「ママ。なんで今日はお風呂に入らないの?」

ある日、息子に聞かれた。

私は生理中、多い日はシャワーだけにして湯船には入らない。

長男は今年でもう10歳。ふむ…とうとう、この日がやってきたか…。

なんなら早めに閉経してほしい

私は生理が苦手だ。

股から血が定期的に出てくるなんて、どう考えても嫌だ。カレンダーを見るたび、来たるその日々を想像してはうんざりする。お腹は痛いし、頭も腰も痛いし、ナプキンは煩わしいし、服やシーツが汚れるとすごくショックだし。

神様は、子宮内膜の排除システムに、どうしてもっと良い方法を思いつかなかったんだろうか?

生理が苦手でない人なんてこの世にいるのだろうか。最近ではもう早めに閉経してほしくて「閉経 早い人 ギネス記録」などと頻繁に検索するくらいに嫌いだ。

生理とは、かれこれもう長い付き合いになるが、まず、第一印象がよくなかった。

恐怖と不安と恥ずかしさと……小5の思い

私には割と早く初潮がきた。小学5年生の冬だった。

ジブリ作品の『おもひでぽろぽろ』のイメージが強烈に頭にあった。主人公タエ子の友達が、生理で体育を休んで男子にからかわれるというエピソード。まだ生理が来てないタエ子が生理に対して抱いていた恥ずかしさ、恐怖、不安を、私もそっくりそのまま抱いていた。

本当に生理がくるのが嫌だった。毎日毎日、「もう来るんじゃないか」「あれ?今の、もしや来たんじゃ?」と、生理の事ばかり考えていた。ネットが使えていたらきっと「初潮 平均年齢 日本人」「初潮 気配 予兆」「初潮 遅い ギネス記録」と検索していたはずだ。

いろんな怖さや不安もあったけれど、何よりも「生理が来る=大人の女性の体になる」という意味合いがとてつもなく恥ずかしくて、受け入れられなかった。

母に相談するのも恥ずかしい。生理用品や、下着を用意してもらうのも嫌だった。もし赤飯なんて用意されようもんなら、炊き上がる前に家出してやろうと思っていた。

ナプキンを小さなポーチに入れて学校に持ってきている女の子は、もう別の人種だった。私は死んでもあんな”生理が来た女子の象徴”みたいな、ピンクや赤や花柄のポーチに、ナプキンを入れて持ち歩いたりなんかしたくない。「ナプキン」て発音も嫌いだ。なんだ「ナプキン」て。

考えれば考えるほど憂鬱だった。そんな毎日の中、ついにその日はやってきた。

初めて生理がきたけど、母には伝えず「一旦保留」に

まさか、本当に来るとは…。

イメトレは十分にしていたはずだったのに、やはり本物を見たときの衝撃はすごかった。

…本当に血だ…!最悪だ。どうしよう。

絶望がトイレの中をいっぱいに包み込んだ。私は、もう私でなくなってしまうのか……。

ナプキンのありかは知っている…。

トイレの壁に、猫のモチーフのついたダサいナプキンケースがかかっている。この中だ。

テカテカしたテープ、カシャカシャしたポリエチレンの包み。今までにも見たことはあったが、手に取ることはしなかった。いつかこれを使う時が来ると思うと、吐き気がしていた。

…どうしよう。ナプキンを使ってみようか…。ふつうのパンツに使えるんだろうか。使ったとしたらその後はどう処分したらいいんだろうか。汚物入れに捨てるなんてバレるから到底できない。カシャカシャした音でバレないだろうか。そもそも母が在庫管理をしてるかもしれない。となると、使った時点でアウトなんじゃないだろうか…。

嫌だ。まだ心の準備ができていない。母にも話したくない。

幸い、お腹はまだ痛くないし、血もあまり出ていない。トイレットペーパーを畳んで敷いて、一旦、持ち帰って考えよう。

これが、すべての始まりだった。

トリプルなら2時間イケる!? トイレットペーパーでどこまで耐えられるか

数分置きにチェックして試行錯誤していくうちに、5重くらいに畳んだものを2つ重ねると、1時間くらいなら下着まで経血が達しないことがわかった。

もう少しこのまま過ごしてみよう…。

1時間ごとにトイレへ行く。上側の汚れたトイレットペーパーのみをトイレに流して、また新たに5重に畳んだトイレットペーパーを上側に補填する。即席ペーパーナプキンの誕生だ。5重ペーパーをダブルで1時間。トリプルなら2時間はイケる。

イラスト=斉藤ナミ

夜は後ろに伝ってしまいそうなので、長さを倍くらいにする。そして、朝までは6時間以上になるので、トリプル×2くらいにしておく。

翌朝、恐る恐るトイレに行ってみると… 

…セーフだ

いける…。もしかして、このままいけるんじゃないか?

