2008年にスタートしたセレクトショップ「Sister」。国内外のアパレルブランドや雑貨、アートブックなどをセレクトし販売している。
そのSisterが2022年3月に渋谷パルコにて、メキシコのアーティストであるモニカ・メイヤー氏に協力を仰ぎ、「The Clothesline with Sister」を開催した。
モニカ・メイヤー氏の「The Clothesline」は、日常の中にある格差、抑圧、ハラスメントなどについて、匿名で用紙に書き込み、物干しロープ(clothesline)に吊るしていく参加型のアートプロジェクトだ。
同プロジェクトは、世の中に埋もれている「声なき声」を拾い上げ、ジェンダー間の不均衡を可視化し対話することを目的としている。
1978年にメキシコ近代美術館で発表されて以降、世界各地で開催されている「TheClothesline」。日本国内では、2019年に開催された「あいちトリエンナーレ」で初めて展示された。
しかしながら、あいちトリエンナーレ内で開催予定であった「表現の不自由展」が開催中止になったことに抗議したモニカ・メイヤー氏は、開催期間中に展示内容を変更。
「表現の自由を守る」という声明文を掲げ、吊るされていた来場者の声を取り除き、未記入の用紙を地面にばら撒いた「沈黙のClothesline」を展示したことでも話題になった。
そんな「The Clothesline」を、なぜセレクトショップで展開することにしたのか。Sister代表 長尾さんに話を聞いた。
女性が置かれている現状。独立してはじめて気づいたこと。
ーー 2022年3月に渋谷パルコ、その後渋谷の店舗や名古屋でも実施した「The Clothesline with Sister」。経緯について教えてください。
私自身が、社会における女性について関心を持ち、改めて学んでいきたいと思っていたのがきっかけです。
Sisterは、私が別の会社にいた15年前に「女性のためのお店」としてオープンしました。
オノ・ヨーコさんの曲名を店名にして、設立当時から、自分が思い描く女性像を求めて運営してきました。
その後、オープンから10周年を迎えた2018年に元の会社からSisterが独立し、私が代表になりました。その時から女性支援や社会活動について、より関心を持つようになったんです。
ーー 独立したタイミングで関心が強くなった理由は?
自分が代表になり、ジェンダーギャップを感じることやハラスメントにあうこともありました。
でも、それって、私が男性で相手よりも年上だったとしたら起こらないことじゃないのか?と。
その時に、日本と海外に住んでいる友人たちに相談をしたんです。日本の友人は「そういう人いるよね、すごい嫌だよね」と共感をしてくれました。
ですが、海外の友人は、具体的な対応方法をとることを勧め、これ以上取引をしないようにと注意を促してくれました。
それまで私は「女性のためのお店」としてSisterを運営してきたけれど、女性の立場や社会についてきちんと理解できていなかった。もっと女性が置かれている状況を考えたいとその時から思いました。
ーー その中で今回のような企画を立ち上げたんですね。
はい。Sisterでは毎年周年に合わせてグッズを作っていますが、4年前からは、国際女性デーのタイミングにあわせて、さまざまなクリエイターとコラボレーションし価値観を学ばせてもらっています。
最初はドイツのファッション誌「TISSUE Magazine」とコラボレーションしてアイテムを販売しました。
2回目は国際女性デーに渋谷パルコの映画館WHITE CINE QUINTOでスクリーンを貸し切りアメリカの最高裁判所判事、故ルース・ベイダー・ギンズバーグさんのドキュメンタリー映画を上映することを企画しました。
ルースが「怒り」を理路整然と理論で論破する姿に影響を受けたこともあり上映会を企画しました。
ただ、この年はコロナの影響で上映中止になりました。
上映イベントはできませんでしたが、カナダの刺繍アーティストの方にフェミニストの女性を刺繍したグッズを作ってもらいポップアップを開催しました。
3回目は、フェミニズムに関わる書籍を取り扱う出版社「エトセトラブックス」さんにグッズをご提供いただき、代官山蔦屋でフェアを行いました。
「誰にも強要されていないのに服装やメイク、見た目で社会的女らしさに応えようとしたことは?」洋服屋だから語り合いたいこと。
ーー そして、4年目がモニカメイヤーさんとのコラボレーションだったんですね。
2019年のあいちトリエンナーレでモニカ・メイヤーさんの作品を見たのがきっかけです。その時は、「沈黙のClothesline」という作品でしたが、参加型アートにすごく共感して、Sisterでもやらせてほしいとお願いをして、実現に至りました。
モニカさんは本当に素晴らしい方で、Sisterでしか生まれない、集まらないオリジナルの質問を考えてほしいと言ってくれました。
彼女曰く、メキシコも日本と似ている部分があるそうです。家父長制が根強く、痴漢などの性犯罪も多いと。
日本同様に女性がまだ声を上げにくい環境で、匿名で意見を書くのは親和性が高かった。日本でクロスラインが支持されているのも、メキシコと似ているからじゃないかと話していました。
ーー Sister独自の質問はどのようにして決めたんですか?
