Ba-Vulva(ばあばるば)は、外陰部の構造を楽しく正しく理解し対話するためのパペットとしてランドリーボックスが制作しました。

情報を知るだけでなく、対話をすることで、大切な人たちと健やかな日々を過ごしてほしいという想いがあり、セクシュアルウェルネス、ウェルビーイングな社会に寄与したいと思っています。

<Ba-Vulva Friend>と題して国内外で国内外のセクソロジストや性教育関係者など、セクシュアルウェルネス業界で活躍する方々にインタビューをしていきます。

今回は一般社団法人“人間と性”教育研究協議会(性教協)の代表幹事で、『季刊セクシュアリティ』編集長の水野哲夫さん。水野さんは高校の教師から、性教育者となり、長年性教育に関わってきた方です。

日本における性教育の歴史から、性教協の活動、性教育者になるまでの歩み、昨今ニュースになっている性暴力被害に対する見解について、前後編でお届けします。

“闇の女”を一掃する? 戦後の「純潔教育」とは

—— 水野先生は、性教育に長年携わっておられます。日本の性教育はどのように始まり、時代とともにどのような変化をしているのでしょうか?

水野先生:日本では戦後、文部省が「純潔教育」というものを始めました。純潔教育の目的は“闇の女”を一掃すること。「闇の女」という言葉が政府の公文書に出てくるんですよ。(闇の女=公認されていない性売女性=私娼を指す)

この頃、青少年の風紀紊乱(ふうきびんらん)が社会問題になりました。特に都市部では、私的性売女性を取り締まることが、対策の上位に挙げられます。

当時は「性教育」という言葉はありませんでした。政府はアメリカ占領軍による性暴力やその他の影響を非常に恐れていました。その対策として始まった純潔教育は、若者全てを対象にしていたんですが、途中からは、実質女子だけを対象にした教育になっています。

「男子は学ばなくてもいい」、つまり男に貞操観念は必要ない。男性の性欲は攻撃的で奔放でも致し方ないから、女性側が貞操を守るように。これは明確なジェンダー差別です。女性は決して2人以上の男性と関係を持たないことが国民的常識であったといってもいい。だから問題とはされなかったんだと思います。

—— 純潔教育は、具体的にはどのような内容だったのでしょうか。

純潔教育の中心は、女子に対する月経教育と妊娠・出産の教育、そして性感染症。結婚前の性交渉は良くないという教えです。性感染症については男子にも「怖いもの」だと教えられていました。これが日本における性教育の始まりです。女性だけが道徳的に縛られていたと考えられます。

1970年代に入ると、アメリカは、性情報・教育協議会(SIECUS)が主導して包括的性教育を進めました。セクシュアリティというのは非常に広い概念ですが、これが日本にも共有され「sexuality education」は「性教育」と訳され、文部省も「純潔教育」から「性教育」に言葉を転換していきました。

—— 性教育という言葉はそこから始まったんですね。

そうですね。アメリカの知見が入ってきてから、もっと幅広い性についての学びが必要なのではないかという世論が高まっていきました。

1999年に文部省が出した『学校における性教育の考え方、進め方』という本があります。その後、文部省(現在の文科省)はなぜか性教育という言葉を使わなくなり、性教育には非常に消極的になりました。

1999年を最後に、文科省は性をどう捉えるかということについても考え方を明らかにしていません。この頃からの「性教育バッシング」が大きく影響していると考えられます。

自民党の中心部分には、文科省が性教育を広めて、日本社会を混乱に陥れるつもりなのかという強い反対派があらわれました。それで文科省にとって「性教育」は使いたくない言葉になってしまったんですね。

一方で2021年には、文科省は内閣府と連携し、有識者の意見も踏まえた教育プログラム「生命(いのち)の安全教育」を公開します。

生命の安全教育教材(小学校、高学年向け)

世論が変わることで、歴史はジグザグに進んでいく

水野さん:性暴力被害をなくす目的でつくられた「生命(いのち)の安全教育」は大きな意味があるとは言えますが、性暴力から身を守る、被害をなくすことが目的の手引きであるにもかかわらず、それがわかりにくいネーミングです。この名前で、性暴力防止の教育だと思える人はどれだけいるでしょうか。

—— 中身を想起しづらいかもしれません。

そうですよね。実際に、教育現場だと「防災」か何かの手引きだと思われてしまうんです。この名前をつけたのは上川陽子さん(元法務大臣)です。

この方は性暴力をなくすための取り組みへの理解もあるし、意欲も、見識もある。そして政治家としても十分功績のある方だと思います。

文科省のプログラムに法務大臣がなぜこの名前をつけたのか不思議に思って、とある国会議員の方に尋ねたんです。なぜ「性の安全、性暴力から身を守る」のように分かりやすい名前にしなかったのかと。すると「性教育を連想させるような命名だと、いらぬ議論を引き起こす恐れがあるからだ」というんです。

つまり自民党の保守派への忖度です。この「生命(いのち)の安全教育」プログラムは、モデル教材などが完成して公開されていますが、文科省からはこれ以上、積極的に広める意欲というものが感じられません。

—— その現実について水野さんはどう思われますか?

