圧倒的男性比率の職種がある。スポーツカメラマンもその一つだ。

瞬間を切り取るカメラマンという仕事の中でも、スポーツカメラマンは歴史的瞬間を撮るために、雨が降ろうが雪が降ろうが、一瞬たりとも気を抜けず、やり直しは一切きかない。

スポーツカメラマンの中には、いわゆる“社カメ”と呼ばれるスポーツ新聞社や出版社に勤めているカメラマンもいるが、彼らはスポーツ以外にも、事件や芸能ゴシップまで、幅広いジャンルを横断する。

分刻みのスケジュールをこなす芸能人や著名人の取材では、わずか数分で照明を調整し、ベストな表情をカメラにおさめる。まさに職人技だ。

また、遠征も日常茶飯事。世界規模の主要大会があれば地球の裏側まで、長期で出張する。

体育会系の中の体育会系、9割が男性というスポーツカメラマンの世界で働く女性カメラマン。彼女たちにも毎月“生理”が訪れる。彼女たちは生理とどう付き合っているのか。30歳と50代の現役カメラマン2人に話を聞いた。

生理で、男性にハンデを取りたくない。けれど…

村上さん(仮名)は、某スポーツ新聞社入社8年目の31歳、カメラマン歴5年半だ。

入社してから配属された部署は内勤だったが、途中写真部に移動になった。その数カ月後にピルを飲み始めた。生理で具合が悪くなったらカメラマンはやっていけないと感じたからだ。副作用は無く、経血の量はかなり減った。

「生理の不調で男性にハンデを取りたくないなって」 

カメラマンの仕事に一つに、張り込みがある。短くても2~3時間、10時間に及ぶこともある。

また、特に多いのが人気スポーツである野球の試合現場。

 「4時間トイレに行かないなんてことはザラ。試合中はトイレに行ったことがない」

球場によっては、カメラマン席近くのトイレはなんと男性専用しかない、なんてことも。それにも慣れっこだったが、一般紙の女性記者が取材に来た時は「男性トイレしかないの?」と驚いていたという。

スポーツカメラマンは常に大荷物を持ち歩き現場に向かう。

荷物の中身は脚立、背景紙、カメラ3台、レンズ、ストロボ、照明、三脚にスタンド、カッパなどなど。キャリーケースを含めた重量は、なんと30〜40キロ。

生理中でも冬の野外に長時間耐える

スポーツカメラマンの仕事はほとんどが野外。夏は暑さや日差し、冬は冷えとの闘いだ。 冬でなくても、雨の日の試合はベンチに座りっぱなしで芯まで冷える。そしてもっとも過酷なのはウィンタースポーツの現場だという。

Photo by Chris Liverani on Unsplash

どこの現場が割り振られるか、直前に決まることも多い。

防寒対策はぬかりない。冬はヒートテック、ニット、真冬用のコート、分厚い靴下、カイロは体と足に貼る。さらにネックウォーマー、ズボンの上にオーバーパンツ。手袋もはめて、カメラを持つ。手がかじかんで動かなくなるのを防ぐためだ。

そんな環境の中で、ピルで生理痛などの症状が緩和されているとはいえ、体調の不安はつきまとう。

長時間の試合や野外の現場が生理と重なったとき、現場を変えてもらったり、内勤にしてもらったりすることはできないのか疑問に思った。

絶対的に同じスタートラインではないのに。男女の差を相談できない

しかし村上さんは、生理痛や生理の不安は男性上司には言いづらいと話す。

「男性に対しては、相手も戸惑うんじゃないかと心配で。逆セクハラになりそうだし。でも、もし上司が女性だったら相談していると思う」

「もしめちゃくちゃしんどくなっても、現場のペアが男性だから言えない。一度、大きな仕事の前日にぼうこう炎になったことがあった。上司(男性)に相談したら『無理しないでいいよ』と言ってくれたけど、現場を変えてもらえることはなかった」

