性教育パペット「ばあばるば」では、<Ba-Vulva Friend>と題して、国内外の性教育やセクシュアルヘルスにまつわる活動をされている方にインタビューをしています。

今回取り上げるのは、2024年4月に中学校向けに発刊された、包括的性教育の副教材『コロカラBOOK』です。

小中学生向けの副教材を長年作り続けてきた正進社が、教科の枠を超え、2年以上をかけて作り上げたこの教材。

編集を担当した長谷川さんと福原さんに、経緯や制作を通じて見えてきた性教育の課題を聞きました。

コロカラBOOK、誕生までの道のり

―― コロカラBOOKを制作することになった経緯を教えてください。

福原:我々は副教材の会社で、ワークブックやドリル、資料集など、教科書とは別に学校で使う教材を作っています。

4、5年に1度の教科書の改訂に合わせて教材を作り替えるのが定期的にやってくる大きな仕事ですが、その合間の2022年頃に、社内の比較的若手のメンバーが集まり「中学生に今本当に必要な学びはなにか」を話し合う機会がありました。

それぞれ、国語、英語、数学、音楽、美術、家庭科と担当教科も異なるメンバーですが、話し合いの中で「性教育」というテーマが出ました。

私自身、当時は「包括的性教育」という言葉も知りませんでした。でも、様々な本を読み勉強すると、ジェンダーや性のあり方をはじめ、根底にある人権の考え方も、今、みんなが大事に思っていることがすごく詰まったテーマだとわかってきました。

しかし、学校では性教育が進んでいない実態もある。

だからこそ、自分たちが取り組むテーマとしていいのではないかと企画が始まりました。

―― 副教材は基本的には教科書準拠で作られていますが、性教育に関しては教科書準拠ではない要素もある。教科書準拠ではない教材を出す上での難しさはありましたか?

福原:たしかに難しさもありましたが、弊社は準拠本だけでなく、どの教科書にも準拠しない、いわゆる標準版教材を作ることもありますし、新しい分野に取り組むことに前向きな考えがあります。

なので、包括的性教育とは何かを説明しながら、「多くの先生方が必要性を感じていること」「副教材があればそのニーズに応えられる可能性があること」などを少しずつ会社に伝えることで、発刊できることになりました。

長谷川:2024年4月に発刊しましたが、完成までは性教育についての調査研究も含めると2年以上ですね。

指導要領や教科書といった既存の枠組みがないので、どのような内容を取り上げるかというところから、国内外の書籍を読んだり専門家の方々にご相談したりしながら、一つひとつ検討していきました。

現場の先生たちと向き合って見えてきたこと

―― 性教育について調査したり学んだりする中で気づいたことはありますか?

長谷川:一番の課題は、学校の先生がどのように教えるかというところでした。最初に小学6年生の性教育授業を聞きに行きましたが、その先生は素晴らしい授業をされていました。

先生が黒板で説明する時間は少なく、生徒から出たいろんな発言を否定せず、まとめすぎず、うまく拾い上げることで、みんなの共通認識が少しずつ育まれるような授業でした。

このような指導は長年の積み重ねがあってこそだなと。

包括的性教育は重要ですが、多くの先生方が自身も十分な性教育を受けてきていないのが実情です。そのギャップをどう埋めるのかで頭を悩ませました。

―― 性教育は外部講師を招くこともありますが、生徒たちと関係構築をしている先生も授業ができるようになるといいですね。先生への調査では、どのような声が?

長谷川:性をめぐる問題に課題意識は感じていて、学校での授業や対応方法も考えなければと思っているものの、事後対応になってしまっているという声がよくありました。

―― 性教育でいうと「歯止め規定」も課題とされています。先生からはそのようなお話はありましたか?

