英国のNHS(国民保健サービス)イングランドは2026年8月25日、子宮頸がん検診の案内に応じていない約400万人に向けて、自宅で使えるHPV自己検査キットの配布を同日から開始したと発表した。
診察台に上がらずに自分で検体を採取して郵送する仕組みで、NHSは「これまでの案内に応じてこなかった人のための追加の選択肢」と位置づけている。
自分で採取して郵送、費用負担なし
NHSイングランドのプレスリリースによると、対象は、これまでの検診案内に応じていない30〜65歳約400万人にのぼるという。招待制で、イングランド全体に段階的に展開される。
案内は8月25日からNHSアプリ、SMS、メール、郵便のいずれかで届く。案内を受け取った人は、NHSアプリまたはNHSのオンラインアカウントから無料でキットを注文できる。
キットには、綿棒のような細長い採取棒が入っており、これで自分の腟から検体を採取し、NHSに郵送すると、ハイリスク型のHPV(ヒトパピローマウイルス)に感染していないかが無料で調べられる。
HPVはありふれたウイルスで、子宮頸部の細胞に変化を起こすことがあるが、その変化はがんになる前に治療できる場合が多い。
ただし、これは自己採取だけで完結する検査ではない。
ハイリスク型HPVが見つかった場合は、あらためてGP(かかりつけ医)の診療所かセクシュアルヘルスクリニックでの検診が案内され、看護師または医師が子宮頸部から検体を採って細胞の変化を確認する。
自己採取が担うのは、あくまで最初のふるい分けの役割だ。
NHS「臨床医による検診が引き続き最善」

NHSは、臨床医による子宮頸がん検診が引き続き子宮頸がんを予防する最善の方法であるとしたうえで、HPV自己検査は案内に応じてこなかった人への追加の選択肢として導入されるものだと明記している。
普段から検診を受けている人は、これまでどおり検診の予約をするよう呼びかけている。
またHPVワクチンを接種した人についても、ワクチンはすべての型のHPVを防ぐわけではないため、検診を受けることは引き続き重要だとしている。
「2040年までに子宮頸がんをなくす」受診率68.8%
NHSがここまで踏み込む背景には、伸び悩む受診率がある。
英国では24〜64歳が5年ごと、HPVが検出された場合はより高い頻度で検診に招待される仕組みだ。
同リリースが示した最新の数字では、イングランドで検診を受けるべき時期に受けている人の割合は68.8%で、NHSイングランドが掲げる80%という目標に届いていない。約400万人が定期検診を受けられていないことを意味するという。
今回の配布は、NHSが掲げる「2040年までに子宮頸がんをなくす」という目標に向け、HPVワクチンの接種と検診受診率の向上を、できるかぎり受けやすい形で進める方針によるものだ。
プレスリリースでは、NHSイングランドで女性の健康を担当するナショナル・クリニカル・ディレクターのスー・マン医師のコメントが紹介されている。
女性が検診を受けられない理由はたくさんあります——恥ずかしさ、時間のなさ、痛みや不快感への不安。このキットは、目立たず手軽な選択肢を提供するもので、より多くの人が命を守る検査を受けるきっかけになることを期待しています。
スー・マン医師はまた、案内を送っても実際に検診を受けるのは3分の2程度にとどまっていること、自宅で受けられる選択肢を数百万人に届けることで状況を変えられる可能性があることにも言及し、
「案内が届いたら、ぜひ検査を申し込んでください。綿棒でこすりとるだけの、数分で終わる簡単な検査です」と呼びかけている。
全国展開までの経緯
今回の全国展開に至るまでに、2021年に、北ロンドンのがんアライアンスとNHSイングランドおよびキングス・カレッジ・ロンドンが共同で「YouScreen」試験を実施している。
試験では、検診から遠ざかっている人にGPの診療所や自宅で自己検査キットを提供したところ、イングランド全体で年間およそ40万人の受診者増につながりうるという結果が得られた。
この試験のエビデンスをもとに、疾病の集団検診などのプログラムを政府や国民保健サービス(NHS)に勧告、助言を行う独立機関である、英国の国家スクリーニング委員会(UK National Screening Committee)は、より広い展開を勧告したという。
ロンドンの全1,100の診療所に自己採取式検査キットを提供

