現在ではフェムテックは事業者側のビジネス視点、生活者のメリットについて語られることがほとんどです。しかし、書籍『ポストヒューマン・スタディーズへの招待――身体とフェミニズムをめぐる11の視点』(堀之内出版 2022/4/4)では、フェムテックが単なるヘルスケア新産業にとどまらない影響力があることを、女性の研究者たちがフェミニズム・科学技術・倫理など多様な視点から考察しています。
ポストヒューマンとジェンダー
本書では、テクノロジーが医療や生活に欠かせない時代が到来し、人間の在り方を「ポストヒューマン」という定義から考察しています。「ポストヒューマン」とは、「人間(ヒューマン)」の従来の基準が「白人/男性/ヘテロセクシュアル的(注)」であることへの代替概念です。
注)ヘテロセクシュアル:異性愛であること
本書は、トランスジェンダーのアスリートを取り巻く環境、科学理論の視点からみたフェムテック、デジタルで自分自身の外見を盛る「シンデレラテクノロジー」、生殖技術などについて論じられています。
今回は、日本独自のフェムテックムーブメントの今後について書かれている第2部の『サイエンス・スタディーズから考える「フェムテック」』の内容をご紹介します。
見過ごされてきた男女間の不均衡
2021年は日本でフェムテックというキーワードがメディアで取り上げられる機会が増え、スタートアップだけではなく大企業も新規事業として参入したことから「フェムテック元年」と呼ばれました。
フェムテック元年以降、これまであまり語られていなかった課題が見えてきました。
第3章の『「フェムテック」とは何か?―その可能性と抱えるジレンマ』(渡部麻衣子)では、フェムテックが女性起業家が活躍しやすい領域として、男性中心だったイノベーションの「女性化」を図れる期待について書かれています。
本書によると、これまで科学や医療の分野では男性の身体を基準に作られてきたものが多く、性差が見過ごされ、女性の身体に合わない医薬品や製品があることが近年指摘されるようになりました。(例:車のシートベルトが女性や妊婦の身体に合わずケガを負いやすい、睡眠導入剤が女性は男性の倍のリスクがあるなど)
見過ごされてきた男女間の不均衡を是正する「女性身体の再発見」の考え方が、「ジェンダード・イノベーション」として注目されています。
この概念は、スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が提唱したもので、日本でもお茶の水女子大学が2022年4月にジェンダード・イノベーション研究所を立ち上げました。
渡部氏は、次のように指摘します。
「女性身体の再発見」とフェミニズムが掲げる「女性の身体の主体化」は、フェムテックによって解決が期待できる。その反面、フェムテックという新市場は市場原理によって女性の健康課題を解決する性質があり、「市場」であるため経済力と切り離せず、製品やサービスを買える人/買えない人、問題を解決できる人/できない人に分断してしまう危険性があります。
STEM教育と女子
第4章の『フェムテックは「科学技術への市民参加」のきっかけになりうるか? 』(標葉靖子)では、科学コミュニケーションを専門に研究・実践されている標葉氏が、女子大学でフェムテックをテーマに授業を行なったエピソードが紹介されています。
STEM領域(Science:科学、Technology:テクノロジー、Engineering:工学、Mathematics:数学、の頭文字)は女子学生の参加が低いことが課題となっています。
その理由にはSTEMは男性が向いている・活躍する分野というステレオタイプや女子学生が関心を持つための接点の少なさなどさまざまな要因があることを、本書では指摘しています。
この章では、普段はSTEMに関心の高くない女子学生たちが、「フェムテック・プロダクトを日本のマーケットに進出させるにはどうすればいいか?」というテーマで活発に議論していることが伝えられています。女子学生たちにとって身近な女性の健康課題は「当事者」として関心度が高いことがわかります。
STEM教育分野で女性の進学率が低いことは、女性不在のまま科学技術が進展する問題につながる危うさがあると私は考えます。フェムテックが若年層の女性に広まることは「科学技術と社会」の関心を持ちやすくする媒介になり得るかもしれません。
STEMとフェムテックは相性が良い一方で、フェムテックを謳う製品・サービスの中には擬似科学的なものや、本来「フェムケア」に分類されたほうが良いサプリメントや健康食品など「テック」を含まないものが紛れているのが現状です。
ジェンダード・イノベーションやSTEM教育の入口としてフェムテックを広めていくためには、フェムテック製品やサービスが、客観的根拠(エビデンス)に基づいて作られる必要性を私は感じました。
女性の規範強化への警戒心
フェムテックは、Female(女性)とTechnology(テクノロジー)をかけあわせた造語で、女性の健康課題を解決するものです。
しかし第5章『「わかりやすい」フェムテックが抱える落とし穴』(隠岐さや香)では、「女性」のためのものだと強調しすぎると、かえって女性に「らしさ」を押し付ける規範強化につながるのではという問題提起がされています。
本書の著者たちによるディスカッションの部分でも、隠岐氏はテクノロジー分野でジェンダーの多様性を叶えていくためには男性偏重のイノベーション分野に風穴を開けるフェムテックは過渡期にあり、今後マスキュリンテック、ノンバイナリーテック、シスジェンダーテック、トランスジェンダーテックなどを考える必要性があると語っています。
本書は「科学技術」「女性」「イノベーション」の観点でさまざまな示唆が得られる内容です。
社会実装されつつあるフェムテックやジェンダード・イノベーションの勢いと熱量を絶やさぬよう、クリティカルシンキング(批判的思考)をおそれず、より良い未来のために考え続けるためのヒントになります。
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