帝王切開や吸引分娩など、医療的な処置を伴う出産を指す「異常分娩」という言葉が、見直されることになった。
日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会は2026年10月20日、妊産婦や家族への説明や文書では「正常分娩」「異常分娩」という表現を原則として使わず、分娩方法や処置を具体的に示すよう求める留意点を出した。
学会の発表によると、学会は同じ日、厚生労働省で上野賢一郎厚生労働相らと面会し、この留意点について説明した。
NHKの報道によると、上野厚労相も行政文書でこの言葉を使わない方針を明らかにしている。
なぜ見直しに?

留意点によると、「異常分娩」という言葉は、出産した女性に「異常な出産だった」「自分の出産が劣ったものだった」と受け止められ、精神的な負担や傷つきにつながる可能性があると指摘されてきた。
学会と医会は、帝王切開、吸引分娩、鉗子分娩、陣痛誘発などは「母児の安全を守るために必要に応じて行われる医療」であり、出産の価値や本人の努力を評価するものではないとしている。
学会は、この言葉の使われ方について学会会員にアンケート調査を行い決定したとしている。
今回の決定について、産婦人科医の柴田綾子先生に話をきいた。
「これまで、お産の現場では促進剤などを使わないお産について、伝統的に『自然分娩』と表現し、医学的に介入が必要なお産を『異常分娩』と表現してきました。
お産自体が異常というわけではなく、お産の『経過(進み方)』『赤ちゃんの心拍』などに異常があり、促進剤や吸引分娩などが必要という意味で使っていましたが、『異常』と聞いて、驚いたり、傷ついて、ご自身を責める方やご家族がいらっしゃいました。
帝王切開や吸引分娩・鉗子分娩になったからといって、お産の方法やご本人の何かが悪かったというわけではありません。
どんなに体調管理に気をつけて、歩いたり運動を頑張っている方であっても、分娩が上手く進まなかったり、赤ちゃんの状態で帝王切開などが必要になることがあります。
お産は非常に大変で、体にも心にも大きな負担がかかるイベントです。
逆に、分娩時間が早かったため『安産だった』と他の人に表現され、『こんな大変な経験は安産ではない』と、いきどおりを感じる方もいます。
お産の『経験』や『感じ方』について、他人が評価しないようにすることが大切です。
今回の用語の変更は『言葉』が患者や家族に与える影響に配慮したものだと考えています」(柴田先生)
どんな言葉に変わる?

留意点は、実際に行った分娩方法や処置の名前で説明するよう求めている。例として挙げられているのは、次のような言葉だ。
- 分娩の方法:経腟分娩、帝王切開による出産
- 帝王切開:予定帝王切開、緊急帝王切開
- 器械を使った介助:吸引分娩、鉗子分娩
- 陣痛の管理:自然陣痛発来、陣痛誘発、陣痛促進
- 処置など:無痛分娩(硬膜外鎮痛など)、会陰切開
また、「自然分娩」という言葉も、ほかの分娩方法が「不自然」だと受け取られる可能性があるとして、経腟分娩と同じ意味で使うことは避けるよう求めている。
問診票などで「正常/異常」を選ばせる欄も避け、「妊娠・分娩時の特記事項」のような書き方にするとしている。
説明のしかたも変わる?

留意点は、言葉の置き換えだけでなく、説明のしかたについても求めている。
- 処置の必要性や目的を十分に説明し、それが本人の努力や出産の価値を評価するものではないと伝わるよう配慮する
- 緊急の手術や処置では、できる範囲で理由や経過を説明する。十分に説明できなかった場合は、産後に経過を振り返り、質問や相談の機会を設ける
背景には、出産のときに十分な説明や支援を受けられたか、意思決定に参加できたかが、出産体験の受け止め方に影響するという研究があり、WHO(世界保健機関)では、「ポジティブな出産体験のための 分娩期ケア 」の推奨を出している。
ただし留意点は、これらの研究が「異常分娩」という言葉の影響を直接調べたものではないことも明記している。
カルテや書類はどうなる?

留意点は、行政や保険制度の用語が見直されることを踏まえ、カルテや各種書類でも「異常分娩」は使わず、具体的な診断名や分娩方法、処置名を書くよう求めている。
費用の説明では「保険診療を伴う分娩」のように、保険が使われるかどうかが分かる言葉を使う。行政や保険制度の書類については、通知や様式が改められるのに合わせて表記を変えていくとしている。
今回の決定は経産婦や医療現場にどのような影響をおよぼすのか?

「海外の研究では、『出産の経験がトラウマだった』と感じた人が多くいることが分かっています。
Facebookでのオンライン匿名アンケート調査では、経産婦の半数が『妊娠・出産でトラウマ的な経験をした』と回答しました。医療者の心無い言動で傷つく『産科暴力』も世界的な問題になっています。
今回の変更は大きな一歩ですが、医学的な用語を変えることによって同意書や保険関連の書類の変更が必要になったり、新しい用語が浸透する前の段階では、説明した内容が上手く伝わらないなどのコミュニケーションギャップのリスクにも注意が必要です」(柴田先生)
言葉は、スティグマを根付かせもする

ランドリーボックスでは以前に、元国連「健康への権利」特別報告者で南アフリカの医師、トラレン・モフォケンさん(ドクターT)の話を紹介した。
ドクターTは、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)の分野で、言葉の選び方ひとつが、スティグマ(偏見や負のレッテル)を根付かせてしまうこともあると語っていた。
今回の見直しは、「医療上の表現」と「出産した本人や家族への影響」に向き合った変更と考えられる。
▶関連記事:その言葉はスティグマを根付かせていませんか?元国連特別報告者 ドクターTが伝えたいこと
帝王切開や吸引分娩は、産む人と赤ちゃんの安全を守るために必要な医療だ。今回の変更方針により、出産した人と家族が傷つくことが減っていくことを願っている。
監修者プロフィール
<監修者プロフィール>
淀川キリスト教病院 産婦人科専門医
柴田綾子
2011年群馬大学を卒業後に沖縄で初期研修。世界遺産15カ国ほど旅行した経験から女性や母親を支援する職業になりたいと産婦人科医を専攻する。 総合医療雑誌J-COSMO編集委員を務め、主な著者に『女性の救急外来 ただいま診断中!』(中外医学社,2017)。産婦人科ポケットガイド(金芳堂、2020)。女性診療エッセンス100(日本医事新報社、2021)。明日からできる! ウィメンズヘルスケア マスト&ミニマム(診断と治療社、2022)。
参考記事
参考論文
- Camilleri J, et al. Birth trauma: characterization and thematic analysis of traumatic birth experiences revealed on social media. Contracept Reprod Med. 2025
- 日本WHO協会「出産中の女性の虐待 : 新しいエビデンス」














