性教育パペット「ばあばるば」ならびにランドリーボックスでは、「女性器の呼び名がない」ことについて調査企画を実施している。
女性器に呼びやすい名前がない問題。いつからそこはNGワードになったのか?
今回話を聞いたのは、漫画『ママだって、人間』の中で、女性器を伏せ字にせず「まんこ」とそのまま描いた漫画家の田房永子さん。
2014年に発売された同漫画だが、昨今も、田房さんはXにおいて女性器の名称がない問題について投げかけている。
「私は妊娠してからも、出産してからも、「女性器の名称はハッキリと発音されることがない」という事実に強い戸惑いを感じていました」
漫画の表記に込めた想いや、言葉の扱われ方について、どう感じているのか話を聞いた。
「まんこ」と書くことに、意味があった時代
田房さんの漫画『ママだって、人間』が発売されたのは2014年。
「当時、フェミニストの方たちが運営するウェブマガジンでコラムを書かせてもらっていました。そこではみんな『まんこ』という言葉をそのまま書くことに、意義を持っていました」
体の部位なんだから言って当たり前。なぜ言ってはいけないのか、それはおかしい。そういう考えが、当然のものとして、そこにはあった。
「だから私の漫画でも、変な伏せ字にしたり、別の言葉に置き換えたりせず、はっきり書いていました」
そのウェブマガジンに出会う前は、どうだったのか。
「『まんこ』という言葉は全く使っていませんでした。だからこそ、ウェブマガジンの中で、みんなが当たり前のように書いているのを見て、すごく新鮮で。衝撃を受けたんです」
「その言葉だけじゃなく、フェミニズムの考えそのものに憧れもあって。彼女たちの考えに共感するところがあり、その流れに倣って漫画にも名称として『まんこ』と書いていました」
自分の子どもには「まんこ」と言えない
しかし、田房さん自身、漫画を読み返すと、当時とは違う感覚になるという。
「自分の漫画で『まんこ』と書かなければ、もう少し広く伝わっていたこともあるんじゃないか。一般的な言葉を選んだ方が、ちゃんと主張が伝わったのではないかと思うこともあります。
でも、当時の自分にとって『まんこ』という言葉を載せることが意義のあることだったので後悔はしていません」
「まんこ」という言葉が社会的にネガティブに捉えられているため、その言葉で立ち止まってしまったり、人に勧めにくくなったりするのも事実だと話す。
「『ママだって、人間』は、2014年頃に描いた漫画ですが、当時の方が『まんこ』という言葉は今より言いやすかったと思います。今は、さらに言いづらく、タブー感が強まっているような気がします」
事実、「まんこ」をはっきり書いてきた田房さんでも、自分の子どもには、その言葉を使えなかったという。
「自分の子どもには『まんこ』って言えなかったんです。『おまた』って言ってしまいます」
どんな言葉なら言いやすい?
かといって、「おまた」は女性の外陰部を適切に示しているかというと、範囲も広く曖昧な言葉である。どう伝えればいいのか。
田房さんは、あるタレントのエピソードを話してくれた。
「以前に渡辺直美さんのライブ配信を見ていたら、男性器を『おちん』、女性器を『おまん』って話していました。どちらも「プリン」と同じ発音です。イントネーションをかえるだけで全然印象が変わっていて、それがすごく衝撃的でした」
しかし、娘に「おまん」さえ言えなかったという田房さん。
「息子には『おちん』って普通に言えるんですけど、娘には『まんこ』という言葉の『まん』に引っ張られて『おまん』さえ言えませんでした」
「まん」は言いづらい。どんな名称なら言いやすく、正しく伝わるのか。
「正直、これだという案はなくて。『バルバ(vulva)』もいいなと思いましたが、『ば』行が続くカタカナは、日本語の発話では難しいかなと。
でも、先日の春画の方のインタビューででていた『つび』は、とてもいいんじゃないかなと思いました。私は、『つび』に一票いれます」
「あとは、どんな言葉になっても、AVなどで言葉が使われてしまうとみんな言いたくなくなるので使用されないようにしたいですね。
一方、『おちんちん』はテレビで言ってもいいのに、女性器の名称は言えない風潮がある。この風潮も変わらないと、結局この状況は打破できないのかなと思っています」
名前がないまま「怖い場所」のイメージが育つ

