先日、家族を相手にひさびさに感情的になり、朝から晩まで一日中、自分の部屋に閉じこもってしまった。

もう自分はしっかり熟女だということも忘れて子どもみたいに「どいつもこいつも私のことを蔑ろにしやがって……!」と、意地を張って食事もトイレも我慢して何時間も閉じこもった。もう少しで空のペットボトルに……いや、やめておこう。

こんなこと、アラフォーになってもまだやるの? 私。

サクッと気持ちを切り替えて「あーよく寝た」って言いながら部屋を出たらいいじゃないか。いつまでも治らない自分の面倒くささに、嫌気がさした。

「40歳になるとね、いろいろ楽になるよ」

ベコベコに凹んでは、あちこちで先輩方から聞いたこの言葉。

なんだその漠然とした投げやりなものは? 楽になるってどういうこと? こじらせまくった面倒くさい私の性格も、40歳になったらスルっと真っ直ぐになるわけ?

そんなわけないよね? まさか、本当に……?

あまりにも見聞きするうちに…そして年甲斐もなくこうして凹むたびに「もうすぐ40だ…… この辛さからそろそろ解放される……らしいじゃないか?」と、いつの間にかその言葉に一縷の希望を抱いてしまっている。

illustration:斉藤ナミ

そろそろ40歳になる私。そう言われてみれば、前よりは若干楽になってるかもしれない……。もしやプラセボ効果? ええい、楽になるならこの際もう思い込みでもなんでもいい!

今回はこれを機に、今の自分の状況を棚卸してみようと思い立った。ついでに、ちょっとくらいは20〜30代の悩めるこじらせ女性たちの役に立てるかもしれない。だとしたらこれまで私がこじらせてきた経験も少しは救われるってもんだ。

頑張っている私を誰か見つけて、讃えて、拡散して

まず私の場合、根本的に自信がないことがこじらせの1番の原因だ。

とにかく自分に自信がないため、嘘をつかれたり冷たい態度をとられたりすると、大事にされていない、蔑ろにされている、嫌われている、と感じてしまってもうだめだ。仕事も家のことも手につかず、ずっとクヨクヨしてしまう。

SNSなんて見なければいいのに、こともあろうか自ら他人と自分を比較しにいってしまって「できてない自分はダメな人間だ」、「一人ぼっちの私はみじめ」、「この仕事に向いてない」、「何もできない」、「自分には価値がない」、「生きている意味がない」、「酸素を吸って二酸化炭素を吐くだけでも迷惑」、などと思い悩んでしまう。

嫌われたくない、好かれたい、褒められたい、評価されたい気持ちがあるのに、それに反して、カッコつけたい、断られたら恥ずかしい、頑張ってるところは見られたくない、などと矛盾する気持ちもあるので無理ゲーだ。

「自分からは言えないけど、見えないところで頑張っているこんな私を誰か愛して、讃えて、拡散して!」と非常に自分勝手な望みを心の中で必死に唱えている。叶うわけがない。

そして、少しでも自分が嫌われているかも? 蔑ろにされているかも? と感じると、一人でこじらせて悲しんだり怒ったりしている。こんなに愛されたいのに、すぐ失敗して嫌われて、孤独で寂しいと感じ、存在意義がないことにむなしくなり、消えてしまいたい気持ちになっていた。面倒くさいうえに暗すぎる。

こじらせると、あとが面倒

はて、最近はどうだろう? と考えると……やはり少しは軽くなっているかもしれない。

長年こじらせた感情の繰り返しに、自分でもちょっと飽きてきた感覚がある。

傷ついた気持ちは、繰り返し思い出すほどに心が暗くなる。まるで自分自身がもっと落ち込むことを望んでいるみたいに、何度も思い出しては絶えず胸をざわざわさせて、ずっと悩み続けている。