心の準備ができるまで、トイレットペーパーでやり過ごそう。

2日目になると、経血の量もグンと増える。トリプルでも1時間で間に合わなそうな気配がしたので、もうダブルとかトリプルとか言ってないで、どんどん重ねることにした。

だんだん分厚くなっていき、肌触りも硬くなっていった。心配なので、スカートではなくピチピチのデニムを履いて、ギュッ!として、外からも圧をかける。トイレットペーパーは、重ねに重ねて、しまいには5センチくらいの厚みになった。もうトイレットペーパーの岩だ。硬くてゴンゴンなので、椅子に座ると股間が痛い。

3日目をすぎると、経血の量は一気に減り、5日目にはもうほとんどなくなり、とうとう母に打ち明ける勇気が出ないまま、トイレットペーパーだけで最初の周期が終わってしまった。

トイレットペーパーナプキン職人もベテランの域に

季節は巡り… 冬から春、そして夏。わたしは小学6年生の夏休みを迎えていた。

そう。なんと、初潮から半年間、ナプキンを使わず、トイレットペーパーだけで過ごしていた。

半年ともなれば、もうトイレットペーパーナプキンの作り方も慣れたもの。その技術は職人の域に達していた。経血量、時間帯、行動量などによって、厚さ、長さの調節はもちろん、それぞれのトイレットペーパーの紙の質まで考慮にいれて、その時その時に最適なペーパーナプキンを瞬時に計算し、目にも止まらぬ速さで、かつ、最高な仕上がりで製造できるようになっていた。

イラスト=斉藤ナミ

当然、学校にも生理中はそれで行っているため、放課後のたびに学校のトイレで、ベテランナプキン職人と化していた。

もちろん、永遠にそのままでいいとは思っていなかったし、周りの同級生達も次々と、思春期女子の三種の神器の1つであるナプキンポーチ(ナプキンポーチ+シーブリーズもしくは8/4+薬用リップ)を持ってくるようになっていたし、私もそろそろ意を決して、母に打ち明けなければ、とは思っていた。

大ピンチ!トイレ逆流事件が勃発

ーそうこうしているうちに、事件が起きた。

夏休みに入ったばかり。忘れもしない8月の第2週目のこと。ペーパーナプキン製造工場をフル稼働させている、生理2日目、繁盛期の真っ只中だった。

夕方頃、トイレを済ませて2階の自室で漫画を読んでいると、なにやら下が騒がしい。階段を途中まで降りていくと、廊下のトイレの前で、母がパニックになっている。

「はぁー!?なにこれっ、もう最悪!タカー!電話とって!」ブチ切れた声で、弟に電話を持ってこさせていた。

なに?電話?

「もしもし、あの、トイレが詰まってしまって!水が溢れちゃって…!」

トイレが!?詰まってしまって!?

……や、ば、い

どうしよう…!

トイレ、詰まっちゃった!ペーパーナプキンのせいで溢れちゃったんだ!

どうしようどうしようどうしよう!!

今1階はどうなってるんだろう!?血に染まったトイレットペーパーと水がぐちゃぐちゃに溢れかえっている様子を想像した。

さっき、たくさん流しすぎたんだ…!やばい!トイレ!どうしよう!

こんなことなら最初から勇気を出して母に話しておけばよかった。トイレットペーパーで生理を乗り切る?バカなの?どうしてわたしはいつもこうなんだ!あぁ修理代にいくらかかるんだろう。めちゃくちゃに怒られる。

きっとすべてがバレた!何もかもおしまいだ。弟、父にも、近所にも、学校にも、友達にも、そして好きな男の子にも、みんなにバレて、蔑まれるんだ!

パニックでぐるぐるしていると、

「ナぁーーミぃーーーー!」

下から、ど太い声で母に呼ばれた。

だめだ、もう、逃げられない…。

恐る恐る下へ行ってみると…。

トイレからあふれた水で、廊下が水浸しになっていた。

赤くはなく、透明の水だったが、溶け損なったトイレットペーパーのクズが大量だった。

問答無用で掃除を命じられた。水は、もう止まっているようだった。ぐちゃぐちゃな廊下を雑巾で何度も拭いた。黙々と掃除していると、横から母はこう言った。

「あのさ、最近トイレットペーパーの減りがやけに早いんだけど?」

「あんたが入る時、トイレットペーパーの回る音が凄まじいんだけど?」

「なんか言うことないの」

「……ない。」

「…そう……」

言えなかった。生理がきたことを打ち明けられず、ナプキンを使わず、ずっとトイレットペーパーで代用していたこと。

こんなの、もう100%バレてるはず。

なのに…どうしても言えなかった。

トイレを詰まらせて、壊して、最初から話しておけばよかったと、ついさっき反省したばかりなのに。それでもなお、言えなかった。

すぐに業者が来て、トイレは無事に直った。

夕飯の間は、ずっとドキドキしていた。いつ話が切り出されるのだろう。父と弟もいる最中に問いただされるんじゃないか。味なんか全然しなかった。

結局、母からは夕飯中も、その後も、何も言われなかった。

もう絶対に詰まらせてはいけないので、それ以降、ペーパーナプキンの追加生産はしなかった。残っている汚れたトイレットペーパーは、慎重に、ちょっとずつちょっとずつ、本当に少量ずつ流した。

