Ba-Vulva(ばあばるば)は、情報を知るだけでなく、対話をすることで、健やかな日々を過ごしてほしいという想いから作った、外陰部の構造を楽しく正しく理解するための性教育パペットです。
国内外にはさまざまなカタチでSRHR(性と生殖における健康と権利)、セクシュアルウェルネス業界で活動をしている人たちがいます。
Ba-Vulvaではそのような方々と連携を図り、個々人が自身のカラダについて理解し、そして、楽しく、心地よく過ごすためのサポートをしていきたいと思っています。
Ba-Vulvaジャーナルでは、国内外のセクソロジストや性教育関係者など、セクシュアルウェルネス業界で活躍する方々のインタビューを公開していきます。
今回は、世界28カ国で翻訳され、アメリカで50万部のセクシュアルウェルネスの実用書『Come As You Are』の著者であり、性教育者のエミリー・ナゴスキーさんにお話を聞きました。本書籍は、2005年に発売されたのですが、2024年5月、ようやく日本語版「私たちのセクシュアル・ウェルネス 女性の体・性・快楽のメカニズム」も発売されました!エミリーさんが日本の取材を受けるのは初めてだそう。
Misa:エミリーさんが性教育者になり、著書『Come As You Are』を出版したきっかけを教えてください。
Emily:私が性教育者としてキャリアをスタートしたのは、とても早かったです。
大学院で何を専攻するかは全く決めていませんでしたが、医療系の先輩が、健康や福祉に関する教育や支援を行う「ピアヘルスエデュケーター」として活動しないか?と誘ってくれました。
履歴書を充実させる必要があったのと、「健康」には興味があったので、それに応募したのが最初のきっかけです。
その後、採用されて、コンドームの使い方や避妊法、性的同意についてを学生寮で話すためのトレーニングを受けました。
私はまだ18歳で性体験もなかったのですが、他の人と性について話すことにはもう慣れていました。
それと同時に、心理学の学位をとることを目指し、脳科学と哲学を副専攻にしました。私は脳科学が本当に大好きで、それが今の仕事に活かされています。
当初は、脳損傷や、脳卒中の影響を受けた人々と仕事をする臨床神経心理学者になろうと思っていました。
でも、コンドームの正しい使い方や、性にまつわる願望を伝える方法など、基本的なことを教えているうちに、それが人々の人生に実際に変化をもたらしているのを目の当たりにしたんです。
そうやって人とつながっていく喜びは、学問で学べる喜びとは全然違っていて、その喜びを知ったときに、「これが私の進むべき道だ」と確信しました。
もともとはセックスセラピストとしての研修を受けていましたが、その途中で、自分にはセラピーの気質がないことに気づきました。
夫婦のカウンセリングで「(真剣な表情で)なるほど…それで、あなたはそのときどう感じましたか?」とひたすら聞くような忍耐力が自分にはないとわかったんです(笑)
私は教育者の心を持っていたので、カウンセリングの修士課程を修了した後、公衆衛生の博士号を取得し、教育の道を歩み続けることにしました。
最初の仕事は、スミス大学での健康教育者でした。そこで、女性の性にまつわる講義で、学生数2,600人の中の186人という大規模なクラスで教えました。
学期の最後の試験で「このクラスで学んだ重要なことは何ですか?」というシンプルな質問をしました。
私は「性的興奮」や「アタッチメント理論」など、科学的な答えを予想していたんですが、学生の半数以上が「自分が『普通』だとわかった」「自分の身体は壊れていないと知ることができた」「自分の身体を信じられるようになった」と回答しました。
これらの回答に私は心を動かされ、試験を採点している間に涙がこぼれました。
その瞬間、もっと広い層にこのメッセージを届けたいと思い、『Come As You Are』を書くことを決めました。
それから4年半が経ち、『Come As You Are』が出版され、私は女性のセクシュアルウェルネスについて話すために各地を巡り始めました。
驚いたことに、講演の後に多くの女性が、「性科学の話をしてくれてありがとう。でも、私の人生を変えたのはストレスや感情についてのお話です」と言ってくれたんです。
これは予想外の反応でしたが、双子の妹に話したら、彼女は大学院生時代に入院したときに、私がストレスについての情報を教えたことで、救われた経験があったと教えてくれました。
このフィードバックがきっかけとなり、ストレスに焦点をあてた本『Burnout』も執筆しました。
私の仕事は女性のセクシュアリティに関わっていますが、女性のセクシュアルウェルネスに最も大きく影響するのは、全体的な心身の健康や生活の充実度です。
だからこそ、ストレスや、女性が常に美しく幸せで、穏やかで、他人のニーズに絶えず応えることを求められるような「文化的プレッシャー」についても取り上げるようになったのです。
なぜなら、それらは自分自身を犠牲にする結果となることが多いからです。
30年変わらない性の悩みとは
Misa:『Come As You Are』では、性において「正しい」や「普通」といった答えはなく、正確な知識を持つ重要性が説明されています。
最近では、インターネットで情報がより簡単に入手できるようになりました。人々が抱える悩みに変化を感じますか?
