2020年から日本でも広がりはじめたフェムテック。Female(女性)×Technology(テクノロジー)をかけ合わせた造語で、生物学的女性の健康課題をテクノロジーで解決するヘルスケアのジャンルです。
フェムテックの概念と言葉は生理の周期管理アプリ「Clue」から生まれました。そんなフェムテックのパイオニアであるClue起業家の考えや、透明性を重視したビジネスモデル、女性の身体の研究や学びを支援する姿勢をご紹介します。
フェミニスト起業家の課題意識
Clueは、2013年にリリースされて以降、現在190カ国以上で約1,300万人のアクティブユーザーを持つ人気アプリです。
創業者のイダ・ティン氏は子どもの頃から両親や兄と一緒にオートバイで世界中を旅して育ちました。Clueを立ち上げる前は、父親と共同設立したオートバイツアー会社MotoMundoで、世界中のオートバイツアーを指揮していたそうです。自身の旅の冒険を綴った本『Directress』は、デンマークでベストセラーとなりました。
イダ・ティン氏は世界を旅した中で、女性が共通して身体のコントロールに悩まされていることを知り、さらにテクノロジーの進化でインターネットやスマートフォンが変わっていく一方で、女性の健康に関するテクノロジーがほとんど進化していなと気がつき、「Clue」を立ち上げることを決心しました。
フェムテックという言葉を作ったきっかけは、事業を成長させるための出資を募る際、投資家たちと会話する中で、男性が多くを占める投資家に女性の健康課題がなかなか理解されなかったこと。そこでフェムテックというカテゴリーを考案しました。
女性の健康課題を解決するスタートアップがフェムテックというカテゴリーにまとめられたことで、投資家やメディアから注目されるようになりました。
「生理」「更年期」「婦人科系疾患」「不妊・妊よう性」「出産・育児」「セクシャルウェルネス」にまつわる課題に取り組むフェムテックのスタートアップが成功していくことで、欧米を起点にフェムテックムーブメントが起こり、現在日本でも盛り上がってきています。
創業以来一貫して生理のタブー視を是正するために問題提起してきたClueは、生理をタブー化する企業に対して、公式に抗議も行っています。
・過去のピンクグローブ騒動についてのランドリーボックスの記事はこちら。
世界で支持される包括的なデザイン
Clueはこれまでの生理の周期管理アプリにありがちだったピンク色やお花のデザインなど、いかにも「女性向け」のデザインではありません。
生理のあるトランスジェンダーの男性や、社会のジェンダー規範に当てはまらないジェンダー・ノンコンフォーミング*なユーザーを包括した設計になっています。
*ジェンダー・ノンコンフォーミング:世間のジェンダーに対するステレオタイプに異議を唱える人、あるいは、覆そうとする人やモノを指す包括的な概念。
私がClueを知ったのも、ピンク系ではないかっこいいデザインの生理周期管理アプリがあると知人から教えてもらったのがきっかけでした。
Clueのデザインは、男性のデザイナーMike LaVigne氏が手がけたもので、世界中で使われるものにするために多くの女性の意見を取り入れて作られたそうです。
・Clueのスタイリッシュなデザインや使いやすい操作性についてのランドリーボックスの記事はこちら。
透明性を重視したビジネス
多くのヘルステック企業は、収益化のためにユーザーデータを販売しています。しかしClueでは、生理のある人々が自分の身体を理解し、健康を維持するための行動を促すという目的志向型のテクノロジー企業として、ユーザーデータを販売しないことと、アプリ内広告の表示やスパム行為を行わないことを掲げています。
「私たちは、自分たちがどのようにお金を稼いでいるのか、ユーザーの目を見て説明できるようにしたい」とイダ・ティン氏が語る通り、データ販売をせず、広告を出さない代わりに「Clue Plusメンバーシップ」という形で課金システムを設けています。任意のサポートなのでユーザーは課金なしで利用することも可能です。
またClueはアプリだけではなく、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)について学べるメディアを運営し、包括的なアプリデザイン同様にLGBTQコミュニティに向けた発信も積極的に行っています。
新領域デジタル避妊薬ツールについて
2021年3月に、現在開発中のデジタル避妊ツール「Clue Birth Control」が米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けたことを発表しました。このサービスは、2021年中の公開に向けて、現在参加ユーザーを募っています。
ユーザー自身が生理の開始日をアプリで入力するだけで、妊娠しやすい時期のリスクが表示されます。妊娠を希望しない人に対して、妊娠する可能性の高い時期は性行為を控えることや、避妊具を使用するようアプリが促す機能も備えています。
この技術は統計的なモデルに基づいて設計されており、2019年にClueが買収したジョージタウン大学リプロダクティブ・ヘルス研究所とCycle Technologiesという会社が開発・テストしたものを基にしています。
現時点ではアメリカのみで規制当局の認可がおりているので、他国でデジタル避妊ツールとして認められるのはまだ先になりそうです。
「Clue Birth Control」は以下の4点を新サービスのメリットとしてあげています。
・副作用がない
・ホルモンフリー
・FDA(米国食品医薬品局)の認可を受け効果が証明されている
・生理日を記録するだけで妊娠を防ぐ手助けをする
「Clue Birth Control」の避妊効果をさまざまな避妊具と比較した表では、通常の使い方で92%、完璧な使い方で97%の避妊効果があるとしています。
男性用コンドームの避妊効果が通常の使い方で87%、完璧な使い方で98%なので、効果は高いように見えます。
ただ、ユーザーの任意の入力なので、完璧な使い方ができているかどうかを測る指標がない点が個人的に懸念するところです。
デジタル避妊ツールは体温計と生理の周期管理アプリがセットになったNatural Cyclesが先駆けで、2018年にFDAの認可がおりています。
しかし、Natural Cyclesを利用していたスウェーデンの37名のユーザーから「望まない妊娠をした」という訴えが起こされ問題になりました。最終的にこの件について、スウェーデンの医療製品庁は一般的な使用の失敗率と同程度という判断を下しました。
避妊の失敗が起こってはいけないという観点から、新たな技術が本当に有効かどうか「Clue Birth Control」のサービス公開前から問題視する声も上がっています。
先行者のNatural Cyclesも、「Clue Birth Control」が体温などのエビデンスに欠けるという批判をしており、そのほかにもさまざまな専門家がFDAが承認に至った定義自体を疑問視するなど、さまざまな意見が交わされています。
避妊に関する選択肢は増えてきており、最近日本でもIUS(ミレーナ)についての情報が増えてきました。アフターピル(緊急避妊薬)の市販化についての議論も活発になってきています。
海外では、非ホルモン性の避妊ジェルPhexxi、OUIが注目されています。
現状で100%確実な避妊は性行為をしないことですが、ただ忌避し恐れていては女性が自身のコントロール能力を持つことを許されなかった前時代に逆戻りです。
テクノロジーと医療の進歩で意図しない妊娠を回避する手段が選べ、手段を選ぶために自分の身体を知る機会が増えることは、女性が自分の身体のことを自分自身で決める上で重要なことです。
フェムテックという概念を作り出し、世界的に女性の健康課題をテクノロジーで解決する潮流を作ったClueの新しい挑戦が今後どうなっていくのか気になるところです。