保険会社のCMなどでよく耳にする「2人に1人はがんになる時代」という言葉。国立がん研究センターが発表した2017年データに基づく「がんに罹患する確率~累積罹患リスク(5)」でも、生涯でがんに罹患する確率は男性65.5%、女性50.2%との統計結果があります。「がん」は身近な病気といえます。

しかし、これだけ多くの人が「がん」という病気と向きあう可能性があるにもかかわらず、当事者の暮らしを支えるもの、特に女性の「美しくありたい想い」に寄り添う商品はまだ少ない実情があります。

そんな中、ポーラ・オルビスグループから2020年5月に設立された株式会社encyclo(エンサイクロ)は、病気を経験した人に向けたビューティー事業を展開。12月には脚のリンパ浮腫を抱える方のための医療用弾性ストッキング「MAEÉ(マエエ)」を発売しました。

encyclo設立の経緯やリンパ浮腫向け医療用ストッキングについてencyclo代表の水田悠子さんに聞きました。

ミッションはがんサバイバーの「美しくありたい想い」を解放する

「すべての人の、美しくありたい想いを解放する。」をミッションに掲げる同社は、がん闘病経験がある水田さん、がん患者の支援活動をしてきた齋藤明子さんが創業。これまで見落とされがちだった、病気と向きあう方の「美しくありたい」という想いに寄り添い、医療と、美容の橋渡しをする商品開発を展開していくそうです。

第1弾はリンパ浮腫向け医療用ストッキング「MAEÉ」

リンパ浮腫とは、がんの手術や治療の影響でリンパ液の流れが悪くなりむくんでしまう症状のことで、一度発症すると完治が難しいことが特徴にあげられます。患者数は推計で約15万人。おもに婦人科系がんや乳がんの後遺症として発症するため、罹患者の約9割が女性といわれています。

治療には弾性ストッキングによる圧迫が欠かせないため、外出時も含めて常時身につけなくてはならないことが多いそう。「医療用弾性ストッキングが原因でおしゃれをあきらめている」という声を受け、医療機器として高い機能と品質を保ちながら、美しさもあきらめない弾性ストッキング「MAEÉ」が開発されました。

写真提供=encyclo

MAEÉは、「機能性」「美しさ」「当事者目線」を軸にしているといいます。当事者である代表が、多くの患者の声を聞き、「縫い目がおなかの手術跡にあたる」「室内で履いているときにフローリングで滑ってしまう」など弾性ストッキングに感じていた不快感や不便さを解決する工夫を盛り込んでいます。

写真提供=encyclo

リンパ浮腫は脚だけではなく、腹部や鼠径部(脚のつけね)に症状が出る方もいます。着圧機能が高いストッキングはこうした部分に食い込むことも。脚のつけねを避けたV字型の切り替えや、おなかの部分も負担の少ない着圧効果をもたせています。

命が助かっただけでも…美容も生活も我慢してしまう闘病経験者に向けて

写真提供=encyclo

ーー病気を経験した人向けのビューティー事業をはじめたきっかけを教えてください。

きっかけは8年前、私が29歳の時に子宮頸がんを発症し、その後リンパ浮腫という生涯続く後遺症に悩むようになったことです。リンパ浮腫の治療には弾性ストッキングでの圧迫が欠かせず、外出時も含め一生身につけなくてはならないと分かったときはとてもショックでした。

私は化粧品会社で商品企画をしていたのですが、リンパ浮腫を抱えるようになって初めて、それまで世の中に提案してきたビューティーが、無意識のうちに健康な方だけに向けたものであったと気づきました。

おしゃれや美容は、自分に自信をもったり、自分らしくいられるパワーをくれる、生きるために必要不可欠なものと考えています。助かった命やこれからの人生は、自分の気づきを活かして、なるべく多くの方が、自分らしく生きられるために使いたいと思うようになりました。

左から株式会社encyclo共同創業者/取締役:齋藤明子さん、代表取締役社長:水田悠子さん、写真提供=encyclo

その頃に、社内の先輩でがんと就労の両立支援制度を猛スピードで立ち上げていた齋藤と話す機会がありました。齋藤も同じく、病気をした後のQOL向上に課題を感じていたため、意気投合し、ポーラ・オルビスの社内ベンチャー制度にふたりで応募。半年間ほど試行錯誤しながらようやく経営承認を受けることができ、事業化のチャンスをいただきました。

