ヘアウィッグをはじめとした毛髪関連企業であるアデランス。小児がんなどウィッグを必要としている子どもたちへウィッグを届ける活動のほか、病院内で展開しているヘアサロンではがん治療による外見の変化に関するサポートも展開している。
乳がんの早期発見、早期治療の高まりのなかで、昨今は就労しながらのがん治療も多い。同社が実施したアンケートでは、仕事と治療の両立でもっとも苦労したと回答されるのが「外見の変化へのケア」だという。
株式会社アデランス 医療事業部の春原正俊さんに医療におけるヘアウィッグのあり方、今後の展開について話を聞いた。

ーーアデランスでは、「愛のチャリティ」を通じてヘアウィッグをプレゼントをされていますよね。
アデランスは今年54期に入りましたが、創業10周年のときに社会に恩返しをしたいと考え、社員の提案で、1978年から、病気やけがでウィッグを必要としている子ども(現在は4〜15歳が対象年齢)にオーダーメイド・ウィッグを贈る活動をスタートしました。
当初はクリスマス時期にプレゼントしていましたが、2012年からは通年で行っています。2014年からはレディメイド・ウィッグ(既製品)の提供も開始しました。
昔の細かいデータはありませんが、推定で累計6500枚程度を提供しているかと思います。
ーー 40年以上続けられているんですね。子ども向けウィッグの提供において想定外だったことは?
私は入社して35年ですが、入社まもない頃、小学校1年生ぐらいの女の子のウィッグ相談を担当しました。
「どういうスタイルにしますか?」と聞いたら、「ロングがいい」と言っていて、「なんで?」と聞いたら「友達がみんなロングにしてる」と。
その子は、円形脱毛症で脱毛していて長い髪の毛にしたことがないし、ずっと帽子を被っていた。
だから、友達の髪を見てきて「すごく、ずっと、ロングにしたいと思っていたから、ロングにして欲しい。肩ぐらいの長さのロングにしてください」と言ったんですが、その言葉にその女の子の気持ちがすごく表れていて印象的でした。
後日、出来上がったウィッグを着けて、お母さんと鏡の前で写真を撮りながら、にこって笑っていて。そのときの笑顔がすごく良かったんですよね。
ただ、残念ながらお母さんにウィッグの髪の毛が長いとセットが大変だからということで、写真を一枚撮った後にウィッグの髪は切られちゃったんですけどね。
だけど一度でいいから、ロングヘアの自分の姿を鏡で見たかったとすごく喜んでたっていうのがとても印象的で。この体験が私のチャリティ活動のスタートでした。
ーー オーダーメイド・ウィッグにはいろんな想いが届きそうですよね。
髪の毛の色もそれぞれ違いますので、お子様の希望を聞いたり、髪の毛があるときの写真を見ながら決めていきます。
オーダーメイドの場合、基本的にはスタイルブックから選んでいただきます。病院内ヘアサロンにお越しになる多くの患者さまが治療前と変わらない生活を維持したいというお気持ちから「今まで通りのスタイルにしてほしい」と、以前のお写真を用いて、親しんだ髪型を選ぶ方が多いですね。

アデランスオリジナルの人工毛髪を使ったウィッグ。洗った後にウィッグスタンドに乗せておけば、形状記憶性があり、元の形に戻る。子ども用は手入れのしやすさを考え人工毛髪が多いそう
ーー 医療部門は、大人向けウィッグにも対応されていますよね。治療時の医療用ウィッグと薄毛のウィッグはどう異なるのでしょうか?
一応分類はしていますが、一番大事なのはその方のお気持ちです。「どういうお気持ちで何に困っているか」が分かれば、医療用ウィッグにこだわらず最適なものを提案します。
医療用ウィッグの定義としては、日本毛髪工業協同組合の主導により制定に向けた取り組みが行われたJIS規格があります。医療⽤ウィッグについては、外観や性能、試験方法などが規定されています。
サイズの調整がしやすく、頭皮に触れるネット部分などの肌触りが良いものが医療には適しています。
治療でウィッグをお探しになるときは、多くの方が髪の毛が抜ける不安な状況でお越しになります。初回のフィッティング時はまだ髪の毛がある状態なので、髪の毛がある状態でサイズを合わせてウィッグを用意します。
その後、治療が始まると2〜3週間で髪の毛が抜けていき、早い方は1週間ぐらいで全部抜けてしまいます。そうすると、最初のウィッグが大きくなってしまうんです。
なので今度は、そのウィッグを現在の状況に合わせて小さく調整します。でも、数カ月後に治療が終了したら、今度は髪の毛が生えてくることが多いので再度サイズを広げる必要があるんです。
ーー 治療の過程において、ご自身の髪の毛の増減に関わらずフィットする装着感が維持できるように調整しやすくしてあるんですね。
医療用ウィッグにおける必要性やメッセージも以前とは異なってきていて、今は就労が一つのテーマです。
昨今はがんの発症年齢が低くなっていますし、若い世代30〜40代くらいから幅広い年代の方々がお仕事をしながら治療する方が多いです。
髪の毛がないと、仕事で人に会う場面で困るということで、同じ髪型でいられる安心感とプライベートの生活スタイルに合わせたコンセプトウィッグなども支持されてきています。
ーー 医療用ウィッグは保険適用ではないんですか?
一部の地方自治体では、助成金はありますが保険適用ではありません。自治体によって金額は異なりますが、補助する自治体はかなり増えてきています。
ヨーロッパの多くの国ではウィッグは保険適用で、医療用ウィッグが保険や政府の援助の対象となるなど利用しやすい環境にあります。日本でもよりウィッグを身近に感じていただけるようになればいいと思います。
ーー 医療用ウィッグはいくらくらいが主流なのでしょうか?
医療用ウィッグだとインターネットで安いものは数千円からあります。私たちの医療用ウィッグで様々なニーズに対応するオーダーメイドのものは30万円ほどです。
ファッション用のオーダーメイド商品ですと、中心価格帯は30万円以上といわれており、もっと高額なものもあります。私たちの場合は10万〜20万円ぐらいまでのレディメイド(既製品)の商品が数的には多いですね。
変わらない自分でいたい。自分の一部となるヘアウィッグ