筆者の友人にブライダルカメラマンがいるが、「膀胱炎は女性カメラマンの職業病だ」と言っていたほどなので、よくあるケースのようだ。

「(技術の)腕に“女だから”、は関係ないはず。だからこそ体調的につらいことを、マイナスにしたくない。男性と同じところに立っていたい。でも男女で体力に差があり、絶対的にスタートラインは違う。生理でお腹痛いな、頭痛しんどいな、鉄分足りてないな、体が重いなって思うことはあるけど、なんとか食らいついている」

大きな大会など、花形と言われる現場に呼ばれるために、体調不良でもなかなか言い出せない。そんなジレンマが伝わってきた。

生理の教育を受けていない男性にどう伝えるのか

仕事柄、取材先でアスリートの生の声を聞くが、印象に残っていることがあると村上さんは言う。それは、ある女性アスリートの「男性指導者に“生理”と言うだけで引かれてしまう」という何気ないひと言だった。

また、別の現場で、女性アスリートを取材したとき、男性記者が「今回思ったようなパフォーマンスができなかった理由は?」という質問をしたところ、女性アスリートは、「試合と生理が重なったこと」をあげた。その時、その場にいた男性記者達はみな黙ってしまった。

「踏み込んでいいのか、わからなかったんじゃないかな。腫物を扱うような印象を受けた。そういうのを見ちゃうと、自分も余計に男性には言いづらくなる。男性は生理の教育を受けていない。なんの苦しさも知らない相手に伝えるのははばかられる」

社会全体を見ると、生理や、女性特有の健康問題への配慮について取り上げられるようになったが、スポーツ業界ではまだまだこれからだと感じる。

「体育会系の職場で、男性の価値観がアップデートされていないと感じることは多いな。もし女性の上司がいたら、体調の不安も言えるかもしれない」

「ピルは高いけど、飲まないと仕事にならないし、保険適用外だけど飲み続けるしかない。もしもこの先、妊娠したら私どうするんだろうね?つわりとかあるなかでこの仕事続けられないし」

必要な支援を、周囲にもだんだんと伝えていった

木下さん(仮名)は、 某スポーツ新聞社に28年務め、そのうち20年ほどカメラマンとして第一線で活躍する大ベテランだ。上司も同僚もほぼ男性という環境の中で、誰もが認める写真のセンスと、大物相手に物怖じせずにコミュニケーションを取り、打ち解けられる人柄から、エースカメラマンとして腕を認められる存在だ。

「私が入社した頃は、女性社員は10年働くと辞めてしまう時代だった」と木下さんは振り返る。

もともと数の少ない女性社員もみな、30代という本来ならば働き盛りの年齢にさしかかると、結婚や、体調面を理由に退職するケースがほとんどだという。

雇用機会均等法が施行されてから、女性も雇用する流れになったが、「女はいらない」と言われたりする一方、色物扱いされ、「美人女性記者が行く」と持ち上げられたりすることも。

そんな中でも、女性カメラマンは男性カメラマンと、仕事も待遇もまったく同じ環境で働く。男性に囲まれた環境での仕事に、不安はなかったのだろうか。

「強がってるけど、実は色々ある。肉体労働だし、機材の重さは変わらないから。12時間の張り込みも普通にあったよ(笑)。現場ではまず、トイレを確保する。他社のカメラマンが、気を遣ってトイレの場所を教えてくれたりした」

過酷な現場が続く中、木下さんは男性の上司にも、生理の不調を伝えるようにしていたという。

「同世代には言いづらいじゃない?でも上司は親父世代だったから。恥ずかしがることじゃないしね」

木下さんが上司にあけすけに生理のことを言えたのは、高校が女子校だったことも関係があるようだ。「教室でナプキンが飛びかっていたからね(笑)。ナプキン忘れた、と言ったら友達が投げてくれる。男性教員がいてもお構いなし(笑)」

そんな木下さんが「生理でおなかが痛い」と伝えたとき男性上司はどんな反応だったのだろう。

「最初はびっくりしてたね。徐々に慣れたけど」

また、男性にあえて打ち明けるようにしていたのは、過去に付き合っていた人の存在も大きかったという。

「生理が始まったと言うと、『大丈夫?休もうぜ』と言ってくれる人だった。身近な男性には知っておいてもらうことも大事だと思う。頭の中に置いておいてくれるだけでも安心できる。そもそも生理って悪いことでもなんでもないし」

