パートナー間における性的欲求のズレを感じているという人は多い。けれど、それはもしかすると「欲求」の問題ではないのかもしれない。

ご自身もちょっとした工夫で崩壊した性生活を改善したという、世界的性教育者であるエミリー・ナゴスキーさんに話を聞きました。

インタビュー前編はこちらよりご覧ください。
世界28カ国で翻訳、性の実用書「Come As You Are」は生徒の言葉から生まれた。性教育者 エミリー・ナゴスキー インタビュー

セックスレスの言葉は不要。パートナーと性問題を語らう質問方法は? 性教育者エミリー・ナゴスキー②

プレジャーの道を歩くために、小さな変化を起こしていく

Misa:エミリーさんの著書『Come As You Are』『Come Together』で、プレジャーを中心に考える重要性が強調されていました。

「~すべき」といった考えを手放し、自分にとって心地よい人生を築くために、自分のプレジャーとどう向き合えばいいか、アドバイスはありますか?

Emily:これは少し難しい質問かもしれませんが、とても大切です。

というのも、私が『Come As You Are』や特に『Come Together』で教えていることは、多くの性教育者が話す内容とは少し違っているんです。

カップルがセックスセラピーを受ける理由の1番は、欲望の問題です。片方のパートナーがもう片方よりもセックスを望んでいる、というケースが多いんですね。

長年、異性愛カップルの研究では、欲望の低い側が男女のどちらになるかは半々の確率です。

男性が欲望の低い場合も女性と同じくらいありますが、男性はそれを認めることに恥ずかしさを感じ、女性も自分が性欲が強いと認めることに恥ずかしさを感じることが多いんです。

「セックスについて話を聞かせてください」とセラピストに言われて、相談者のカップルが説明するセックスは、プレジャーを感じるものでも、本物のつながりや探求心があるものでもありません。

むしろ惨めで失望するようなセックスです。好きでもないセックスをしたいとは思わないのは、決して「機能不全」ではありません。楽しめないセックスを望まないのは当たり前ですよね?

つまり、こうしたカップルは「性欲の問題」を抱えているのではなく、実際には「プレジャーの問題」を抱えているケースが多いんです。

誰だって、楽しめないセックスには興味が湧かない。セックスが気持ちよくなければ、したいと思わないのも無理はありません。

だからこそ、考えるべき質問は「時間とエネルギーをかける価値があるようなセックスとは、どんなものだろう?」ということです。

子どもを育てたり、学校に通ったり、仕事をしたり、親の世話をしたり、友達と過ごしたりと、やることはたくさんあります。そして、もちろん、ただテレビを見て昼寝をしたいこともありますよね。

それらのことを差し置いてでも、なんで裸でパートナーと一緒にいることを選ぶのでしょうか?

その答えは「プレジャー」です。そのプレジャーを共有することが、二人にとってユニークで価値のある何かをもたらしてくれるんです。

だからこそ、自分がどんなセックスを楽しんでいるのかを見つけることが大事ですし、それは個人で探求することでもあり、カップルで探求することでもあります。

そのためには、過去にどんなセックスを楽しんだかを考えることも大切です。

もちろん、すべての人が過去にそのような経験をしているわけではありません。特に女性の中には、気持ちいいと感じたことがない人も多いです。

Misa:確かに、自分主体の「気持ちいい」を感じるハードルがありそうです。

Emily:女性の中には、パートナーのニーズを満たすため、パートナーが気持ち良く感じているかどうか、期待に応えているかどうか、そして自分がうまく「演じているか」どうかを重要視している人も多いです。

私は、10代の頃に『グラマー』という雑誌で「男性は、女性がセックスを楽しんでいるふりをしているのが好きだ」と書いてある記事を読んだことです。

私はそれから、実際にセックスを楽しんでいるかどうかは気にせず、楽しんでいるふりをすることを覚えました。

その思考を解消するために、私は自分の体が、本当に何を楽しんでいるのかに意識を向けなければならなかった。

もし最初から性器を触るのが難しい場合でも、適切なコンテクスト(背景)があれば、体のどの部分に触れたとしても快楽を感じることができます。

つまりは、コンテクストがとても大切なんです。

だから、まずは自分の心と身体の健康状態を考え、パートナーを信頼しているか、尊敬しているか、安全な関係であるかを考えることが重要です。そして、生活の状況も考慮する必要があります。子育てや仕事、経済的不安でストレスを感じていませんか?