ーー 身体が一番大事なことは変わりませんが、髪の毛を失うことの喪失感や見た目が変わることへの不安は大きいですよね。
以前に、病院の看護師さんから連絡があり、40代前後の方のウィッグの相談があったんです。その方は、ご自身の髪の毛に自信もあり、自分の髪を愛している方でした。それで、自分の髪でウィッグを作ってほしいとご相談いただきました。
とても美しい髪だったのですが、その方の髪での商品は規格上難しいです。そこで、弊社の既製品のウィッグに、その方の髪を何本か結んで、気持ちと一体化させるのはどうかと提案したところ、喜んでウィッグをお作りになられました。
やはり女性の方が髪に対しての思い入れは強いように感じます。実際に、治療におけるウィッグの問い合わせは男性の数倍違います。
ーー そんなに違うんですね。
ただ男性の方でも悩みが深い方もいらっしゃいます。テレビなどに出ていらっしゃる方のがん治療の現場に立ち合い、お話をお聞きしてオーダーメイドで作らせていただきました。
私たちが見ても違和感は全くなかったのですが、一番大事にされていたのがテレビに出たときに「病気だと分からないようにしたい」ということでしたので、何度もウィッグを調整しました。
髪が、その人のスタイルイメージの一つになっているからこそ、その人にとってはウィッグがどうしても必要で妥協できない顔の一部なのだと感じました。
その方が亡くなられた際に、ご葬儀に伺いましたが奥様からウィッグに感謝されていたというお言葉をいただきました。
「かつら」から「育毛」「増毛」へ
ーー アデランスさんはどちらかと言うと男性用ウィッグがメインだった印象があります。現在のウィッグの需要はどのようになっているのでしょうか?
1972年から放送を開始したCM、『パパ、アデランスにして良かったね』シリーズは大きな反響をいただいたきました。当時はいわゆる「かつら」が主流で圧倒的に男性が多かったですね。
少数でしたが、女性の利用者もいて、ニーズもあることはわかっていたので女性向けのCMを放映したら、女性の方が髪へのニーズが高く、今では女性のお客様も多くご来店いただいております。
以前は、ご年配の方が多かったですが、現在は頭皮環境を改善する育毛商品もあるため利用者も幅広くなりました。これまで40〜50代だったのが、20〜30代の方も増えました。
ーー 若い方はウィッグではなく育毛がメインなんですか?
今は1本の髪に人工毛髪を結びつける増毛や着脱不要の自髪感覚で日常生活を過ごすことが可能な長期連続着用タイプの増毛商品もニーズが高いですね。もちろんその方の環境によっても違いますが、若い方の場合は見た目を大きく変えない程度の増え方を望むケースがあります。
例えば週明けから髪の毛が急に増えていたら職場に行くときの抵抗感を感じる。今までと変わりたくないんだけど、ちょっと増やしたいという方には増毛が適しています。
ご自身の髪の毛は伸びてくるので、定期的にお店に来ていただき調整の必要はありますが、着けたまま髪も洗えます。
ーー どんどん進化しているんですね。今後は想像もしていなかった商品が出てくるかもしれませんね。
海外ですと毛髪移植の技術が進んでいます。私たちのグループ会社に北米市場でトップシェアの毛髪移植企業でボズレーという会社があります。
毛髪移植というのは、後頭部または側頭部の頭皮から健康な毛包(毛根を含む組織)を、外科手術で薄く切り取って薄毛の部分に移植します。今はメスを使わない移植もあります。1つの毛根から毛が大体2〜3本くらい生えているので、そこの毛包を摘出して、移植していきます。
アメリカでは、薄毛になったらウィッグではなく、毛髪移植の方が主流なんです。国内でも展開していますが、やはり日本だとウィッグ・増毛・育毛文化が主流ですね。

ーー 国が違うと文化も全く違うんですね。今後、新しい商品や取り組みなどは予定されていますか?
医療分野においては、現在、産学連携で新規αリポ酸誘導体配合の研究開発にも力を入れています。抗がん剤などで脱毛した際の頭皮用ローションがその一例です。
その他、運動を通してがん患者を支援する団体 キャンサーフィットネスの理念に共感し、がん患者様に向けてセミナーを開催させていただくなど広くサポートをしています。
ウィッグに限らず、今後も心理的な部分でQOL向上に貢献できるような活動をしていきたいと思っています。