「おちんちん」という愛称は、子どもたちが歌って遊ぶくらい日常的な言葉だ。
田房さんは自身のニュースレターの中で以下のように書いている。
「現在はプライベートゾーンの概念など意識は高まっていますが、『体の部位としてなんでもない感じで発声できる女性器を指す名称』は未だに普及されていません。
どうなっちゃってんだよ、と思います。
排泄器官であり、性的な部分でもあり、生理がきたり、生命が生まれるところでもあり、女性の体をにとって大事な部位である女性器。それを、気まずくならない呼び方で呼べないってどうなっちゃってんだよ、と。」(田房永子のニュースレターより抜粋)
「名前がない状態はいかがなものかと思います。名前がないというのは、社会の意識とも密接につながっていると思います」
女性器に愛称はないが、自分を守るためにも、プライベートパーツだから大切にしようと学ぶ。楽しさよりも、被害に遭わない、加害者にならないための教育として伝えられることも多い。
4年前、こんな出来事があったという。
「漫画に『小学生の頃、エッチなものを見て興奮した』という経験を描いたんですね。それを読んだ女子高校生から『こういうことを、大人が描いてくれると、すごく安心します』とお手紙をいただいたことがありました」
女の子にも、男の子同様に性的な興奮はある。だけど、大人はそれを言ってくれない。
当時は性教育本の出版ブーム。田房さんは片っ端から性教育本を20冊ほど読み漁った。
でも、女性のマスターベーションについて書かれていたのは1冊だけ。だからこそ、高校生からの言葉が嬉しかった。
名前がないことと、女性の性について書かれた本が少ないこと。この二つは同じ根っこでつながっているのではないか。
だからこそ、ある性教育本が今も忘れられないという。
中高生はセックスをする必要があるのだろうか?
性教育本20冊中の1冊に、心に残る主張があった。
「その本には『中高生はセックスをしてはいけない』とはっきり書かれていました。中高生は、もし何かあったときに、保護者の同意も必要な立場。自分自身で責任を持てる年齢になるまでは、セックスをするべきではない、と」
田房さん自身、高校生で性経験はあったが、今振り返ると「本当は必要なかった」という。
「当時はHPVワクチンもなかったし、リスクについても知らされていない。
『軽率にセックスをして妊娠してしまって、学校をやめたりお先真っ暗になっている高校生カップル』が出てくる暗すぎて現実感がない警告ドラマを見せられただけでした。
一方、高校生がセックスをする漫画は溢れていたので私自身は『性行為は、みんなもしているし、いいだろう』くらいの感覚でした。
でも、通っていた高校で当時、性行為をしている人はごく少数だったと大人になってから気づきました。性はその人の尊厳に関わることなので、言及する=タブーという感覚があります。
でも大人が『中高生にセックスは必要ない。大人になってから楽しむものだ』とはっきり言ってあげていいのではないか?という疑問をずっと抱えていました。
だからその本を読んで、モヤモヤしていたことが言葉になった気がしたんです」
性教育が足りていないということは、リスクを把握し最善の対策ができている状況ではない。それは、大人側もリスクを過小評価しているのではないか。
「今、熱中症は命に関わるので、厳重と言えるほど予防を呼びかけていますよね。それと同じくらい10代のセックスには重大なリスクがあるはず。
そのリスクと引き替えにセックスから得られるものは、中高生の時点で本当に必要なものなのか。そのあたりの議論や認識のすり合わせが大人同士でまだまだ足りないのではないかと感じています」
性行為自体がダメなわけではない。ただ、あまりにも社会全体が無防備なのではないかと危惧せざるを得ないのである。
等身大の使える性教育とは?
田房さんは、現在の中学校で実際に使われている正進社の性教育副教材「コロカラBOOK」をみて、その情報の充実ぶりに驚いたという。

性教育を「特別な誰かの話」にしない。性教育副教材『コロカラBOOK』誕生の舞台裏 | ランドリーボックス
「自分が子どもの頃には、教えてもらえなかった情報がたくさんあって、びっくりしました」
一方で、カナダに住んでいた知人から聞いた性教育は全く異なったという。
「初めてのセックスはどんなシチュエーションがいいかを考えてレポートにしてきて」
これが授業の題目である。
生徒に対して、学食のお姉さんたちもアドバイスをくれる。生徒自ら質問しレポートを書き、みんなで発表し合うのだそう。
セックスにおいて、どのようなことが起こり得るのか、リアルな視点で想定する。
「想定をすることで、実際の場面で『これはいやだな』など自分の感覚を受け取りやすくなると思います。
仁義の話ではなく、どういう時なら自分や他人は同意するのかを、シミュレーションしておくのは大切ですよね。
日本でこういった性教育を取り入れるのは難しいことだと思うけど、自分はこういった性教育を受けたかったなと思います」
ばあばるばへのメッセージ

最後に、ランドリーボックスが、ばあばたちと一緒に企画制作している性教育パペット「ばあばるば」にも、メッセージをもらった。
「まず、見た目がめっちゃかわいいですね。目の前に現れた瞬間に、『いつも、ありがとう!』って気分になりました。あと色がカラフルなのもいいです。がんばってください、応援しています!」

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田房さん、ありがとうございます!
当時、漫画で「まんこ」という言葉を用いた田房さん。
それでも、自分の子どもの前では、その言葉を使えない。
田房さんの率直な気持ちを聞いて、言葉に与えられた印象は、ないがしろにされてきた性教育や社会環境と紐づいていると、改めて考えさせられた。
どんな言葉があれば、どんな環境になれば、私たちはその名前を手にすることができるのだろう。
【お話をきいた人】
田房永子
1978年生まれ、東京都出身。漫画家、エッセイスト、コラムニスト。2000年、雑誌「マンガエフ」で漫画家デビュー。第3回アックスマンガ新人賞佳作受賞。2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)を刊行し、ベストセラーに。2016年、「キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~」を発行。自分自身の加害に向き合った作品として今もロングセラーとなっている。私生活では2児の母。
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本記事はランドリーボックスが制作している性教育パペット「Ba-Vulva(ばあばるば)」の公式サイトの記事を一部編集の上、転載しています。