モニカさんのオリジナルの質問は、
「女性として差別されていると感じたことはありますか?それはどのようなものですか?」
「あなたもしくは、あなたの身近でセクハラ・性暴力がありましたか?それはどのようなものでしたか?」
「セクハラ・性暴力をなくすために何をしましたか?これから何をしますか?」
「これまでに受けたセクハラ・性暴力にに対して本当はどうしたかったですか?」
という、性暴力、ハラスメントを中心とした質問が4問です。
Sisterでは洋服屋だからこそ、外見に関するモヤモヤや、社会が求める女性らしさについて質問しました。
「女性に対する嫌がらせや差別を感じたことはありますか?それはどのようなものですか?」
「誰にも強要されていないのに服装やメイク、見た目で社会的女らしさに応えようとしたことはありますか?それはどのようなものですか?」
「ジェンダーギャップを無くすために何をすべきですか?これから何をしたいですか?」
それから、
「おんなの子だから、おとこの子だから、で、ガマンしたこととイヤだったことはありますか?それはなんですか?(じぶんのこと、ともだちのことでもかまいません)」
という子ども向けの質問も考えました。Sisterではフェアの売り上げの10%で本を買い、図書館に寄贈する取り組みをしています。その本の1/3を児童書にしているんですが、子どもの頃からジェンダーバイアスについて考えられるようになってほしいなと思っています。
ーー 実際に声は集まりましたか?
500枚以上のコメントが集まりました。コメントを書きやすくするために、イベント前から店頭に質問カードを置いて、よかったら書いてくださいと説明していました。
実際に書いてくれるか不安でしたが、皆さん「たくさん経験ある」と言ってたくさん書いてくださいました。
同じように悩んでいる人はたくさんいる。日頃からおかしいと感じていることもすごくあるんだと痛感しました。
「誰にも強要されていないのに服装やメイク、見た目で社会的女らしさに応えようとしたことは?」
ーーー 去年は名古屋でも開催されましたよね?
3年ぶりに愛知で国際芸術祭が開催されるタイミングでクロスラインができればと思い、名古屋のショップ兼ギャラリーのunlike.さんで開催しました。
モニカさんにも伝えたら、3年ぶりに自分の作品が愛知に帰ってくるのをすごく喜んでくださって。開催初日はモニカさんとオンラインで繋いでワークショップをしました。
ーー どのようなワークショップをされたんですか?
