2021年2月10日、選択的卵子凍結保存サービス「Grace Bank(グレイスバンク)」を提供する株式会社グレイスグループが、オンラインにてカンファレンスを開催した。
同イベントでは、グレイスグループ代表取締役会長・勝見祐幸氏、代表取締役CEO・花田秀則氏、エグゼクティブ・メディカル・アドバイザーで杉山産婦人科理事長の杉山力一氏らが、サービスの設立意図や事業内容、不妊治療が抱える諸問題について解説した。
個人の意思で“選択”できる卵子凍結を目指す
卵子凍結とは、将来の妊娠・出産に備え、今の卵子を採取し凍結保存しておく技術のこと。年齢を重ねるごとに卵子は老化し妊孕力(にんようりょく:妊娠するために必要な能力)が低下するとされているが、現時点の卵子を確保することで、不妊治療時の年齢における妊娠率を高められるとして注目されている。
Grace Bankでは、提携クリニックで月経の1周期(約1カ月ほど)をかけて採取した卵子を凍結させた後、同社の保管庫に移送し、来るべき不妊治療のときまで保管と管理を担う。
Grace Bankは「選択的卵子凍結」サービスを通じて、年間出生数を100万人まで回復することを目指している。しかしその際、社会が女性に妊娠・出産を強制してはならず、あくまでも卵子凍結が個人の“選択”にもとづいたものであることを前提に「選択的卵子凍結」と命名したという。
インフラとして整備した卵子凍結サービスで、不妊治療をサポート
現在の不妊治療を取り巻く社会課題
近年急速に深刻化する日本の少子化問題。日本総合研究所によると、2021年の国内の年間出生数は80万人を割り込むと予測されている。
日本はこれまで社会制度や経済成長を人口と労働時間でカバーしてきた。このまま少子化が進めば、社会のあらゆるところで歪みが生まれることは避けられない。
その一方で日本は、年間約45万件の体外受精を行う「不妊治療大国」ともいわれている。
しかし、高齢になってから不妊治療に取り組むケースが多いことや、卵子提供が一般化されていないこと、一度に移植する胚の数が限られていること(日本では通常1個だがアメリカでは2~3個)などから、体外受精から生まれる子どもの数は、 米国がおよそ4回に1人に対し、日本は8〜9回に1人という成績の低い実態がある。
また、世界経済フォーラムによる「世界ジェンダー・ギャップ報告書2020」が発表した153カ国中123位という数字からも、日本は女性活躍推進で遅れをとっている現状がある。
こうした社会課題を踏まえ、花田CEOはサービス立ち上げの意図について、次のように説明する。
「子どもを産みたい、活躍したいと思う方々が多くいる一方で、キャリアとライフプランの両立ができない社会環境によって結果的に不妊に苦しんでいる方がたくさんいる。女性個人の責任に任せるのではなく、社会をあげて取り組まなければいけないと思い、卵子凍結のインフラとしての整備が必要だと考えた」
Grace Bankサービスの特長
1. 厳選したクリニックを提携ネットワーク化
Grace Bankは、利用者に採卵・凍結を行うクリニックを指定している。
不妊治療は健康保険適用外・自由診療という性質からか、価格や技術に明確な基準がなく、クリニックごとにバラつきがあるのが特徴だ。Grace Bankはこうした現状を考慮したうえで、技術的・倫理的に信頼できると判断したクリニックを選定・提案することで、利用者が安心して使えるサービスの確立を図る。
また、厳選クリニックはネットワーク化され、そのネットワーク内であれば他院でも凍結卵子を戻すことも可能。万が一、クリニックが廃業したり、利用者が転居した場合でも、採卵をやり直さずに若い卵子をそのまま不妊治療に使用できる体制を整えるとしている。
現時点での提携クリニックは東京を中心とした8クリニックで、数年以内には全国に拡大していく予定とのこと。
2. 安心・安全の輸送・保管体制
採卵した後の卵子については、資本業務提携を結ぶステムセル研究所が保管・管理を担う。
また、「独自のデジタル在庫管理システムを導入したことで、卵子へのヒートショックや取り違えのリスクを徹底排除する」と説明している。
3. 低価格な保管費用
卵子の保管費用は、10年間で60万円以上、ときには200万円以上かかるというのがこれまでの相場だった。しかしGrace Bankは、この保管費用をステムセル研究所との資本業務提携によって安心・安全を担保しながら大幅に抑えることに成功した。
採卵・凍結費用(医療行為)については利用者がクリニックに支払う形になるが、保管費用については卵子15個までであれば、初期費用10万円、年間3万円(いずれも税別)となる。
臨床の現場から見た、不妊治療の今
カンファレンスでは、事業内容だけでなく、臨床の現場からみた不妊治療の実情についても解説された。
エグゼクティブ・メディカル・アドバイザー兼、杉山産婦人科理事長の杉山氏は、不妊治療を行う当事者の悩みについて次のように話した。
「不妊治療の1番の悩みは、子どもが欲しいと思ったときには既に高齢で、体外受精を何回繰り返しても上手くいかないということ。『若いうちに卵子凍結をしておけばよかった』という方も少なくない」
女性の卵子は、年齢が上がるとともにその数は減っていき1年間では約1万個の卵子が減ると言われている。将来の不妊治療を進める材料として、自身の体内に残されている卵子の質や量を測定することができる血液検査「AMH検査」もあるが、受けられるクリニックは限られているのが現状。
杉山氏は、「不妊治療のクリニックは来院する際のハードルが高く、なかなか行きづらいという方もいると思う。妊活前から気軽に訪問しやすいクリニックになるよう病院側も努力していきたい」と語った。
若年がん患者に向けた卵子凍結支援も
また、Grace Bankは社会貢献事業として、AYA世代(15〜39歳)の若年がん患者を対象とした「医学的卵子凍結」のサポートにも取り組む。具体的には、卵子の保管費用を10年間無償で提供するとしている。
若年がん患者は、抗がん剤や放射線治療により妊娠能力を失ってしまうリスクにさらされており、加えて海外では保険適用となっている「医学的卵子凍結」も日本では適用外。厚生労働省の試算によると、経済的な支援があれば凍結保存を希望する人はAYA世代の女性がん患者だと年間約4000人にのぼるという。
このような医学的卵子凍結を諦めざるを得ない疾病患者をゼロにするため、Grace Bankは今回の支援事業を決定した。
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当事者もサービス側も長期的な取り組みが必要となる卵子凍結保存サービス。
事業の継続性については、グレイスグループは「1億円を超える資本金を設定し、磐石な体制を確立することに努めている。万が一、事業の継続が難しくなった場合は、保管していた卵子は利用者の方が採卵したクリニックなどに移送する、という形を現時点の一候補として想定している」と説明した。