ーープロジェクト第1弾「リンパ浮腫向け医療用ストッキング」。なぜ、リンパ浮腫を抱える方が持つ課題に着目したのでしょうか。

私自身がリンパ浮腫の当事者で色々なことに困っていました。事業化が決まり、調べていくうちに、多くの人がいつ発症するか分からず常に不安を抱えていること、「命が助かっただけでも」とビューティーをはじめとして生活上の不便を我慢しがちなこと、生活を快適にする工夫や情報を得るのが難しいといった課題があるとわかりました。

私たちは、まだ叶えられていない美しくありたい思いを「アンメット ビューティー ニーズ」と名付け、これを発掘・解決していくことで、誰もがビューティーを楽しめる世界を実現しようとしています。

「アンメット ビューティー ニーズ」の解決には当事者の声が欠かせないので、同じ悩みをもつ周囲の友人など、声を寄せてくれる多くの当事者とコンタクトできる「下肢リンパ浮腫」の領域から事業を始めていくことにしました。

ーー従来の弾性ストッキングとMAEÉとの違いを教えてください。

リンパ浮腫を抱える私たちにとって、治療や悪化予防のために弾性ストッキングは必要不可欠です。医療用品であるため、まずは何といっても機能性(浮腫みを抑える圧迫力など)が大切。ですが、MAEÉが着目したのは機能性と同時に、デザイン性や脚を美しく魅せることとの両立です。毎日身に着けるものであるからには、使っていて嬉しい、気分が上がる、ファッションとの相性がいいなど、ビューティー要素も叶えたいと思いました。

当事者や医療従事者、のべ100名ほどの方から協力を得て、履く人、診る人、創る人、それぞれの知見と知恵を重ねて完成させました。

ーー「MAEÉ」の開発において、難しいと感じた点はありましたか。

リンパ浮腫は、症状の重さも、症状が出る部位やサイズも、一人ひとり異なります。小さなブランドの最初の商品ですべての思いを叶えることは不可能ですが、圧迫力は? つま先の型は? サイズ展開は? など、どのように設計すれば、ひとりでも多くの方に役立つものになるのか、選択と判断が難しかったです。

ーー今後の展開について教えてください。

これまでのヒアリングでは、下着、靴、ボディ用コスメなど、多様なニーズが見えてきました。医療用ストッキングのみならず、リンパ浮腫の方が心地よく美しく楽しく過ごせるための商品をラインナップしていきたいと考えています。

そのため、より多くの当事者や、医療従事者の意見を集め、それを実現する製造業者さんとともにモノづくりを進める体制を強化していきたいと考えています。リンパ浮腫をテーマにこの体制を確立し、さらに将来的には、ほかの「アンメット ビューティーニーズ」の実現にも着手していきたいです。

ーー商品を通じて、当事者以外の方にもメッセージが届くといいですよね。

病気や後遺症に限らず、生きていると一人ひとりにさまざまな事情や困りごとがあって、誰もがそれを何とかやりくりしながら、自分らしく生きられるように模索しているのだと思います。

MAEÉはリンパ浮腫という限られた方に向けたブランドのようですが、その根底には、さまざまな事情をもつ人々がお互いを知り、理解しあうことで、誰もがビューティーを楽しめるようになってほしいという想いがあります。ひとりでも多くの方にリンパ浮腫について知ってもらえたら、とてもうれしいです。

リンパ浮腫の大きな悩みのひとつに「リンパ浮腫」が知られていないために、周囲の人に理解してもらいづらいというものがあるといいます。

夏でも厚いタイツを履く、 負担軽減のためデスクワークの時に靴を脱いで台に脚をあげる。こうした行為は、リンパ浮腫のケアのために必要なことであるにもかかわらず、周囲の目が気になってしまい、思うようにケアできないこともあるそうです。。

経験していないことを想像し、問題を解決することは難しいことです。また、当事者になっても「こういうものだから仕方がない」と思えば、悩みを我慢することが当たり前になってしまうのかもしれません。

まだまだ理解を得られていない中で、苦労をされている闘病中の方のため、1つずつ課題を解決していこうと立ち上がった彼女たちの思いに深く共感しました。

私たちができることは、まずは知ること。そして、もしもリンパ浮腫で困っている方が周りにいたら、課題解決のために活動している人たちの取り組みを教えてあげてください。それが私たちにできる小さなアクションの1歩になるのではないでしょうか。

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