「まだ子どもの私でいたかった…」泣きながら手に取る初めてのナプキン

その日、初めてナプキンを使った。母の、あのナプキンホルダーから、2つ拝借した。

あぁ、本物はなんて軽くて薄いんだ。すごいや。

半年間、必死にトイレットペーパーなんかで岩みたいに硬いナプキンこさえて、本当にバカみたいだったな。

翌朝。母から拝借した、昼用ナプキンは、後ろ側のカバー力が足りず、経血がつたい漏れしていた。

これからずっとこれが続くのか…汚れた下着を洗いながら、涙が溢れた。なんでわたし、女なんだろう…。女だけ、どうしてこんな目に遭うんだろう。まだ子どもなのに。子どもの私でいたかったのに。

母が買い物から帰ってきた。

「なみー」

昨日とは違う、何気ないような、でも少しだけ緊張しているようにも聞こえる声色だった。平静を装って階段を降りる私。

「お昼、冷やし中華でいい?」

「うん…」

「それと…これ」

母はそう言うと、テーブルの上に茶色の紙袋をガサっと置いて、台所へまた入って行った。袋の中身は、生理用のサニタリーショーツ4枚と、夜用・昼用のナプキンだった。

「……!」

やっぱりバレていた。

のれん越しに見ると、母は、きゅうりを切っている。「これから麺を茹でて、卵も焼くから。30分くらいだから」こちらを見ずに、そう言った。

「……これからは、それ使いなさいね。そういうことは、ちゃんと相談しなさい。あんたはそういうの嫌なんだろうけど。一応、母親なんだから私は…」

「…んー。」

精一杯、何の気もないように装って答えた。

バクバクする心臓の音が漏れないように、紙袋を抱えて2階の自室へ戻った。

母もまた、私の変化が嫌だったのだろう…。

もしかしたらずっと前から薄々気づいていて、何度も私と話そうと思いつつ、言い出せなかったのかもしれない…。

母が買ってきたサニタリーショーツは、ダサい猫のイラストが描かれた黒いデカパンだった。

ダサッ、また猫… ふふ。

しょうがない。もう、どうしようもないんだ。紛れもなく、わたしの体は生理を迎えたんだ。この体で、やっていくしかないんだ。

やっと、受け入れる覚悟ができた。

「できたよー」階下から呼ばれる。

新しい、ダサい猫のサニタリーショーツに履き替え、冷やし中華を食べに下へ降りた。

冷やし中華を食べていると、何やらご飯の炊ける匂いが。甘い香り…?

…まさか……!

恐る恐る炊飯器を開けると、そこには、モリッモリに赤飯が炊かれていた。

「赤飯…まじか……」炊き上がる前に家出する計画は、失敗に終わった。

横目で母を見ると、ちょっとだけ空々しいような、変な顔をして、麺を啜っているように見えた。

子どもの成長、喜びと戸惑い。母になって思うこと

あれから20数年。もう何百回も生理を経験し、幾度となく下着やシーツを汚しながらも、なんとか毎月生理のある生活を続けてきた。相変わらず生理は苦手だし、「ナプキン」と声に出すことにまだ恥ずかしさは残るけれど、人並みにこなせるようにはなっている。

たまーに職人時代を思い出して、こっそりトイレットペーパーを畳んだりもしているけれど、もうナプキン代わりに使ったりはしていない。

自分が子どもを育てる立場になり、今あらためてあの時の気持ちに向き合ってみる。あの恥ずかしさ、あの受け入れられなさは、本当に独特の感覚だったように思う。

さあ、どんなふうに子どもたちに伝えよう。

母親と生理について話すのが恥ずかしかったこと、自分が変わるのが怖くて、変化を受け入れたくなかった気持ち。私はあなたたちの成長を嬉しく思うけれど、同時に戸惑いや寂しさも感じること。あなたたちにとって、体や心の変化と成長が、とても大事だということ。できたら私たちは、それらを相談し合って生きていきたいと思っていること。

今度こそは、ありのままに、私なりの言葉で話せたらと思っている。

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