人は逆境の中から今を生み出しているのかもしれません。越えられない試練はないと言われるように。

今回、ランドリーボックスの代表である娘から、女性週間によせてコラムを書いてみてという依頼を受け、自分を振り返ってみることにした。

突然やってきた、ゆっくりと自分を見直す時間。

私はこれまで、なにを求めて走ってきたのだろう。

昔から女性が置かれた環境に理不尽さを感じていた。

私は、弟と妹がいる三人兄弟の長女だが、中学校の中間テストや期末テストで、女だというだけで勉強の時間を削られていた。弟は勉強だけに集中できていたが、私は食事の後片付けをするように言われていたからだ。

「男子厨房に入らず」、「女の子は賢くない方がいい」「男性の3歩後ろを下がって歩く」——そんな言葉のなかで、知らず知らずのうちに「男になんて負けるか」という考えが芽生えたのかもしれない。

当たり前だと受け入れてきたことに疑問を持った

Photo by Moe Yuki / Laundry Box

そもそも人権に関心を持ち始めたのは、たまたま高校の担任から朝のスピーチでこの本を読んでと「在日韓国・朝鮮人歴史と展望」を手渡されたことがきっかけだ。在日朝鮮人の差別問題を取り上げている本だった。自分が全く知らない世界が描かれていて、衝撃を受けたのを覚えている。

それから社会研究部に入り人権問題の研究に取り組んだ。短大のときには友人と、マルクス・レーニン主義、科学的社会主義を学び合った。月刊誌「世界」を読んでは資本主義社会のもたらす歪みや、どのような社会を構築すべきなのか、そして女性や労働者の権利について語り合った。

当時、児童心理学の教授から言われた「思想とはイデオロギーを教えるのではなく、生活が思想なんだ」という言葉に感動し、それが教育の真髄だと感じた。

「自分で見て、考えて、行動できる子を育てることが大事」

子育てにバイブルなんてないのだ。

その頃、ふと「歌を歌いませんか」と誘われて参加したのが「うたごえ運動」だった。うたごえ運動は、「うたは闘いとともに」をスローガンに、科学的社会主義などの思想を基盤に、学生団体や地域に根付いた合唱サークルで、労働者の不当差別など権利を訴える歌を歌ったり、創作する活動だ。ただただ一緒に歌うことが楽しくて頻繁に通っていたような気がする

娘が中学生になる頃にもうたごえ活動は続けていた。大阪ドーム(現在の京セラドーム大阪)で開催された祭典では、娘も母も姑さんも一緒に出演し、組曲「ぼくたちの探しもの〜みんな違ってみんないい」を歌った。そのとき娘は「泣きそうになった」と言っていた。女性の権利を訴える歌を、200人の女性が壇上で歌った。

うたごえ運動で使用していた楽譜 Photo by Moe Yuki / Laundry Box

教員を目指していたが、短大卒業後は、法律事務所に勤めることになった。そのとき知って入会したのが、平塚らいてう、いわさきちひろらが立ち上げた女性活動家団体だった。そこで女性による文芸雑誌「青鞜」と出会った。

元始。女性は実に太陽であった。真正の人であった。今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。

私どもは隠されてしまった我が太陽を今や取り戻さねばならぬ。

隠れたる我が太陽を潜める天才を発掘せよ。こは私どものうちに向かっての不断の叫声、押さえ難きく消し難き渇望、一切の雑多な部分的本能の統一せられたる最終の全人格的の唯一の本能である。一 略 一 

「女性よ、進め、進め」と最後の息はさけぶであろう。
(「青鞜」より)

この言葉が刺激になり、そうだ「自分が輝けるように生きたい」とあらためて気づいた。当たり前だと思っていたことが、決して当たり前ではないということ。輝かせ続ける月ではなく、己も輝ける太陽になりたい。その想いを言葉にしていいんだと。

団体の会議には、就学前の娘も一緒に出席した。娘は理解できていなかったかもしれないが、女性の人権についてみんなと語った。

その後、女性活動家の櫛田ふきさんにも出逢った。彼女は生き方そのものが素敵だった。92歳のとき壇上で「今が青春です」と話されている姿に感銘をうけた。彼女が発したその言葉は、私の座右の銘になっている。

そしてもう1冊、私が影響を受けた本が、中国の女性解放運動を記した「天の半分」(著:Cブロイエル)だ。

「男と女は天を半分にする人間として同等である」この思想に感動した。私は夫と結婚する時に、この本を手渡し、「私はこの考えなのでこれに沿うなら結婚する」と伝えた。人として尊敬し合わなければならないと思っていたからだ。とはいえ、いま思えばとても傲慢だったかもしれない(笑)。

かくいう、夫も法律事務所に籍をおいており、共に労働組合の活動もしていた。夫からプロレタリア文学作家の宮本百合子全集をプレゼントされたこともあった。しかし、自分は、その全集を1巻だけ読んで放置し続け、読み終えないまま、夫は先に他界した。ひどい話である。