ベッドに入って服を脱ぐからといって、私たちが抱えている心配事がすべて消えるわけではありません。

Misa:生活のストレスにも一度目を向ける必要があるんですね。

Emily:心地よさに意識を向けることを学ぶことは、体の中でプレジャーがどのように感じられるかを認識するための重要なステップの一つです。

一部の人にとっては、たとえ性的なものでなくても、身体的な感覚から始めること自体が負担に感じるかもしれません。

そんなときは、外に出て肌に風が当たる心地よさを感じたり、おいしい食事を楽しんだり、柔らかくて快適な布地の服を着るプレジャーから始めてみてください。

私たちの脳は、森のようなものです。

1番良く歩く道が、歩きやすい道になります。多くの人、私も含めて「ストレスの道」を歩くことが多いです。

だから私は、「プレジャーの道」をもっと歩きやすくするために、脳内で「プレジャーの道」を歩く練習をしました。

例えば、毎日、自分が何かプレジャーを感じるものに意識を向ける習慣を持てば、それがどのようなプレジャーであれ、脳内で「プレジャーの道」が強化されます。

そうすると脳は学んでいき、「プレジャーの道」を歩くことがどんどん簡単になっていきます。

その習慣ができれば、ベッドの中においても、「ああ、私は今ベッドに入り、服を脱ぎ、パートナーの肌に触れている。この瞬間、わたしはプレジャーの道を歩いているんだな」と感じることができる。

そして、脳は「プレジャーの道」を知っているので、肌に触れている間、プレジャーを感じ続けることができるのです。

あとは、すごく簡単な生活の変化もあります。私と夫がストレスの多い状況にあったとき、私はそのストレスのせいでプレジャーに集中できませんでした。

だから、まずは小さなことから始めました。

私たちは部屋のドアを閉めるのが好きだったんです。でも、カーペットが邪魔でドアを閉めるのが少し面倒だった。カーペットを取り除いたら、たったそれだけで少し気持ちが楽になったんです。

ニューイングランドでは、冬の夜はとても寒くなります。

時にはセックスの後にタオルが必要になりますが、誰も寒い中、ベッドから出てタオルを取りに行きたくないですよね。

そこで、タオルをベッドのすぐ横に置くようにしました。こうした小さな変化が、少しストレスを楽にしてくれるんです。

シーツが濡れるのが心配なら、タオルを敷くか、防水シーツを使うといいでしょう。また、性欲が強い方がシーツの洗濯や片付けを担当するというのも一つの方法です。足が冷たいなら、靴下を履いてみる。

こうした小さな工夫が本当に大きな違いをもたらします。

セックスはアイデア次第で成長し、進化していくもの

Misa:プレジャーという言葉を聞くと、難しく感じるかもしれませんが、ちょっとしたことで、ベッドでお互い笑い合える環境を作るのは素敵ですね。

Emily:そうなんです。それが私たちにとって一番大切な学びでした。

特に私自身は「性教育者なんだから、プレジャーや行為は簡単にできるべきだ」と思っていたので、自分に対してとても厳しくしてしまっていた。

でも、自分を軽く受け止め、厳しくしすぎないことを学んだとき、自分が知識人であるのに、その体が協力してくれないというばかばかしさに笑うことができました。

私は頭では何が起こっているかを完全に理解していましたが、体で起きていることを変えることはできませんでした。

それは、自分に優しく、思いやりを持てるまで続けました。そして、パートナーと一緒に、そのばかばかしさについて笑いあうことができました。

彼が私を責めず、私も彼を責めないという安心感があったので、二人で「こんなに知識がある私が、体がうまくいかないなんて、ちょっとおかしいよね」と思えるようになったんです。

Misa:こういった話を日本でも伝えていきたいです。

Emily:性に関する関係、女性のオーガズムやプレジャー、そして性について話すことに不安を感じるという問題は世界中にあります。性教育が進んでいる国でも、男女どちらが主導するべきか、どれくらいの性欲を持つべきか、どれくらい頻繁にセックスをするべきか、といった性に関するジェンダーの脚本は同じなんです。