福原:少なくとも私たちが接した先生においては「歯止めがあるからできない」と意識されている方はいませんでした。

それよりも、先生は目の前で起きている問題の対処をしているけれど、その課題が実は包括的性教育と繋がっていると認識されていないというのが現状だと感じました。

例えば、「スラックスを選ぶ女子が増えています」という話が先生から出てきますが、その背景にはジェンダーをめぐる課題があります。

ですが、「うちはスラックスを選べるようにしているので大丈夫です」で終わってしまい、ジェンダーにまつわる話をあえて学校で教えることはしない場合もあります。

性と密接に関わる課題はあるけれど、そのことと、包括的性教育をすることの意義が結びついていないことに歯がゆさを感じます。

特別な誰かの話ではないこと

―― コロカラBOOKは、ユネスコの国際セクシュアリティ教育ガイダンスを参考にされたとのこと。日本の状況を反映する中で気をつけたことはありますか?

長谷川:大きなところでは、国際セクシュアリティ教育ガイダンスと日本の「歯止め規定」とのずれをどう考えるか、というのが一つの悩みどころでした。

具体的には「性交」という言葉をどう扱うかです。きちんと伝える必要はある一方で、それを必ず授業で取り上げなくてはならないとなっていると、かえって『コロカラBOOK』を使いにくくなってしまう。

そのことで、ほかのさまざまな知識が子どもたちに届かなくなってしまうのは本望ではないので、コロカラBOOKは二部構成にしています。

前半が授業で扱うパートですが、「性交」という言葉はここには入れず、より多くの先生が安心して授業で使えるようにしました。

後半は生徒が知りたいことを自分で学べるパートになっています。性交についての記述やコンドームの具体的な使い方は、こちらに入れています。

「この本の使い方」(『コロカラBOOK』p. 002-003 正進社)

福原:ユネスコのガイダンスは目指しているレベルが非常に高いですよね。あるテーマにおける議論や交渉など、大人でもなかなかできないことが求められていたりします。

日本では、その基礎スキルや知識を獲得する機会が十分ではないことを踏まえ、入門編というレベル設定にしています。

―― たしかに人権や権利の議論は大人でも難しいですよね。コロカラBOOKは、読み手が自分ごと化しやすい工夫がされているように感じました。

福原:そうですね。たとえば性の多様性に関する学びでは、「特別な誰かの話」として扱うのではなく「自分を含むみんなの話」として扱うことが大切だと考えています。

だから、LGBTQ+について取り上げる前に、SOGIEという考え方を紹介するという構成にしています。

性の多様性についての話題にかぎらず、特別な誰かの話ではない形で届けようという意識は常にありました。

受けてきた性教育は、まったく違った

―― お二人自身はどのような性教育を受けてきましたか?

福原:私は今32歳で、覚えているのは中学校のときの性教育です。保健の時間に、男女別で教室に分かれて授業を受けました。

教室に入ってきた体育の先生が開口一番に「マスターベーションしてる人?」って聞いてきました(苦笑)

今思えば、語りにくいテーマをどう生徒に届けようかと考えた結果、わいわい系に持っていくという判断をしたんでしょうし、先生自身も真面目に語るのが恥ずかしかったのかなと思います。

そのテンションについていけないクラスメイトは絶対にいたはずで、でもついていかないとノリが悪いやつみたいに見なされる空気感がありました。

そういう環境で性の学びに触れたことは、その後の性との関わり方に大きく影響することだと思います。

先生が性教育を教える術を持っていなかったんですよね。

長谷川:私は今36歳で、私立の学校に幼稚園から高校まで通っていたので少し特殊かもしれません。

中学3年生のとき、性教育にかなりの時間が割かれていました。生徒がそれぞれテーマを選んで調べ、自分たちで授業をする形式でした。

私は「着床」について調べたので、当時のクラスでは私がいちばん着床について詳しかったのではないかと思います(笑)

あとは高校のとき、総合の時間に男性の先生が話してくれたことが、ずっと心に残っています。

「自分は結婚しているけれど、子どもは?と聞かれることがとても苦痛だ」という話をされていたんです。

当時は意味がよくわかっていなかったけれど、とても大事な話をしてくれていると感じていました。今思えば、プライベートな領域に踏み込む発言をすることへの問題意識の種をもらっていたんだと思います。