行政を担当する政府が変わらない限り、本当の変化はないだろうと思います。そうは言っても、刑法の110年ぶりの改正も実現したし、「生命(いのち)の安全教育」もつくられたわけですよね。歴史というのはジグザグに進むので、ゆっくりでも世論が反映されていくと思います。

かつては性暴力は「被害者に落ち度がある」などとも言われていましたが、普通に考えて「同意なき行為は性暴力である」と人々の認識も変わっていきました。

議論にあがることで徐々に国民のリテラシー水準も上がっていく。政治において世論はボディーブローみたいに効いていくんです。

—— 声をあげることは大切ですね。「生命(いのち)の安全教育」は学校などで活用されているのでしょうか

全国で見ると濃淡があります。これは子どもたちに考える機会をつくってもらうチャンスであるはずなんですが、届いていないところには届いていない。性的同意の問題もすごく大事なので、全くやらないよりは100倍も1000倍もいいんですけどね。

—— “人間と性”教育研究協議会(性教協)では、学校の教員を始め性教育に携わる方に、包括的性教育を進める活動をされていますよね。「生命(いのち)の安全教育」をさらにアップデートしようという動きはあるんですか?

性教協では、「生命(いのち)の安全教育」を「からだの権利教育」に進展させるプロジェクトを進めています。

協議会で議論を重ねて、子どもたちに2時間、あるいは3時間の授業内容をどのように展開していくか、それぞれのスライド教材や授業案を作成しています。また、本も出版する予定です。

—— 今ある教材にプラスして補助的な教材という形で先生たちに使っていただくようなイメージですか?

はい。さらには、教員や学校側が加除修正を自由にできるようにしようと思っています。ですから私たちがつくるものと、文科省のものを組み合わせて、学校や先生方個人の方針に沿って自由に構成してもらえたらと思っています。

—— いいですね。性教育に熱意のある先生がどれだけ増えてくれるのかが大きいですね。

性教育が学校で冷遇されている本当の理由

—— 文科省は学校向けに何か働きかけをしているのでしょうか。

文科省が昨年、全国規模の研修会を実施しましたが、規模も大きくないですし、やっぱり都道府県単位で教育委員会が主導してやっていかないと変わらない。というのも、文科省は性教育の実施状況をちゃんと調査してないんです。

文科省に尋ねると、都道府県教委にお尋ねいただけますか、都道府県教委に尋ねると市町村教育委員会にお尋ねいただけますか、と返ってくる。

—— 学校単位で確認するしか状況を把握できないんですね。

性教協の会員である養護教諭が、校長先生に「うちの学校も生命(いのち)の安全教育をやらなきゃいけませんね」と言ったら、校長は「防災教室でしょ。それならやってますよ」と。

まだまだ道は遠いです。2025年度は全国の公立学校(小中高、大学)と幼児教育の分野でも1-2回は実施するようにお達しがあるものの強制力はありません。

年間でもせいぜい1回、外部講師にきてもらって子どもたちにスライドやアニメーションを1時間だけ見せたりするだけの学校が多いですね。

—— 小学校の理科では「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」、中学校の保健体育では「妊娠の過程は取り扱わないものとする」といった「はどめ規定」と呼ばれるものがあります。

文科省は、「はどめ規定は禁止ではない」と何度も言ってるんです。学校長が必要だと認めれば性交渉を教えることも問題ないんです。ただ、そのことを文科省は積極的には広報をしていない。教員も性交渉は小中では扱えないと思い込んでる人たちが多いと思います。

文科省にいろいろ問い合わせてみても、はどめ規定の根拠を明示できない現状はおかしい。おそらく中教審の議論の中で、誰かが「性交を小中学校で教えるのは問題だよね」といった発言をして、それを文科省の役人が「妊娠、受精に至る過程は扱わないものとする」と書き留めた。あるいは文科省の官僚が書き入れた、その程度の話だと思うんです。

性教育は非常に冷遇されていると感じます。

—— 性教育が冷遇されている理由について、学校は保護者からのクレーム(批判的な意見)を恐れているからなのでしょうか。

それもあるかもしれません。性交などを教えて、生徒から何か質問をされたとき、どう答えたらいいわからない。もし何か踏み外す発言をしてしまえば処分されるかもしれない。そんな不安が教員たちにもあるんですよね。教員の知識が、子どもにきちんと教えてあげられる水準に達していないということです。