この頃、法律事務所の組合にも所属していた。そこでは、生理休暇をとる権利を勝ち取る活動やセクハラを抑止するためのピンクシール(声に出せない人のためにシールをデスクに貼る)をつくるなど、労働者の権利問題について取り組んでいた。

当時、私は所属していた法律事務所で初めて産前産後休暇をもらい、働き続けることができた。夫や周囲からは、「子どもができたら仕事は辞めてもいいよ」と言われたりもしたが働き続けたかった。働くことは権利であると考えている。

今も昔も、社会に貢献すること、そして、経済的に自立することこそが女性の解放であると思っている。

子どもは親に所属しているわけではない

ひとりの人間として輝くことを大切にしたい。誰かの妻としてではなく、誰かの母としてでもなく、そして誰かの子どもとしてでもない。「個」として輝くことが幸せだと思っている。

だから、私の娘も私の子どもとして所属しているのではなく、ひとりの人間だと考えて大切にしてきた。

ちょうど娘が5歳の頃だった。車の助手席にすわっている娘に「ドアを閉めて」といったら私の母に「こんなことを子どもにさせないで閉めてあげなさい」と言われたことがある。私は、子どもであれ、本人が理解できることであれば、行動できると思っており、それをさせることが子どもへの信頼でもあると考えていた。

事実、5歳だった娘は物忘れが多い私に対して、仕事へ行く前に「お母さん定期は持った?鍵は?」とサポートしてくれていた。大人が思っているより、子どもはなんでもできるのだ。

子育てについては、もちろん悩むこともあった。

保育所に預けていたが迎えが遅くなる日も多く、娘が最後のひとりになっていることもあった。「預けるなんてかわいそう」、「小さいうちは母親が育てる方がいい」といった声もあった。

けれど同じように働く仲間たちと、何かあったら代わりに迎えに行くなど、互いに支え合い、ともに子育てをして乗り越えてきた。その仲間はいまでも交流を深めており、何かあったら助け合える大切な仲間だ。

子どもが小学生の頃は、率先してPTAにも参加した。子どもは親と教員が共に育てるものだと思っているため、教員に信頼は寄せつつも、教員の無謀な行為、子どもの自由を奪う行為は断固として抗議をした。

そして、子育てでもうひとつ大切にしていたのがファッションだ。遠足やクリスマスのときには徹夜で手づくりした服を娘に着せたりもしていたが、物心つく頃から服や靴を娘自身に選ばせるようにした。

保育士からは、「そんなフリフリの格好できたら汚れますよ」と言われていたが、私も彼女もお構いなしだった。雨すら降っていない日も、娘はフリフリの傘をさして登園していたこともあった。人と同じものは着たくない。個性を大切にしたい。それも表現の一部である。服装に限らず、人と違うことは素晴らしいのだ。

駆け抜けた日々を振り返って

その後も振り返ると、なんだかんだと本当に多くの活動をした。

法律事務所を辞め、バイトをしながら、1年かけて憲法ミュージカル(従軍慰安婦の問題など人権問題を題材にしたミュージカル)をつくる活動にも参加したりした。

沖縄の音楽に惚れ、沖縄が置かれている現状を知った。自然の美しい島に戻す活動でもあるエイサーは30年踊り続けている。

エイサーで使用している太鼓 Photo by Moe Yuki / Laundry Box

いまは、フルタイムで働きながら、みんなが集える場所を作りたいとレンタルスペースも運営している。そこには、若いアーティストが集うこともあり、私なりに彼らを応援する活動をしていきたいと思っている。

とまあ思い返せば、目の前にあるさまざまな出逢いから、心を動かされるものを追い求めてずっと走ってきた。

ひとりの人間として、性差なく尊重され、誰からも強制されず、自由に選び自分らしく生きること。

その一心で活動をしてきたから、家をあけることも多かった。

娘はどう思っているのか不安だったが、ある日「お母さんの娘でよかった」と言ってくれた。気づけば娘も女性を解放する新しい視点を取り入れたサイトを運営していた。(娘は「女性の解放」という言葉はあまり使いたがらないが)

もっと多くの人たちが、自分の中にあるワクワクを大切にしていい。

どうか若い世代には、新しい時代の先駆者として、世間の「こうあるべき」に囚われず、好きなことを、自由にドンドンやってもらいたい。

こうして振り返ってみると、やはり私も「いまが青春」なのだ。置き去りにしていた本を手に取ると、「私」を置き去りにしないよう、あらがい、走り続けてきたと気づく。

たまには、こんな時間も悪くないのかもしれない。

Laundry Box

自宅で過ごす時間が増え、部屋の隅に積み上げられた本にようやく手をつけ始めた人もいるだろう。
おうち時間が増えたからこそ、自分とカラダ、そしてココロに向き合うこともできるかもしれない。
1946年4月10日は日本の女性が初めて選挙権を行使した日。それから女性週間と名付けられた。
ランドリーボックスでは、「#お家で読みたいワタシの本」をテーマに、それぞれが選んだ道をエッセイでお届けします。
手ばなせない本、自分を変えた本、置き去りになった本を手にとって——。

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