Emily:驚くべきことに、寄せられる質問は30年前とほとんど変わりません。
先週聞かれた質問は女性のオーガズムに関するものだったのですが、私が性教育者として働き始めた頃、つまり1996年に聞かれた質問と、まったく同じでした。
まるで時が止まったように、同じ質問が繰り返されているのです。
2020年に亡くなった素晴らしい性教育者がいるのですが、彼女は1977年、私が生まれた年に仕事を始めました。彼女と一緒にイベントを行ったのですが、彼女は1977年から、40年以上ずっと同じ質問に向き合い続けた。とても考えさせられました。
私も、この先ずっと、性的興奮を説明する理論であるデュアルコントロールモデルや応答的欲望、興奮の非一致、女性のオーガズムや女性の射精について話し続けることになるのだろうなと感じました。
科学は進化していますが、人々の知識はその進化に追いついていません。アメリカの性教育はひどい状況です。多くの州では、教師が生徒に避妊が効果的でないと嘘をつくよう法律で義務づけられているのです。
Misa:嘘とは?
Emily:もし避妊方法が効果的だと教えれば、若者がリスクを恐れずに性行為をするようになる、といった道徳的な考えが根底にあります。
でも、研究では逆の結果が示されています。包括的で科学的根拠に基づいた性教育を受けた人は、性行為を始める時期が遅くなるんです。でも、アメリカでは性教育を行うことをとても恐れている。
だから、今では、性教育をまったく受けていないか、間違ったことを教わっているかのどちらかです。
そして、若者は大量のインターネットポルノを見ています。多くのポルノが提供されていますが、性教育ではありません。
ある女学生は、パートナーが自分の性器に触れたときに気持ちよくなかったので、自分のクリトリスが「壊れている」と完全に思い込んでいました。
彼女がポルノから学んだのは、どんな状況でもクリトリスに触れられればすぐに気持ちよくなり、即座に強い興奮を感じるはずだということでした。
でも、実際の体はそうは働かない。つまり、人々はより多様な情報源から間違ったことも学んでいるのです。
すべての人が質の高い、科学的根拠に基づいた包括的な性教育を受けられるようになるまでは、私の仕事がなくなることはないでしょう。
SNSではない、違いを面白いと感じられる共有の場を
Misa:ポルノだけでなく、SNSで他人の情報を見ることで、自分と他人を比較することも増えているように感じます。これは、悪影響を与えていると思いますか?
Emily:人々が他人と比較することは、よくボディイメージや、お金の使い方に関して見られます。でも、性に関してはあまり話題にされていません。
多くの人は、自分たちが間違っているのではないかと心配していて、性生活について話すことにとても消極的なんです。
ほとんどの人は、「私たちは週にX回セックスしています。幸せです!」といったことを口に出して話していません。
他人に自分がどう見られるかを気にして、そうしたことを言わないんですね。
一方で、人々がもっと自由にそういった話を共有できるようになれば素敵だなと思います。でも、同時に、そうならなくてよかったとも思います。
他人の性生活について聞いてしまうと、ついつい自分と比べてしまって、「自分は間違っているんじゃないか」と感じることがあるからです。
他の人と同じようにできていないから、自分がおかしいのではないかと。実際には、私たちはみんな本当に多様なんです。
私はむしろ、実際の友人たちと対面で、自分たちの性に関する経験を話し合い、お互いに「みんな違っていてそれが普通なんだ」と理解できるような状況を支持しています。
比較することはできても、それは批判するためではありません。
まるで子どもたちがおへそを比べ合うような感じです。おへその違いを比べるときに、どちらが正しいとか間違っているとか、良いとか悪いとか判断していないですよね。ただ「これが君のおへそで、これが私のおへそだね」という風に。それが体の違いなんです。それってとても面白いことなんです。
もし大人たちが、性に関しても「これがあなたの経験で、これが私の経験だね」とお互いに話し合うことができれば、みんな違っていて、それが面白いって思えるはず。人々はそういう違いを楽しむものだと思います。
ただ、SNSは、メンタルヘルスにあまり良い影響を与えないことが多いですよね。
だから、性の話をするための場として、SNSは適していないと思います。やはり、対面で、実際に友人たちと話すのが一番良いんじゃないでしょうか?
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エミリー・ナゴスキーさんのインタビューの続きはこちらをご覧ください。
セックスレスの言葉は不要。パートナーと性問題を語らう質問方法は?性教育者エミリーナゴスキーインタビュー②
時間とエネルギーをかける価値があるセックスとは? 性教育者エミリー・ナゴスキーインタビュー③
<プロフィール>
性教育者
エミリー・ナゴスキー
本書『私たちのセクシュアル・ウェルネス(原題:Come As You Are)』はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなり、TEDトークの再生数は数百万回を誇る。Netflixのドキュメンタリー・シリーズ『快楽の原則』にも出演。キャリアの始まりは、デラウェア大学在学中にボランティアとして学生たちに健康、とくに性についてのアドバイザーとなる訓練を受けたことだった。大学卒業後はインディアナ大学大学院でカウンセリング学の修士号と健康行動学の博士号を取得。同大学キンゼイ研究所で研修を受けたのち、スミス・カレッジで8年にわたって教鞭を執った。現在は執筆と講演活動を中心に活動。漫画家の夫と2匹の犬、2匹の猫とともにマサチューセッツ州西部に暮らす。
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本記事はランドリーボックスが制作している性教育パペット「Ba-Vulva(ばあばるば)」の公式サイトの記事を一部編集の上、転載しています。