―― 同年代ではあるものの、お二人が受けた性教育がまったく違いますね。

福原:そうなんです。違う環境を経験しているのはよかったですよね。

たとえば、「自分だったらどうするか」を考えるコーナーについて話し合っているとき、自分の感覚からすると中学生にはハードルが高いんじゃないかと思った課題でも、長谷川さんの経験からすると「いや、きっとできるんじゃない」みたいなこともありました。

両方の感覚があったので、バランスが取れていたと思います。

―― いいチームですね。お二人からみて、日本の性教育の状況はどのようにご覧になっていますか?

長谷川:学校という文脈で言うと、教えられる先生がなかなかいない、というのがやはり大きな課題です。

外部講師による授業などスポット的な取り組みはありますが、性教育は、クラスや学校単位でみんなが一緒に授業を受けて、共通理解が形成されることで、安心できて過ごしやすい学校づくりにつながる効果があると思います。

そのような性教育の実践がもっと広がっていくといいなと思っています。

福原:他の教科の副教材のように各社から性教育の副教材が出て、動画がいいよね、イラストはこっちがいいよねと選べる状態になったら、包括的性教育がもっと実践しやすくなるんじゃないかと思います。

今は副教材会社で包括的性教育の教材を出しているのは弊社だけです。他社から出版されてそちらが採用されたとしても、選択肢が増えるのであれば、子どもたちにとってはそのほうがよい環境だと思います。

―― 先生が自ら使いやすい性教育の教材を選ぶ環境、いいですね…!

長谷川:あと、学校で包括的性教育が進みづらい背景として、保護者の方からネガティブな反応があるのではと不安を抱かれるケースもあります。

ただ実際に話をお聞きすると、性教育に否定的な保護者はすごく限られています。一方で、心配になる気持ちもわかりますし、生徒の「今日はこの授業を受けたくない」という気持ちも尊重されるべきだと思います。

その上で、心配のあまり授業ができないというのは知識を得るチャンスが失われていることになるなと感じています。

学校で包括的性教育の授業がされると聞いたとき、子どもに対してどんな伝え方がされるのか心配される方がいるのは自然なことだと思います。知識と権利ベースの内容なんだということが保護者にも伝われば安心につながるのではないかと思っています。

―― たしかに人権や権利の話だということが伝わりきっていないというのもありますよね。一方で「人権」とだけ聞くと難しく感じてしまったり。今後の展開として考えていることはありますか?

長谷川:日本の学校に通う、外国につながる子どもたち向けのサポートブックみたいなものを考えています。

どこから来た、どんな子どもたちであっても学ぶ権利があります。学校で心地よく暮らす権利があるということを、本人にはもちろん、クラスのみんなや先生にも伝えられたらと思っています。

『コロカラBOOK』の内容の充実や、普及活動も継続しながら、色々なアプローチをしていきたいです。

体の構造を知ることと、ばあばるばへのメッセージ

―― わたしたちは、体の構造を正しく楽しく理解できたらと性教育パペット「ばあばるば」を制作しています。コロカラBOOKでも構造を理解するページがありますが、性器の名称やイラストで気をつけた点はありますか?

長谷川:どこまでどの言葉を取り上げるかは著者である専門家の先生たちと相談しながら決めていきました。あとイラストのタッチをどんな感じにするかは編集部内で話し合いました。

―― 現在、「ばあばるば」では女性器の名称について調査をしています。小学校低学年くらいまでは、性器を愛称で呼ぶ方も多いと思います。

男性器は「おちんちん」がありますが、女性器は「おまた」と性別関係ない包括的な言葉になっています。コロカラBOOKでは、医学名称で記載されているのでしょうか?

