生理痛や生理の不快感を緩和したいーー生理のある女性なら誰しもが抱く想いがなかなか具現化しない背景には、「ピルは高い」という情報が独り歩きしてしまっていることが関係しているように思います。
そんな中、実は600円から購入できる(調剤料は別途)ピルがあるという情報が。産婦人科医の宋美玄先生にくわしく聞きました。
(対談前編はこちら:「なぜ生理にサステナブルを求めるの?」フェムテックと生理の貧困)
まずは安値のピルから試してみる
ヒオカさん(以下、ヒオカ):600円のピルは、特殊なクリニックでしか処方されないのでしょうか?
宋美玄さん(以下、宋):そんなことはないです。もしそのクリニックに置いていなければ、院外調剤にすれば全国どこでも処方できます。
ヒオカ:それは衝撃的です。大学生の時に知りたかったなぁ。
宋:対応はクリニックによってもばらつきがあります。生理痛が酷くてクリニックに行ったら保険適用外のピルを出されてしまい、そのあとでうちのクリニックを受診して、保険適用のピルがあることを初めて知る方も多いです。ドクター自身が最新の情報をアップデートしていないという現状もあるかもしれません。
ヒオカ: 婦人科はそもそも受診のハードルが高いし、セカンドオピニオンを聞きにいくこと自体、あまりないイメージです。「当たったところ勝負」みたいな感じがします。
宋:お値段や副作用を心配する気持ちはよくわかるものの、まずは安いピルを試してみてもらえたらいいなと思います。
ヒオカ:確かに、600円なら試すハードルもかなり下がりますね。
一方で貧困出身者からすると「安い」の基準も違うし、病院を受診することのハードルも高いように思います。
宋:確かに、無料ではないですからね。ピル代を払うのが難しい場合には、別の制度があればいいですよね。
「ピルが飲みたかったけど、高くて飲み続けられなかった」と言って診察に来る人がいて。お金さえかからなければ、生理から解放されたい、軽くしたい人はたくさんいると思う。
「生理痛は耐えるのが普通」から脱出するために
ヒオカ:初潮を迎える頃は、親の影響を強く受けます。「痛みも子を生むために必要」のような、謎信仰のようなものですね。私は、ピル服用は不妊を招くという誤った情報を親から教わりました。
ファーストステップとして「生理痛が酷い」を我慢するのが当然と考えるのではなく「婦人科に行くべき」と捉えられるかどうかが、その後の人生を分けるように思うんです。
生理の貧困の当事者も、生理の痛みや不快感を「そういうものだ」と思ってしまう。改善されるべきものだと自覚できない人が多いんです。
3~40代になってから「私もしかしたら生理の貧困だったのかな」と気づいた方の話を詳しく聞いてみると、本当につらい生活を我慢してきた過去がありました。
宋:ピルを飲むと将来、障害のある子どもが生まれるとか、痛み止めは身体に蓄積されるとか、間違った情報が親世代から伝わってしまう。
そういうことがないように、例えば子宮頸がんワクチンを打つ時に婦人科に来てもらったら、そのままかかりつけ医が生理の相談にものることができるような、費用負担の少ないユースクリニックができることを願っています。そしてできたあとも、きちんと生理痛に対処できる人材育成が必要です。
ヒオカ:確かに、ユースクリニックがあれば、生理のケアの知識も身につけられそうですね。生理の貧困を調べると化石とも言える性教育の現状が見えてくるので、知識を身につけられる場が必要だと感じます。
宋:学校の性教育を受けた後、社会に出てからも、アップデートする機会がないことも問題ですよね。
最近ミレーナが話題になったことをきっかけに、ミレーナを入れたいと40代くらいの方が受診してくださったのですが、生理がとても楽になったようでした。
「こんなの前からあったら!」
「一応10年以上前からあるんですよ」
「え、あったんですか!?」
「はい。保険適応です。知る機会ないですよね」
という会話をしました。
女性ヘルスケアの講演に行くと、バリバリ働いている女性でも「生理は重い、痛い」と言っていて、「こんなのありますよ」と紹介すると、全然知らなかったと言うんです。
タブー化されてきた女性の健康を、いま変えていく
ヒオカ:生理の貧困に対しては「生理の貧困はメディアが造った言葉だ!」「なんで生理だけ特別視するんだ!」という声があります。
私は、生理の貧困はナプキンが買えないことだけではなくて、生理、中絶、不妊治療、妊娠出産、更年期と続く、女性ならではの出費や不快さというものを可視化するために必要な概念だと思っています。
その中でも特に、ほとんどの人が避けられない、そして10~50代まで続く生理の問題。生理の貧困の議論を通して、生理がある人だけに多額の出費かかってしまう不平等の是正という点にも光が当たって欲しいです。