ロンドンでは、これとは別の経路も整えられている。
NHSイングランド・ロンドンは8月27日、GPの診療所で自己採取を選べる取り組みが市内すべての1,100診療所に行き渡ったと発表した。
同発表によれば、2025年10月のプログラム開始以降、ロンドンで3,600人以上がすでに自己採取を選んでいる。対象は検診時期を6か月以上過ぎている人で、詳細はGPの診療所に問い合わせる形だ。
同発表において、痛みや不快感、恥ずかしさに加えて、過去のトラウマや文化的な事情が検診を遠ざける要因になりうることに触れ、この選択肢がそうした障壁を取り除く助けになることを期待しているとしている。
また、自己採取であれば臨床医による内診を受けずに、自分で検体を採取できると説明。研究では、自己採取を経験した女性の98%が「よい」または「非常によい」と評価しており、結果は医療者が採取した検体と遜色ないとしている。
診療所の看護師エム・Jさんのコメントが紹介されている。
私にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)があります。
検査を行う側としての訓練も指導も受けてきましたが、それでも自分が受けるのは耐えがたい。
理由が何であれ検診に向き合うのが難しい、私のような女性にとって、自己採取は画期的だと思います。屋根の上から叫びたいくらいです。
「代わるもの」ではなく「入り口を増やす」

8月25日のNHSイングランドのプレスリリースには、関係団体のコメントも収録されている。
英国がん研究財団(Cancer Research UK)の最高経営責任者ミシェル・ミッチェル氏は、検診は看護師や医師が行うのが最善だとしたうえで、受診には障壁があることを指摘し、自宅でのHPV自己検査キットは、より多くの人が自分に合った形で検診に参加する助けになると述べている。
婦人科がんの研究チャリティ「The Eve Appeal」の最高経営責任者アシーナ・ラムニソス氏は、検診が症状に対応するものではなく、がんを予防するために設計された仕組みであることに触れ、忙しい日常のなかで受診を優先するのが難しい現実を指摘。
そのうえで「これは臨床医による検診に取って代わるものではない」とし、従来の検診を受ける人への支援も続けていくとしている。
同リリースには、NHSの検診によって早期にがん細胞が見つかったという62歳の女性の体験も紹介されている。
32歳のときの検診で高度な細胞の変化が見つかり、その後がんと告げられたが、早期だったため手術のみで治療でき、抗がん剤や放射線治療は必要なかったという。
検診を先延ばしにしている人たちに向けて、予約するか、案内が届いたら自宅での検査を受けてほしいと語っている。
検診を受けない理由を「本人の意識の問題」に帰さず、恥ずかしさや時間のなさといった障壁そのものを制度の設計で受けとめようとしている点に、この取り組みの特徴がある。
NHSでは、自己検査を従来の検診の代わりとはせず、陽性なら医療機関につなぐ方針である。
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日本でも同様の議論がどう進んでいくのか。
2026年時点で、日本における子宮頸がん検診率は46.1%(厚生労働省「2025年国民生活基礎調査」、過去2年間の受診率)である。
2022年調査の43.6%からは上昇したものの、国が目標に掲げる60%には届いておらず、NHSイングランドが目指す80%、あるいは現状の68.8%と比べても低い水準にとどまる。
恥ずかしさや痛みへの不安、時間の確保が難しいといった障壁は、文化や制度が異なっても共通する部分が多い。
自己採取キットの配布や、検診にアクセスしにくい人への「入り口」を増やすという発想は、受診率の伸び悩みという同じ課題を抱える日本にとっても参考になるのかもしれない。