ザ・体育会系の環境で、身体のケアは死活問題

一方、男社会、超体育会系の職場での仕事に、常に不安もつきまとった。

「『嫌なら辞めれば』と言われてしまう世界。いつもつらいって言ってると悪く思われるんじゃないかっていう不安もあった」

 体力はあるほうだったと話す木下さん。それでもやはり、数日続くウィンタースポーツの現場はさすがに身体が堪えるという。

「とにかく笑われるくらいに着込んで防寒してた。身体の方が大事だから」

生理の時も、もちろん仕事は休めない。

「私が若い時はナプキンの種類が少なかった。野球の試合の時なんかは今で言う昼用の大きさのものを三枚並べて重ねて使っていたよ。最近ショーツ型のナプキンが出たでしょ?あれはスゴイね!安心感がすごくて感動した。でももこもこして、ラインが響くのは少し気になるかな」

 現場によってはトイレまで片道10分。往復20分かかることも。

「トイレに行っている間に(決定的瞬間を)逃がす訳にはいかない。失敗したらデスクに生理か?なんてからかわれるのも嫌だった」

生理が近づくと、イライラ、倦怠感、眠気が襲う。睡眠をしっかりとってもダルさが抜けない。

「私が若い時は、生理の不調をピルで対策するという情報も入ってこなかった。そもそも選択肢としてない感じ。

婦人科系の体調管理をするためのプロダクトって高いよね。お茶とかサプリとか買って試したけど、どれもすごく高いのに効果が実感できなかった。40代になってやっと、20代の時にもっと情報が得られる環境だったらよかったな、と思う」

「更年期の症状?あるに決まってるじゃない!!」

身体が資本の女性カメラマンにとって、ホルモンバランスの変化による体調の変化は死活問題だ。

「習慣として年に1度は婦人科に検診に行くようにしていたから、(婦人科系の疾患で)大事に至ることはなかった」

身体の「差」と「違い」を受け入れ、伝える

年齢を重ねるごとに訪れる体の変化と向き合いつつ、仕事で結果を出してきた木下さんが、50代に入り思うことがある。

「どうしたって男女じゃ身体が違うんだから、男に負けない、とかじゃなくて、違うまま受け入れて欲しい。男っぽくならなきゃ生きていけないというのも、それはそれで違う。生理で不調の人、もし妊娠する人がいれば、当たり前に休ませて欲しい」

木下さんの働く会社では、出産後に復帰して働く女性社員も徐々に増えてきているという。

しかし、木下さんの務める写真部では、まだ女性カメラマンが出産した前例がない。

「最近はテレビでも生理の話題が取り上げられて、アスリートも生理をはじめとした身体のコンディションについて発信している。時代が変わってきているな、と思う」

「話せる土壌があること、そして、とにかく知ってもらうことが大事。今まではずっと、タブー視されて、ないものにされてきた時代だった。生理や、女性の健康について話せるのが当たり前になることが重要なんじゃないかな」

何度もカメラマンという仕事を辞めたいと思ったという木下さん。最後に、なぜそれでもこの過酷な仕事を続けられるのかたずねると、しばらく考え込んだあと、あるエピソードを話してくれた。

「(楽天の)田中将大選手を撮りに仙台出張に行ったことがあったんだけど、私が撮った写真が一面に使われたの。その帰り、たまたま入った飲食店で隣に座ってた人が、その新聞の一面をしみじみ眺めながら『いい写真だ』って言ってくれたのを見た。あのとき、すごくうれしかった」

 *

「好きだ」と思える仕事を、誰もが諦めずに続けられるように——。

生理とともに働くということに、もっと社会の理解が広がり、深まってほしい。スポーツカメラマンとして奮闘するふたりの姿に胸を打たれ、そう願わずにはいられない。

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