2026年9月末、ポーランドの首都ワルシャワで、国会議事堂の向かいに小さなロッカーが設置された。ロッカーの中に入っているのは、中絶のための薬だ。

ポーランドは、ヨーロッパで最も中絶を厳しく制限している国のひとつ。

現地の英語メディアNotes from Polandによると、2025年に同国で行われた合法な中絶は851件にとどまる。そんな国で、なぜ「中絶薬ロッカー」が生まれたのか。

背景にある政治の流れとあわせて紹介したい。

暗証番号を入れると、中絶薬が受け取れる

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ロッカーを設置したのは、自己管理型の中絶(医療機関の外で、薬を使って自分で行う中絶)を支援する国際団体Women Help Women(WHW)と、ポーランドの活動家グループAbortion Dream Team(ADT)だ。

Notes from Polandによると、仕組みはこうだ。

  • ロッカーは番号付きの22個の扉と、数字キーでできている
  • 中絶を希望してWHWに連絡した人には、6桁の暗証番号が伝えられる
  • 番号を入力すると扉が開き、中絶薬の入った包みを受け取れる
  • 薬は自宅で飲むことも、ADTが用意したスペースで飲むこともできる

両団体は「世界初の中絶薬ロッカー」だとしている。ポーランド語では、中絶(aborcja)と自動販売機(automat)を組み合わせて「アボルトマット(abortomat)」と呼ばれている。

国会の真向かいという場所には、中絶をめぐる法改正を実現できていない政治家へのメッセージが込められているという。

ポーランドでは、中絶をした女性本人は罪に問われない。一方で、違法な中絶を手伝った人は最大で懲役3年の刑に問われうる。

ADTのユスティナ・ヴィドジンスカ氏は現地メディアに対し、薬を受け取る人は法律に違反していない、という趣旨の説明をしたと報じられている。

共産主義時代は「認められていた」中絶

ポーランドの中絶規制は、昔から厳しかったわけではない。

共産党の一党体制だった1956年に成立した法律では、生活上の困難を理由とする、いわゆる「社会的な理由」による中絶が認められていた。

状況が変わったのは、1989年に民主化した後だ。民主化運動を支えたカトリック教会の影響力が強まるなか、1993年に新しい法律が成立し、中絶が認められるのは次の3つの場合に限られた。

  1. 妊娠が女性の生命・健康を脅かす場合
  2. 妊娠がレイプや近親相姦などの犯罪によるものである場合
  3. 胎児に、命にかかわる病気や、重く回復の見込みのない異常が見つかった場合

当時は、カトリック教会と国家の間の「妥協」と呼ばれた法律だった。ただし、社会全体の合意ではなかったという指摘もある。

2020年の判決で、ほぼ全面禁止に

UnsplashのSasun Bughdaryanが撮影した写真

2020年10月22日、憲法裁判所にあたる「憲法法廷」は、1993年の法律が認めていた3つの場合のうち、「胎児に命にかかわる病気や、重く回復の見込みのない疾患が見つかった場合」の中絶を違憲と判断した。

当時の与党は、カトリック保守を掲げる「法と正義(PiS)」だ。

AP通信によると、保健省のデータでは2019年に行われた合法な中絶は1,110件で、その大半がこの理由によるものだった。つまり判決は、合法な中絶のほとんどを消すものだった。

判決の直後から全国で大規模な抗議デモが起きた。判決は2021年1月に効力を持った。

同じ年、妊娠22週で入院した女性が敗血症で亡くなった。家族は、医師が中絶規制を恐れて処置をためらったと訴え、この死をきっかけに再び全国で抗議が起きた。

法律が例外として認める「母体の生命・健康を脅かす場合」でさえ、現場の医師が動けなくなることがある。そのことを示した出来事だった。

政権が変わっても、法律は変わらない

UnsplashのElement5 Digitalが撮影した写真

2023年12月、中絶規制の緩和を公約に掲げたトゥスク首相の連立政権が発足した。

しかし2024年7月、中絶を手伝う行為を罪に問わないようにする法案は、連立与党の一部が反対に回り、わずか3票差で否決された。

2025年には、中絶規制を緩める法案には署名しないと表明していた保守派のカロル・ナヴロツキ氏が大統領に当選した。

アボルトマットが国会の前に置かれたのは、こうした「約束されたのに変わらない」状況への抗議でもある。

避妊に失敗したら? アフターピルにも壁

UnsplashのAlexandra Fullerが撮影した写真

ポーランドでは、合意のうえの性行為で避妊に失敗した場合、法律では中絶が認められない。

その一歩手前の「緊急避妊薬(アフターピル)」にも壁がある。PiS政権下の2017年から、緊急避妊薬は医師の処方箋がなければ買えなくなった。

2024年、現政権は15歳以上なら処方箋なしで買えるようにする法案を国会で通したが、当時のドゥダ大統領が拒否権を行使した。

そこで政府は法律を変えずに、薬局の薬剤師がその場で処方できる試験的な制度を始めた。ただし、2024年6月の時点で参加していた薬局は、全国約1万2,000軒のうち約1,050軒だった。

では、実際に妊娠した人はどうしているのか。中絶支援団体のネットワークは、2025年は10月21日までに3万8,508人の中絶を支援したと発表している。

その大半は、妊娠初期に薬を使って自分で行う中絶だという。国外のクリニックに渡航する人もいるが、費用や移動の負担は大きく、団体が費用を支援するケースもある。

なお世界保健機関(WHO)は、妊娠12週までであれば、正確な情報と質の確かな薬、必要に応じて医療者の支援がある条件のもとで、薬による中絶を医療機関の外で安全に行えるとしている※。

※日本では、経口中絶薬は医療機関でのみ使用可。

日本は、法律では認められているがハードルが多い

ポーランドの状況は、日本から見ると遠い国の話に思えるかもしれない。けれど、比べてみると見えてくるものがある。

日本では母体保護法のもとで、身体的・経済的な理由による中絶が、妊娠22週未満(厚生労働省の通知による)まで認められている。中絶が認められる範囲は、法律の上ではポーランドよりずっと広い。

一方で、母体保護法は中絶に原則として配偶者の同意を求めている。2023年に承認された経口中絶薬「メフィーゴパック」にも条件がある。

対象は妊娠9週0日までで、入院できる設備のある病院や診療所で、都道府県の医師会が指定した医師のもとでしか使えない。また、中絶は基本的に保険適用外で、費用は自己負担だ。

緊急避妊薬については、2026年2月から、条件を満たした薬局で処方箋なしに買えるようになった。年齢制限や保護者の同意は求められない一方、薬剤師の目の前で飲むことが条件になっている。

ポーランドは、法律で中絶がほぼ全面的に禁じられ、それでも市民の手で薬が届けられている国。

日本は、法律では認められているが、同意や設備、費用といった壁が残る。形は違えど「自分の身体のことを、自分で決められるか」という問いは同じだ。

アボルトマットは、法律の外側で女性たちを支えてきた活動家たちが、その現実を国会の目の前に「見える形」で置いたものだ。

権利は、法律に書かれているかどうかだけでは決まらない。必要なときに、誰かの同意を求められることなく、自分で選べるか。ポーランドのロッカーは、その問いを投げかけている。

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