愛知のその場所でしか生まれない質問を2時間かけて、参加者全員で考えるワークショップです。
ワークショップには、学生から私の母親世代まで幅広い年代、セクシュアリティもバックグラウンドも異なる15名が参加してくれました。
だからこそ生まれた質問が、次の2つです。
「パートナー、結婚、子供を持つ・持たないというような家族のことで嫌な思いをしたことや、差別を感じたことがありますか?それはどんな事ですか?」
「僕、私など自分の名前や愛称、呼ばれ方でモヤモヤしたことや、役割を感じたことはありますか?それはどのようなものですか?」
「家族」という言葉1つ取っても、それぞれ捉え方が違います。こうでなきゃいけないという価値観自体が皆違う。
勝手に決めつけられることもすごく多いからこそ、そこで生まれるモヤモヤを取り上げてくれました。
そして、普段何気なく使っている「奥さん」「主人」「誰々のお母さん」という言葉に役割が付随していることも多いですよね。
個々人に、もう少し想像力があれば人を傷つける回数も減るはずだと考え、質問を見るだけでも、何か気づきがあるようにしたいねと、第一人称の質問が生まれました。
ーー 参加者や会場によっても生まれる質問が変わる。展示にはどのような想いでみなさん参加されていたんですか?
女性だけでなく男性もいらっしゃいました。例えば50代くらいの男性は「無意識に人を傷つけることがないように勉強したい」、大学生の男の子は「ジェンダーの問題が身近にある」という理由で参加してくれました。
これまで4度このようなイベントをしてきましたが、問題意識の高さを肌で感じましたし、社会を変えていきたいという人が本当に多い印象です。
ーー 寄せられたコメントをご覧になっていかがでしたか?
いろんな回答がありましたが、まず驚いたのは、クロスラインに掲げられているコメントを見てくださったほとんどの方がご自身のコメントを書いてくださったということです。
他の人のコメントを見て、みんな思い当たる節があり、問題意識に気づく。
みなさんの声を読む中で、私自身、人を傷つける発言をしていたかもしれないと気づかされましたし、気をつけようとすごく感じました。
女性の自立。フェミニズムをもっと早くに知りたかった。
ーー 世代によってもコメントが違いそうですよね。
そうですね。20代だと就活や新卒で入った会社の振る舞いについて、30代だと子育てや家族、家事分担に関するトピックスが増えていました。
例えば、Sisterの客層は20代後半から40代ぐらいの方が多いんですが、お客さまの中には家庭を持ち、経済的に世帯の中心が男性に移り、子育てや家庭の役割に不満が出てきたり、選択的に結婚や子供を持たない方など様々です。
長年通ってくださっているお客さまとはプライベートな話をすることが多く、相談を受けたりもします。
家族や子どもを持った途端に、社会の家庭像に晒されてしまい、そこに自分を寄せなければならないと感じてしまう人もいて窮屈そうだなと感じることもあります。
ーー 長尾さんもライフイベントを経て行動が変わることはありましたか?
私自身は、離婚してシングルマザーです。
自分の場合は理解ある母のサポートもあって、ずっと仕事を続けていたので、特に変わっていませんが、
もちろん色々と大変なことはたくさんありましたし、これからもあると思いますが、自分たちなりの家族の在り方を考えていけばいいと思っています。
周りの友人も同様に仕事しながら子育てをしたり、結婚に興味がなかったり、子どもを持たない選択をしている女性も多いです。
Sisterを始めた頃から女性のために何かしたいと思っていますが、経済的な部分を考えるとすぐに解決できない問題も多い。
私たちが販売している洋服は必ずしも安い物ではないです。 自分のために買いたいと思える服をセレクトしています。
だからこそ、そういう選択ができる人が増えなければ私達みたいな仕事は支持されません。
最近はそんなことを考えています。
ーー 自分の意思表示に経済力は関係ないはずですが、自立を考えると経済面がセットになってしまう部分がありますよね。
必ずしもあらゆる女性が自立することが正しいということではないんですが、自分も子育てをしていく中で、日本社会は、女性の自立を奪っていく背景があると感じています。
結婚して女性がリタイアして子育てをする、30〜40代をピークに女性の平均年収は下がってしまう。それ以外の道があることを学生時代から学べば、経済的に自立するための選択肢の幅が広がる。そういう学びが本当に大切だと思います。
ーー 長尾さんももっと早くに知っておきたかったですか?