でも考えてみれば、そんなに気にするべきことでもないかもしれない。それに「たとえ嫌われていたとしても、別に生きていけるんじゃないか」と思うようになった。

無理矢理にでも見ないフリをしたり、楽な解釈をしたりして、落ち込まなくて済むならそのほうが楽だ。

心のざわつきの予兆を感じると「またこの感情か。わかったわかった。いつものやつね。時間の無駄だよ?違うこと考えよ?」と、悲劇のヒロインになりそうな自分を諭す。

自分の心を守りたい。そんなことでクヨクヨしてる暇があるなら、その時間に新しい本を読んで、新しい場所へ行って、次のエッセイに活かした方が100倍有意義だ。

そもそも周りが自分の思い通りにならないことで怒るなんて子どもか? こんな年になってようやくだが、そんな考えは馬鹿馬鹿しいと気づき始めている感覚はある。

やけになって暴飲暴食、爆買いをしたり、激情して家を飛び出したり、逆に部屋に閉じこもってストライキを起こしたりするようなことはあまりなくなった(今回したばっかりだけど)。

やらかすと後がしんどいということもある。家を飛び出したところで行く先もなく、WiFiもないのでネット依存症の私には辛すぎる。

家から半径10メートルくらいなら電波が届くので、飛び出したあとにこっそり近くに戻ってきてWiFiの届くギリギリのところに潜んでいたこともある。

illustration:斉藤ナミ

それに最近は大声を出すと、喉なんかすーぐ傷めてしまうので、激情するにしても小さい声でボソボソ訴えるようになってきた。

「……もう私のことなんてほっといてよ……(本心:ほっとかないで! もっとかまってよ!!)」

声が通らないので「え? 何?」と聞き返される。

「だから……ほっといて…」(小さい声の激情とは一体……?)

え? 歳をとると肌だけじゃなく、喉も乾燥するの? のどぬ〜るスプレーをシュッとしてから激情したらいい?

結局、健康に生きていたい

健康面が気になってきたことも、自分のちっぽけな悩みに落ち込まなくなった理由かもしれない。

以前こちらの連載でも書いたように、先日、人生で初めての人間ドックを受けた。今までは、こんなクソみたいな人生いつ終わってもいいとか、死ぬなんて怖くないなどとのたまっていたくせに、いざがん検診を受けた途端、ビビりちらしてしまったのだ。

乳がんのエコー検査で、左乳の一部分だけをめちゃくちゃ執拗に調べられたときには「神様お願いします! ここに腫瘍さえなかったらもう他のことはどうでもいい! 全人類に優しくします! だから、この技師さんの気のせいであってくれ! 頼む頼む頼む!」と一心不乱に祈ってしまった。

結果、乳には特に異常はなかったが、胃のピロリ菌が見つかった。最近は必死にLG21ヨーグルトや、梅干しや蜂蜜を食べまくっている。私、全然死にたくないじゃん。

ありきたりかもしれないけれど、やはり健康に生きていられるならそれだけでいい……という思いに至りつつある。

毎日健康で目を覚まして起き上がれることは、あたりまえじゃないのだ。病気と戦っている人たちや、突然亡くなってしまった人たちによって、自分の考えの浅さに気づいたのもある。

生きる意味を考えてしまうことはいまだにあるけれど、こんなふうに病気が怖いと思ったり、健康であることを突然神に祈ったり、明日も目を覚ましたいと思うことは、生の意味なんて分からなくても、「ただ生きていたい」ということかもしれない。

ちょっとくらい人に嫌われていたとしても、病気だったかもしれないことを考えると、そんなことは本当にどうでもいい。かわいいもんだ。

ハチャメチャに頑張るステージから降りられた

アラフォーになって、女性としても一旦落ち着いた感覚もある。

20〜30代は、恋愛、結婚、子育て、仕事など、常に女性として、妻として、母として、社会人としても、全部をうまく両立させようと突っ走ってきた。

美しくなりたい、モテたい、若くありたい、強くありたい、いい母になりたい、いい仕事をして認められたい、と欲張っていた。

でも美しくするには時間もお金も努力も必要だし、どうしたって若さは失われていくし、出産をしたら仕事だけに全力を注ぐこともできない。

全部手に入れたいとがむしゃらに頑張ってきたけれど、結局は子育てで仕事をセーブせざるを得なかったし、穴を開けて信頼を失ってしまったこともある。妻としても夫との夫婦関係を上手く築けなかったり、母親失格と言われてもしょうがないことを子どもにしてしまったりもしたと思う。

