仕事は楽しい。やりがいもある。プライベートは散々なこともあったけど、まあ落ち着いてきた。人生、そこそこいい感じ……と思いたいけれど、目の前には「30代の壁」が幾重にも迫る。
なかでもツインタワーのごとくそびえるのは「キャリア」と「出産」の二大巨壁。
ファイト一発!とばかりにその断崖をよじ登りながら、仕事に全力投球したい心が、卵巣におうかがいを立て続ける。「いつまでがんばれるもんなの?」と。すると卵巣は問い返す。「じゃあキャリアのいい時って、いつなの?」 。
がむしゃらに働きづめるのが正解じゃないとわかっていても、なにが「普通」なのかがわからない。ワークアンドライフから、ワークアズライフへ──と言うけれど、「アズ」のちょうどいいバランスはどこにあるのだろう。
私はこれから、どう働いて、生きていけばいいの?
そんなことをひっきりなしに考えていた時期に、ちょうど舞い込んできた仕事だった。
「いろんな働き方と生き方があっていい」
『「時間」と「人」が切り拓く これからのはたらき方・生き方』(NewsPicks Brand Magazine)
ものすごいスピードで変わる価値観や社会構造を前に、私たちは常に「自分らしさ」を求められる。多様化の時代にもなり、一人ひとりが、それぞれのスタイルに合わせた働き方や人生設計を考えなければならない。
でも、自分らしい働き方や生き方って、どういうことなのか? いろんな人たちに話を聞いて、ヒントをもらおう──そんな雑誌をつくることになった。前述のように、「30代の壁クライマー」になっていた私は、すぐさまこの仕事を自分ごと化し、制作に挑んだ。
「大切なもの」を決める
雑誌に登場してもらった人たちの半数以上は女性で、みな一様に「肩の力」が抜けていた。
無理せず、他人と比べず、ただ自分の思いに正直に生きる人たち。でもみんな必ずしも最初からそうだったわけではない。それぞれに苦労してやっとたどり着いた境地だった。
表紙のイラストを描き下ろしてくれた安野モヨコ氏は、代表作『働きマン』のエピソードを導入に、クリエイターとしての働き方を語ってくれた。
いいものをつくるためには時間が必要だが、量が増えればそれだけ、期日までの完成が難しくなる。コンテンツ制作だけでなく、多くの産業が直面する課題だろう。
期日を守り、クオリティも担保する。その狭間で揺れながら、自身の生活と、なにより大切な健康を犠牲にしてしまった過去を振り返り、仕事をするうえで「最も重視するものを決める大切さ」を教えてくれた。
安野氏の場合、それは「私の作品を読んで影響を受けてくれた読者のことを考え、その責任を取る」という、涙が出るほどかっこいい「矜持」へと昇華されたのだった。
ありもしない“理想の夫婦像”が、苦しめる
女性が働くうえでは特に、家族との関係性は重要だ。造形作家の澤奈緒(さわ・なお)さんは「“夫婦らしいとは、こういうことだ”という変な期待をお互いしなくなったおかげで、楽になれた」と語る。
奈緒さんの夫は、「プレゼンの神」として有名な澤円(さわ・まどか)さん。互いに忙しくしながらも、自分の時間を犠牲にせず関係性を深めようと努力する二人は、「苦手なこと、嫌なことはしない」と決め、他のカップルと比較しないことを徹底する。
そして「違いをおもしろがる」ことで、自分たちだけの夫婦像をつくりあげている。
「ありもしない“理想の夫婦像”が、パートナーを苦しめる」つまり他人基準の行動が視点を曇らせ、自分も相手も傷つけてしまうのだ。耳が痛かった。
「それでもたまに、周囲のいう『当たり前』に流されそうになるときがあります。そのたびに意識付けの繰り返しですね」と言う奈緒さん。完璧なカップルに見えるようでも、私たちと同じ。日々悩みながら試行錯誤を繰り返している姿が、眩しかった。
「あきらめの悪い女」は「いい女」
目の前に現れたその人は、思っていた以上に小さくて、でも溢れ出るパワーが身長の倍の存在感を醸し出していた。言葉ひとつひとつが重いパンチのように響いて、私は一瞬で引き込まれた──。
最後に取材をしたのは、社会学者の上野千鶴子氏だった。
ビジネスシーンでも多様性が大事だと言われる昨今、私たちは「本当の多様性を理解しているか?」というテーマをぶつけてみた。
上野氏はまず「男女平等なしに、多様性などありえない」と断言した。そして、女性の働き方は依然、男性側の事情に振り回される場面が多いと指摘した上で、女性の成長が男性の、ひいては日本の成長を促す最大材料だと言及する。
「今や、夫の存在が人生の妨げになれば、妻が離婚を選択するのも珍しくない時代になってきた」──実際、日本の離婚率は上昇している。でもそれは、抑圧されていた女性たちが声をあげ、主張できるようになってきたことを意味する。
少し緊張しながら、私自身も離婚経験者であると告げると、上野氏はパッと明るく微笑み、「じゃあ、あなたは『あきらめの悪い女』なのね」と言った。
私は何を言われたのか一瞬わからず、すぐさま「どういうことですか?」と聞き返した。
「だって本来なら、夫婦関係なんて諦めちゃってそのままでいるほうが、よっぽど楽じゃない。波風立てずに惰性で過ごしたほうが、無駄なエネルギーを使わなくて済むんだから。でも、あなたはそうしなかった。自分の人生を諦めきれなかったから、離婚したんでしょう。諦めの悪い女は、いい女ってことよ」
なんだ、そういうことか。肩の力が抜けると同時に、自分がこれまでマイナスだと思っていた経験さえ間違いではなかったのだと思えて、安心感に包まれた。
そしてその瞬間、自分がやるべきことがわかった気がした。
こうして先人たちが戦い切り拓いてきた道を、次の世代へつなげること。それは私が今対峙している「30代の壁」をどう超えるか──あるいは超えないか──を、経験と勇気と、そして「自分らしさ」をもって伝えることでもある。
これからどう働いて、生きていけばいいのか──その答えはまだ出ていないし、心と卵巣の押し問答も終わっていない。
でも、先人たちに学びながら、多種多様な「自分らしく生きる人たち」の声を届け、考え続けていくうちにおのずと私の答えは出るはず。それを伝えていくことが、これからの私の働き方、生き方の指針なのだ。
自宅で過ごす時間が増え、部屋の隅に積み上げられた本にようやく手をつけ始めた人もいるだろう。
おうち時間が増えたからこそ、自分とカラダ、そしてココロに向き合うこともできるかもしれない。
1946年4月10日は日本の女性が初めて選挙権を行使した日。それから女性週間と名付けられた。
ランドリーボックスでは、「#お家で読みたいワタシの本」をテーマに、それぞれが選んだ道をエッセイでお届けします。
手ばなせない本、自分を変えた本、置き去りになった本を手にとって——。
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