
「メタバース」という言葉が急速に注目を集めはじめています。
メタバースはコンピュータやインターネット上に構築された仮想空間のこと。ビジネス領域では、ゲームや音楽ライブなどのエンタメ業界や、アパレル業界のEC分野などが知られていますが、デジタルヘルスや、女性のウェルネスの分野でも期待されています。
今回はセクシャルウェルネスにおける、メタバースやバーチャル空間の技術の可能性を探ります。
メタバースとは
フェイスブック社が、2021年10月28日付で社名を「メタバース」にちなんだ「Meta(メタ)」に変更したことから、「メタバース」の概念が広く知られるようになりました。
SF作家のニール・スティーヴンスンが1992年に発表した小説『スノウ・クラッシュ』の中で使われた言葉がはじまりと言われています。
バーチャル空間で人々がアバターで好きな姿になって交流を持ったり、ビジネスを展開できたりする場として、期待が大きい分野です。
すでにディズニー、マイクロソフト、NIKEなど大手企業がメタバースに参入し、新たな空間でのエンターテインメント体験やバーチャルオフィス、アバターファッションビジネスなどが展開されています。
メタバースへの期待
現在、フェムテック企業の中では、セクシャル・ウェルネス(性の健康)の分野を扱う企業がメタバースについて言及しています。
セクシャル・ウェルネスのサービスや製品を作る企業の多くは、「セックス・ポジティブ」という概念を掲げています。女性が性に開放的なことを肯定し、ただ楽しむだけではなく避妊や性的同意の重要視した考え方です。
そんな「セックス・ポジティブ」なデートアプリpureのCEOであるOlga Petrunina氏は、これからのメタバース時代にバーチャル空間でのセクシャル・ウェルネスが進化すると語っています。
セクシャル・ウェルネスの領域は今後AR(拡張現実)/VR(仮想現実)、コネクテッドデバイス、AIによる個人最適化が進化していき、パジャマを着てソファに座ったままデートができるSF映画のような未来を予想しています。
また、セックステック専門家のBryony Cole氏は、メタバースが性教育やセクシャル・ウェルネスをサポートする可能性があると語っています。
オフラインで性について語ることは、さまざまな配慮や環境づくりが必要で難しい場合が多くあります。匿名性の高いメタバースでは安心して対話したり、性教育に関するワークショップを行える可能性があります。
ハラスメントへの対応が課題に
メタバースは期待が大きい分野ですが、女性の安全についての課題も出てきています。
2021年12月にメタバース内で性的いやがらせを受けた女性のブログが話題になりました。
彼女はメタバース空間に入ってすぐに、3〜4名の男性アバターから言葉によるセクハラと、アバターを接近させて写真を撮るなどのいやがらせをされたそうです。
この被害は大きく報じられ、メタ社はハラスメント対策のために「パーソナルバウンダリー」という他者との距離感を制限するバリア機能を追加することを発表しました。
オンライン空間も物理空間と同じく、痴漢などの犯罪行為を防ぎ、安全な場所にしていかなければいけないことが課題となっています。
デジタル空間での女性のウェルネス
盛り上がりつつあるメタバースブームに先駆けて、バーチャル空間やVRで女性のウェルネスに取り組んでいるサービスも出てきています。
VRで陣痛などの痛みを和らげる研究
イギリスのウェールズ大学病院で2019年に、出産を控えた女性たちに対し、VRでリラックスできる映像を見せることで、陣痛の痛みの軽減が可能かどうか実験を行いました。
アメリカでは、VRで痛みを軽減するサービスとして提供している企業も出てきています。
また、歯科の治療での不安や痛みをVRで軽減させる取り組みが出てきています。治療中にバーチャル空間の映像を見せることで、投薬なしで痛みが70%減少したという調査結果があり、今後発展が期待されています。
性の体験の革新
「セックス・ポジティブ」なバーチャルコミュニティRaspberry Dream Landは、メタバースがトレンドになる以前から、バーチャル空間でのイベントやコミュニティ作りを行っています。
Raspberry Dream Landでは、アートや多様なジェンダーを祝福する表現活動とともに、Teledildonics(テレディルドニクス)という技術を用いて遠隔でセックストイを操作できる取り組みもはじめています。
Teledildonicsは、現在は遠距離のカップルが活用している技術ですが、実際の身体で触れ合えないバーチャル空間での活用が広まる可能性があります。
日本では聞き慣れない言葉ですが、米国Kinsey Instituteの18〜65歳までのアメリカ人を対象にしたSextech利用状況の調査で、teledildonicsを使用したことがある人が約10%いることがわかっています。
ヨガブランドの没入型ウェルネス体験メタバース
人気のヨガブランドAloは、メタバースのプラットフォーム「Roblox」でヨガレッスンや瞑想体験ができる空間を作りました。
VRによるマインドフルネスや瞑想は人気があり、4万人以上の参加者を持つ瞑想サービス(EvolVR)も登場し、メンタルヘルスケアの領域が盛り上がってきそうです。
メタバースの今後
フェムテックにおいても、テクノロジーは女性を「解放する」方向で期待されています。
しかし、現状は経済的にアクセスできて恩恵を受けられる人とそうでない人が存在し、必ずしも包括的ではないという課題があります。
メタバースも同様で、現状ではVR機器を持ち、安定した通信回線のある人でないとアクセスできません。テクノロジーはユニークで便利なだけではなく、新たな「周縁化」を生み出し、公正さを欠く側面があります。
あらゆるものがテクノロジーに取り込まれ、社会が「企業化」している世の中で、テクノロジーを使う側としてできることは、社会的公正を意識した企業が作るプラットフォームを選ぶことかもしれません。
期待と懸念が入り混じる新たなテクノロジーですが、匿名性の確保、没入感、移動不要というポジティブな革新性を活かして、発展を遂げてほしいところです。
フェムテックとは?
Female(女性)× Technology(テクノロジー)をかけ合わせた造語で、生物学的女性の健康課題をテクノロジーで解決するヘルスケアのジャンルです。
「生理」「更年期」「婦人科系疾患」「不妊・妊よう性」「出産・育児」「セクシャルウェルネス」などのカテゴリがあり、それぞれの問題をタブー視せず、前向きに解決するためのサービスやアイテムが数多くあります。フェムテックの市場規模は、2025年には5兆円規模に成長するといわれています。