失敗だらけで、何度も「自分はやっぱりダメだ。人間として欠陥がある。普通のことが上手くできない」と落ち込んだ。

それでもここまでなんとか生きてきて、子どもも大きくなって、納得いくまで仕事に向き合えるくらいの感覚に戻ってきた。もう若くはないけれど、美容にも時間を割けるようになってきた。もっと上手くやれたかも…とは思うけれど、もう一度やり直したいとは思わない。これでよかったんだと思う。

今は、美しくて強くてゲームもできる母を目指そうと、日々、保湿と筋トレとゲームに勤しんでいる。

女性としてハチャメチャに頑張るステージからは一旦降りられた感覚だ。

誰かに選ばれようとする努力も、全部を上手くやろうとする必要もなく、自分らしく、美しく強く楽しく生きたい、という自由さや開放感があり、マイペースに毎日を過ごせるようになった。

ついこの前までは、若くて肌がツヤツヤで綺麗な女の子には敵対心しか沸いていなかったけれど、最近は取引先のセクハラ親父や、笑えない冗談を平気で言い放つジジイから彼女たちを守りたいという気持ちまで芽生えている。びっくりだ。

「このクソジジイは私に任せて先に行きな! あんたは自分の仕事頑張んな! あと、よかったら使ってる美容液とか教えて!」などとよく思っている。

小さい子どもがいて必死に頑張っている若いお母さんなんて、見かけるともう他人事とは思えなくて、家事でも子守りでも家に手伝いに行ってマッサージでもしてあげたいくらいの気持ちになる。

昔は「どいつもこいつもクソ……!」と思っていたが最近は、若い人もそうでない人も、女性も男性もそうでない人も、日本人も海外の人もみんな、意外と捨てたもんじゃないやないか!この世界を、ひとつしかない地球をよくしたい……! みたいな、スケールのデカい感情も芽生えている。

どう考えても昔より涙もろくなったし、今朝なんてポケモンのオープニング曲にグッときてしばらく泣いていた。

「1、バトルをしたなら、2、笑って泣いたって、3で、仲間になろうよ!」

そうだね、サトシ! がんばろうぜ! うわぁーーん!

ようやく「自分らしく生きられる人生」が始まる

何度も辛いことや悔しいことを経験して、その度になんとか乗り越えることで、実はちょっとずつ落ち込んだときのやり過ごし方を学んできたのかもしれない。

40歳という年齢だからというよりは、自分を長くやってきているぶん、30歳よりは自分のことをわかっているのは当然だ。私という人間がわかってきたから、諦め、受容、防御ができ、そして攻めるべきところのバランスがわかってきた。

ダメなところ、弱いところ、意外と強いところ、頑張ってきたところ。

なかなかいいんじゃない? 私。

無理なもんは無理、苦手なことにはフタをして諦めちゃうのもアリだろう。譲れないところ、こだわりたいところに注力した方が効率がいいってもんだ。

人生の残り時間が少ないから? いやいや、まだまだ中盤だ。これからだ。ようやく本当に自分らしく生きられるようになったんだから。

孤独や無力さに凹んでしまうこともまだまだあるけれど、やはり「40になるといろいろ楽になる」説は、あながち間違いじゃないかもしれない。

歳をとるのも悪くない。これから40代を迎え、50歳、60歳と生きていくのがちょっと楽しみになってきた。

美しくて強い熟女になるためにも、お肌も喉もしっかり保湿して筋トレとゲームをしなくちゃね。とりあえずのどぬ〜るスプレー買いにいこっと。

おしまい

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