私自身、シングルマザー当事者になって初めて気づいたことがたくさんあります。結婚時の苗字もそうですが「当たり前」への違和感がすごくありました。
ーー 知らなければ、気づくことすらできないですよね。
私の育った家庭でも本当にひどい話ですが「女は勉強しなくてもいい」「女だからこうした方がいい」というような風潮がありました。ただ、母は自分の好きなことをすればいいと言ってくれる人だったので自分の道を進むことができました。
当時、私は私はフェミニズムという言葉を知りませんでしたが、なんでこの人こんなことをいうんだろうという不快感があった。
自分が大人になり、ああいう発言をする人はミソジニー(女性嫌悪)だったんだと気づきました。
何でそんなことを言うんだろうと思っていたけど言語化できなかった。それこそ、仕方ないと思っていたんです。
でもジェンダーについて学んでいたら「男女でそんなの関係なくない?」って言えたと思うんです。
今思うと、それが言えなかったことが自分の中では、すごく悔しかったんです。
ーー もっと早くに知っていればと。
フェミニズムを勉強している人が「もっと早く知りたかった」と仰るのがよくわかりました。だからこそ子どもたちには、そういう気づきや違和感に対して、ちゃんと「おかしい」と
思える人になってほしいなと思います。
こうあるべきではなく、選択肢がある方が生きやすいし、その人らしく生きられる方が、人にも社会にも良いことだと思います。
ファッションという選択肢と洋服屋だからできる声をあげる場所へ
ーー 強い女性に憧れ、そのような女性を応援したいとの思いで作られたお店ですが、運営する中で「強い女性像」は変わってきていますか?
オープン当時は、中身というよりも見た目がちょっとパンチ強めの媚びないファッションを纏っている女性が格好良いと外見的なことだけを考えていましたね。
今思うのは、その人なりに自立をして、常に自分で選択ができる人に強さを感じます。それが人として本来あるべき姿なのかなと感じています。
ーー 一方で、服やファッションがメンタルをサポートしてくれることも。
そうですね、服装自体が選択肢です。価値観は人それぞれなので別にこだわらない人はこだわる必要もないものですが、自分はこう見られたいという意思表示でもある。
Sisterでお買い物してくださる方は、自分のファッションを楽しみたいと思っている方が多い。
職場によっては意味なく服装を指定される会社もありますよね。社会がそうだからという理由で、個人の選択肢が奪われていることもある。立ち止まって考えていく必要があるんじゃないかなと思います。
ーー 誰しもが立ち止まって考える時間や環境を作ること。いくつになっても、視野を広げていくこと、学ぶことが大切ですよね。
私の母は自分のやりたかったことが出来なかった環境で育ったからこそ、私には好きなことをやった方が良いと言ってくれるありがたい存在です。今は私から母にフェミニズムの本をプレゼントしています。
母は60代なんですが、本を読んで、フェミニズムの考え方を認めることは、母のこれまでの人生を自ら否定してしまう気がして辛い時もあると言っています。
辛いことがあっても、抑圧されても刃向かえず我慢するしかなかった世代。フェミニズムを通じて、どの年代でも気付くことはあれど受け止め方が違いますよね。
だからこそ、Sisterとして女性の現状、変えていきたいことと向き合い、学び続けたいと思っています。
クロスラインの取り組みもですが、社会に対する不満があった時に、私達のような身近な服屋だからこそ声をあげやすいこともある。
この時代、私たちのお店でなくても洋服はどこでも買えます。だけど、こういうイベントをやっているSisterに通いたいと言ってくださる方がいる。それがすごく嬉しいです。
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2023年3月8日の国際女性デーに合わせてアート界のジェンダーギャップに抗うアクティビスト集団「Guerrilla Girls(ゲリラ・ガールズ)」の展示を渋谷PARCOで開催決定
イベント概要:ゲリラ・ガールズ展「F」ワードの再解釈:フェミニズム!
https://sister-tokyo.com/feature-458251/
日程: 2023年3月3日(金) – 3月12日(日)
時間: 11:00 -21:00
場所: 渋谷PARCO 1F (東京都渋谷区宇田川町15-1)
主催:Sister 協力:倉敷芸術科学大学の川上幸之介研究室