欲望が中心ではなく、プレジャーが中心であるべきだという考えは、どの国でもあまり重視されていないんですよ。

「プレジャーは無駄で、自分勝手だ」と明確には言わないでしょうが、内心は「プレジャーを感じるのは贅沢で、無駄なことだ」と考えている人が世界中にたくさんいます。

でも、それを変えることが、他者とプレジャーを共有するために必要な時間とエネルギーを守るための鍵だと思います。

Misa:どの国も感じている悩みなんですね。

Emily:もちろん文化によって違いはありますが、女性がどうあるべきか、男性がどうあるべきか、そしてどのようなセックスが受け入れられるか、どのセックスがタブーとされるかといったことは、似たような脚本があるんです。

また、「セックスは自然に起こるもの」という考えもあります。セックスについて話し合う必要があるのは、何かがおかしいからだと思われるんですね。

でも実際には、長く強い性的なつながりを保っているカップルは、性について常に話し合っています。

それは、子どもや仕事、趣味について話すのと同じように、関係の一部として自然に行われています。セックスについても、進行中のプロジェクトのように、成長し、進化していくものなんです。

『Come As You Are』を書いている間、私の性生活は完全に崩壊しました(笑)。

でも、その後、良くなったんです。『Come Together』を書いたときも同じで、この本は「本を書くことが性生活を壊す」話なんですが、やはり書いている間は性生活が崩壊しました。

でも、その本には、自分が招いた問題を解決するための方法がたくさん詰まっていました。自分のアドバイスを実践したら、今回はうまくいったんです(笑)

本を書いたことで得られた唯一の良い点が、私がこれから変化を起こすためにずっと続く手がかりを得られたことかもしれません。それだけでも書いた価値がありました。

私にとって一番重要なアイデアは行為を楽しむための「プレイスペース」です。どうやってプレイスペースに行くのか、それが私にとっての鍵です。ある人にとっては安心を提供する「ケアスペース」や探求が鍵かもしれませんが、私にとっては「遊び」が重要なんです。

エミリーからのメッセージ

Misa:最後に日本で性のことで悩んでいる方々へのメッセージをいただけますか?

Emily:もしあなたが性について悩んでいるなら、それが興奮や快楽、欲望、オーガズム、または関係に関するものであっても、最も大切なのは、状況は必ず変えられるということです。

ほとんどの場合、あなたやパートナーが壊れているわけでも、関係が破綻しているわけでもありません。

ただ、これまで「こうあるべき」とされてきた性に関するルールに従ってきたけれど、それが自分やパートナーの関係に合わなかっただけです。

性についてどう話すか、自分自身やお互いの体についてどう感じるか、そのルールを一緒に探ることで変化が起こります。

多くのカップルが、他人のルールに従う必要がないと気づき、変化を遂げてきました。他の人の意見に従う必要はなく、自分自身や今の関係が価値のあるものであると信じることができるんです。

Misa:Ba-Vulva(ばあばるば)にメッセージをいただけますか?

Emily:Ba-Vulvaは、女性の生殖器の構造を学ぶための、とても美しくて親しみやすい、そして優しい方法です。

すべてのパーツがどのように組み合わさっているかを理解することで、性反応の仕組みをより深く理解できるようになります。

そして、「これは怖いものでも、恥ずかしいものでもないんだ」と気づくことができるんです。

女性器は、自分自身やパートナーの体の、愛おしくて優しい一部です。私はこのBa-Vulvaのコンセプトが本当に大好きです!

<プロフィール>

性教育者
エミリー・ナゴスキー

本書『私たちのセクシュアル・ウェルネス(原題:Come As You Are)』はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなり、TEDトークの再生数は数百万回を誇る。Netflixのドキュメンタリー・シリーズ『快楽の原則』にも出演。キャリアの始まりは、デラウェア大学在学中にボランティアとして学生たちに健康、とくに性についてのアドバイザーとなる訓練を受けたことだった。大学卒業後はインディアナ大学大学院でカウンセリング学の修士号と健康行動学の博士号を取得。同大学キンゼイ研究所で研修を受けたのち、スミス・カレッジで8年にわたって教鞭を執った。現在は執筆と講演活動を中心に活動。漫画家の夫と2匹の犬、2匹の猫とともにマサチューセッツ州西部に暮らす。

本記事はランドリーボックスが制作している性教育パペット「Ba-Vulva(ばあばるば)」の公式サイトの記事を一部編集の上、転載しています。

https://laundrybox.co.jp/Ba-Vulva/EmilyNagoski_interview3

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