—— 例えば、保護者側から「包括的な性教育が必要だ」という声が多くなれば学校側の対応も変わるのでしょうか。

PTAの方針や、その学校の管理職の考え方によるところが大きいです。でも1番は、そもそも性に関する指導をやる気がない教員が多い。

性の安全の確保はとても大切であるにもかかわらず、誤った情報が溢れている世界で子どもたちは育っていく。良くないですよね。「地球は平らだ」ってずっと教えられているようなものです。

無知であることは、自分にとっても相手にとっても、傷つけたり傷つけられたり、間違いが起きてしまう原因になります。さまざまな性暴力被害にまつわるニュースがありますが、きちんと正しい教えを受けていれば、少し賢い行動ができるはずだと思うんです。

—— 現状の性教育に、特に何が足りていないと感じますか。

常々考えるのですが、やはり子どもに教える立場の教員が性について無知すぎる。一般教員から管理職まで、みんなが性について無知であるがゆえ、そもそも性を学ぶべきだという話が通らないんです。

個人差もありますが残念ながら、性は人前で話せないこと、ダメなこと、やばいこと、エロいことだと思っている教員はまだまだ多いです。日本ではまず大人の認識が変わらなければなりません。

性教育においては、教師としての経験のある年長者が知恵があるとはとても言えない状態です。しっかりした性教育を受けた子どもたちの方がよっぽどまともな認識を持っていて、大人はそれ以下。これが今の日本社会です。

性教協では教員の方が学べる場を提供していますが、それでも会員はまだ1000人くらい。もっと性の学びに触れてくれる人が増えればいいなと思います。

—— 学びたいという意欲があって性教協に参加されている教員の方たちには、どういったお悩みの声がありますか?

学校の先生だけではなく、例えば特別支援学校の教職員や性教育の出前授業をされている助産師さんなどにも参加していただいています。

みなさんからは、生徒の現状を見て心を痛めているけど何もできないという声が聞かれます。生徒の人権をめぐる環境に対して、自分は何かをしてあげたいんだけど何ができるのだろうと悩んでおられます。

もっと子どもたちの心に届く、現実と関わり合える性教育をしたいということで参加される方が多いです。

包括的性教育、基本の8項目

—— 性教協では、包括的性教育をどのように定義してお伝えしていますか?

参考にしているのは『改訂版 国際セクシュアリティ教育ガイダンス』です。『ガイダンス』では、包括的性教育を次のように定義しています。

(ア)人権と多様性とジェンダー平等の上に立ち
(イ)「心構え」や「脅し」ではなく、科学的に正確に
(ウ) 年齢や成長・発達段階に即して
(エ)幅広い内容を
(オ) 単発のイベントではなくカリキュラムとして編成し
(カ)学習者に変化をもたらし
(キ)健康的で幸せにつながる選択のための力を発達させる

そのような性教育ということになります。

その中でも大事な点が、人権と多様性とジェンダー平等に立脚しているということです。

—— 包括的性教育に対しては、SNSなどを通じて批判的な声も見聞きします。

包括的性教育に反対派の意見として、大きく3つあります。1つは「性の快楽性を教えている」という点。2つ目が「性の多様性を教えている」、3つ目が「社会変革をそそのかしている」といった声です。

性の快楽が許せないと考える人もいるんですよね。でも性って悪じゃない。人間にとって心地良いものであるというのは脳の仕組みとして存在していますし、だからこそ人類が続いているわけです。

2つ目の「性の多様性を教える」ことが悪だと思う方は「学校でそういうことを教えるから自分はトランスジェンダーなんだと思い込む子どもがいる」と主張します。学校で習わなくても、昔からトランスジェンダーはいますし、そんなことはないと思います。

—— 自分だけがおかしいのかと苦しんでいた方たちが、多様な性の概念を知ってどれだけ救われたか。でも、それ自体を理解できない人もいるんですね。

そうですね。3つ目の「社会変革をそそのかしている」といった声も、昔から保守派の人たちから聞かれる声ですね。これら3つは、日本が特別そうなのではなく、全世界的に共通している反対派の意見です。

実は、英語のガイダンスを日本語訳してネットに最初に情報をあげたのは、実はアンチ性教育の団体でした。ユネスコとWHOがこんなひどいものをつくったと。

でも包括的性教育自体がまだそこまで認知されていない日本では、アンチの声はその10分の1もないくらいなので、一見派手そうでも実際はそれほどのものではないんです。SNSやインターネットの情報は、本当に人を惑わせますよね。

 *

「性教育は人権を学ぶこと」『季刊セクシュアリティ』編集長の水野哲夫さんインタビュー【後編】はこちらから

本記事はランドリーボックスが制作している性教育パペット「Ba-Vulva(ばあばるば)」の公式サイトの記事を一部編集の上、転載しています。

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