長谷川:体の構造については、医師で、性教育ユニットとしても活動されているアクロストンさんにお力添えいただいていますが、幼少期はご家庭で呼びやすい名前でと伝えられているそうです。

ただ、今回の教材に関しては、男女ともに「外性器」と記載して、大陰唇などそれぞれの構造と名称を記載しています。

―― 一般的な教科書より踏み込んだ記述やイラストになっています。表現方法や項目について議論されたのでしょうか?

長谷川:そうですね。でも、たとえばクリトリスを載せないとかいう選択肢はなかったですね。ただ、大人も子どもも生々しすぎると見るのも辛いという方もいらっしゃるので、正確であることと同時に、忌避感を抱きづらいタッチになるように心がけていました。

―― 「ばあばるば」のような構造を理解するパペットはどのような時に活用できそうでしょうか?

長谷川:初めて自分の性器を鏡でちゃんと見たときに、こんなに複雑な作りなのかとびっくりしたことを思い出しました。

中学生の頃は自分の体のつくりをよく知らず、タンポンの入れ方に迷ったこともあったので、こういうもので事前にイメージができていたらよかったなと思いました。

あとは、立体的に、抵抗感なく触れる形で知れるのがすごくいいなと思います。

福原:今は、この取材の文脈なので、普通に触れますけど、別の場所だったらこれを手に取って触ることに抵抗があるかもしれないと感じました。

つまり、それくらい、抽象的に「触れてはいけない」と思っている領域なんだなと。

ばあばるばを通して、そこに出会い直せる感じがあるというか。まさにクッションみたいになってくれるものだと思いました。

特に性器については、必要以上に汚いものだと感じたり、その反対に過剰に神聖なもののように捉えたり、両極端なイメージで語られることも多いと感じています。

まずは自分の体をそのまま「体」として捉えていないと、本当に自分の体の声に耳を澄ますことなんてできないんじゃないかと思います。

まずは科学的に正確に理解しつつ、それを足がかりにして「自分の場合はこうなんだな」が次第にわかっていくんじゃないかと思っています。

なので、まずちゃんと知ることが大切だと思います。

長谷川:そうですね。私は最近排卵痛があるんですが、よくわからない不快な痛みは怖くても、ここに卵巣があって、いまこんな状態なんだなとか、名前や場所やしくみがわかっていたら同じ痛みでも捉え方が変わってくるんですよね。

―― 最後にコロカラBOOKを通じて、今の子どもたちに届けたいメッセージを聞かせてください。

長谷川:コロカラBOOKを使用した性教育の授業を受けた生徒たちのアンケートを読んでいると、「自分で選んでいいって知れてよかった」「自分の意見を持つのは悪いことじゃないってわかってよかった」という感想がよくあって。

自分で選んだり、意見を言ったりすることが良くないことだと思っている子が少なくないんだなと感じます。

コロカラBOOKを含め、日々の学びの中で「あなたはどう思いますか」と聞いてもらえる経験が積み重なり、「自分で選んでいい」ということを多くの子どもたちに知ってもらえたらいいなと思っています。

福原:「自分を大切にしていいんだよ」ということを感じてもらいたいです。「大切にした方がいい」でも「大切にしなさい」でもなく。

自分自身、大人になるまで自分をないがしろにすることの方が偉いと思っていたし、それが求められていると思っていました。

だから、中学生の段階で、自分を大事にすることを少しでも肯定的に捉えられたら、その先が変わってくるんじゃないかと思うんです。

―― 長谷川さん、福原さん、ありがとうございました!

受けてきた性教育は、人によってまったく異なります。それでも、対話を通じて学び合うことはできます。

先生も生徒も状況が違う中で、コロカラBOOKをはじめとした「伝える術」が少しずつ増えていくことで、その対話が開かれていくはずです。そしてそれが、子どもたちが自分を大切にしながら、健やかに過ごすことへとつながっていく。

ばあばるばも、そんな社会の一助になれるよう、これからも活動を続けていきます。

本記事はランドリーボックスが制作している性教育パペット「Ba-Vulva(ばあばるば)」の公式サイトの記事を一部編集の上、転載しています。

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