであろう人工授精の失敗により、りえの貴重な4カ月間が失われたように感じていた。

僕は普段から、友人や仕事関係の人に「不妊治療してる」と話していた。そのためか経験者からはいろんなアドバイスをもらったし、この飲み会の席では遂にいいクリニックまで紹介してもらった。

今や不妊治療なんて恥ずかしくも何ともない。何でも言ってみるものだ。そのため僕は、友人が強く勧めてきた新橋のYクリニックへの転院を決めた。

初めての体外受精が失敗に終わった夜の、りえの涙。僕はついに、不妊治療に本気で取り組むようになった。あの涙を無駄にしないよう、後悔だけはしたくない。やれるだけのことはやろうと。

「39歳からの不妊治療アドベンチャー」次回に続く。

・これまでにかかった費用 600,610円 (助成金15万円)

(初診、基本検査、通院8回/うち人工授精4回、体外受精1回)

・これまでにかかった時間 8カ月

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