宋:生理の問題とは結局、※リプロダクティブヘルスライツ(性と生殖に関する健康と権利)です。
※女性が生涯にわたって身体的、精神的、社会的に良好な状態であることを享受する権利
月経困難症や、避妊へのアクセスも悪い上に、予定外で妊娠した際の中絶アクセスもすごく悪い。いまだに懲罰的な風潮があり、「中絶したくない」という理由で仕方なく産む人もいるくらいです。
中絶に対してあまりにネガティブな印象を与えられすぎているので、中絶の選択をしづらくなってしまっています。
ヒオカ:社会の女性の健康に対する意識の低さや理解の無さは顕著ですよね。タブー視されてきた歴史から、男性の無理解が常態化し、男性中心の政治では予算が組まれなかった。今、それがやっと少し変わろうとしている気がします。
構造的な問題から考える必要がある
宋:最近、無痛分娩とか、”痛み”についての取材をよく受けます。「女性の痛みが軽視されている」という結論ありきで伝えるメディアもあるんです。
ヒオカ:Twitterでも「日本の産婦人科には人権がない」という怒りの声を見ますし、たびたび話題になっている印象です。婦人科の内診で、痛いところもあるし、ミレーナを入れる処置で麻酔の選択肢を提示してもらえなかったという経験談もありますね。
宋:どうして無痛分娩が広まらないか、構造の話はなかなか伝わらなくて。 無痛分娩が広がらないのには、理由があるんです。麻酔科医の人手が足りないこと。それを改善するには病院の収益構造から変えていって、麻酔科医がトレーニングにモチベーションを持てるようにする必要があります。
そもそも、子宮体部に効く麻酔というのはないんですね。痛みを消す安くて簡単な方法があるのに使っていないのではなく、ちょうどいいものがないから使えないんです。お産は基本的に24時間体制でなければなりませんが、24時間体制で麻酔に対応できる病院は、日本にはまだ数十軒くらいしかないと思います。
無痛分娩に関してはこの10年で後退しているくらいですね。無痛分娩をできる施設をどうすれば増やせるのか、そのためにどんな政策が必要かまで考える必要があります。
避けられる痛みと、避けられない痛みについて知り、選択できるように
ヒオカ:ミレーナの麻酔という選択肢を提示してくれない婦人科を疑問視する声も上がっていましたね。
宋:ミレーナは文献上、ルーティーンでは麻酔を推奨しないことになっているんです。必ずしも麻酔を提示しない医者が悪いわけではない。実際、(子宮頸部の)入口だけの麻酔なので、麻酔しても痛みを感じる人もいます。
ヒオカ:効果が限定的ということでしょうか。
宋:しないよりはしたほうが痛みの総量は減ります。ただ、痛み止めや麻酔をしてもうずくまって動けないくらい痛みを感じる人も少なからずいます。
痛みが怖いという人には、同様の働きをする内服薬のほうをおすすめしています。やってみないとどれくらい痛いかわからないけど、痛みをどうしても避けたい人は、ミレーナじゃない選択肢があります。
婦人科疾患の検査も痛みを伴うものがありますが、検査を受けることで病気が見つかる可能性があります。痛みやストレスもあるけれど、総合的にみて検査が必要ということも。
痛みがあるから治療や検査をしないほうがいいと考える医者は、無責任だと思います。ですからすべての痛みを排除するのが正しいとは言えないのが現状です。
ヒオカ:痛みが全部“悪”というイメージが先行して、回避してくれない婦人科は人権を考えていない、という文脈になっているのかもしれません。痛みや女性の人権を軽視しているというより、不可避な痛みもあるんですね。また無痛分娩などに関しては体制が追いついておらず、普及には根本的な医療体制の改革が必要だということなのですね。
たとえば生理痛に関しては避けられるすべがあり、我慢する必要はない。一方でミレーナ挿入時など、避けられない痛みもあって、天秤にかけて選択していく必要があると。
実際に「ミレーナを入れる時の痛みは辛かったけど、毎月の生理がすごく楽になったから入れてよかった」という方も結構いますよね。正しい情報を得た上で、比較検討して自ら選択することが大事なのかもしれませんね。
正しい情報を得られたら疑心暗鬼にならずに済みますし、受診の際にも医師に質問しやすくなる。10代のころの自分を思うと、ピルの知識もないですし「もう少し安いピルを処方して欲しい」なんて言えなかったなと思います。
宋:ミレーナに限らず、新しい医療が出ててきても、普通に生活しているだけではあまり知る機会がないのが現状です。医療従事者のアップデートももちろんですし、メディアでも正しい情報を伝えてもらえたらと思います。
(構成:ヒオカ)