セックス時に挿入の痛みがあるという方は多いのではないでしょうか。

「挿入は痛くてできない」「タンポンや内診の器具が触れただけでも痛い」

もしかしたら、膣の入り口部分の「膣前庭部」が過敏になっている「前庭部痛」なのかもしれません。

前庭部痛とはなんなのか?

二宮レディースクリニック院長の二宮典子先生にお話を聞きました。

二宮レディースクリニック 二宮典子院長

前庭部痛とは?前庭部ってどこ?

ーー 前庭部というのは、どこの部分になるのでしょうか?

まず、前庭部とは、膣口の手前の部分になります。いわゆる小陰唇というひだの部分があって、その中の囲みを前庭部といいます。

膣前庭の場所

膣の入り口よりも外側、小陰唇の辺縁よりも内側の部分を前庭、膣前庭と呼びますが、普通にしていると、見えない部分です。しっかり小陰唇を開かないと膣前庭は見えません。

ーー 確かに見えない場所ですね。前庭部痛という言葉も知らない方が多いように思います。どのような症状なのでしょうか?

症状としては、前庭部の粘膜が弱っており、痛みが生じている状態です。

前庭部痛の診断方法は?

ーー 前庭部痛の診断はどのようにするのでしょうか?

まず、前庭部痛というのは、「前庭部が痛い」と言っているだけで病名ではありません。泌尿器科医でも通常の診察では前庭部は診ません。

保険診療は、症状に病名がついていて、診断とその症状を治療できることが前提です。そのため、前庭部痛は保険診療の対象ではありません。

ーー 病名ではないんですね。では、先生は、どのようにして前庭部痛だということを診断するんでしょうか?

症状の所見です。患者さんに、症状について一つ一つ確認していきます。

まずは痛みがどこで起きているのかを把握するために、一つずつ部位を見ていきます。

私の場合は、性交痛の痛みの原因を確認するには、まずは「膣の入り口」、次いで「膣内」をみた上で、「子宮」の順番で診る必要があると思っています。

「挿入できないくらいに痛い」場合は、膣内に入らない状態なので入り口に問題があるのではないかと考えます。

「挿入時に痛みがある」というのも、実は膣の入り口に原因があることも多い。膣内に何かを挿入する時に、前庭部に摩擦があったり接触したりしているということに気づいていない人も多いためです。

ーー 専門科によっても異なりそうな部分ですね。

専門医によって、専門的に診る場所が違います。

例えば婦人科医では、子宮まわりの診察で、性交痛の原因となる可能性がある、子宮や卵巣、その周辺臓器に関して異常がないかを診ています。

前庭部痛かどうかの診断という話でいえば、専門科に限らず、医師の中でもまだまだ知られていません。先ほどもお伝えした通り、しっかり開かないと見えないので、診ようとしなければ見えません。

ーー 医師でも知らないこともあるとなると、患者側は自身ではどこが痛いか判断がつかないですよね。

セックスが痛い原因は様々ですが、原因が特定できなければ処置をしても痛みは取れません。だからこそ一番大切なのは、どこが痛いのかをきちんと把握することです。

多くの患者さんは、膣の入り口部分や膣内部をバラバラに認識できておらず、全部が痛いと思って来院されます。

なので、一番最初の診察は、患者さんに「ここ痛い?」「ここ痛い?」とピンポイントで冷静に確認していきます。

ーー 局所的に聞いていくんですね。

ご本人もしっかり痛みの場所を特定したことがないので、よくわかっていないことも多いので、繰り返し聞きます。

「全部痛いと言っていますが、ここは、本当に痛いですか?」「痛いような気もします」「痛いときは体がよじれるほど痛いですよ?これは本当に痛いですか?」と。

もちろん「わかりません!」となる方もいますが、諦めずに、一緒に痛みの理解を促していきます。

性交痛に限らず、「痛い」という言葉で丸め込んでしまうと、痛みの要素を分けられず絶対に治りません。なので、まず本当に痛い場所を分けます。

どういうタイミングで痛いのか、自分がこの場所が痛いって思っていたのは思い込みじゃないか、などを診察を通じて患者さんにも認知させる必要があります。

ーー 触りながら実際に痛いかどうかを判断するんですね。

はい。例えば奥が痛いという方がいたら、前庭部を触らずに器械を入れてみます。その上で、痛いかどうか聞きます。

奥に入れる途中が痛いのか、奥だけが痛いのかを確認します。

でも本来、膣の壁は感覚がないので、タンポンを入れても違和感がない。何かが触れても痛くないはずなんです。

多くの場合は、前庭部の入り口が痛いと、奥に何かを入れられるともっと痛くなるんじゃないかという恐怖心で痛さを感じている。

前庭部を触らずにちゃんと診察をする技術は大切ですし、部位的にどうしても前庭部を触ってしまう場合は塗る麻酔をして、痛みが軽減するかを確認することもあります。

麻酔をして、奥に何かを入れた時に痛くないなら、原因は前庭部だけだと診断できます。

前庭部の正しい色は?

ーー 痛みの感覚意外にも、前庭部痛の特徴はあるのでしょうか?

前庭部が弱っている人は、色などの見た目でわかる人もいます。

前庭部の表面は粘膜の組織です。皮膚は表皮という細胞で覆われていて、湿潤ではなく乾いています。

でも粘膜の場合は、表面の細胞が潤っていて、細胞下の血管が透けているため、ややピンク色です。

正常な場合、白っぽいピンク色で潤っているのが本来の粘膜のあるべき状態ですが、前庭部の痛みが強い人は見た目が赤くて、皮膚も伸びません。

前庭部痛の原因は?

UnsplashJannes Jacobsが撮影した写真

ーー 前庭部痛は、どのようなことが原因でおこるのでしょうか?先天性の場合もあるのでしょうか?

前庭部痛はまだまだ解明されていないことが多いですが、先天性も後天性もどちらもあると思います。

前庭部でわかっていることは、前庭部に発現しているレセプター(受容体)、つまり、どうすれば細胞が元気になるかという信号をどのように受け取るのかを見ていくと、ホルモンに関連したレセプターを多く持っているということです。

女性だけですが、膣の3分の2よりも上と子宮、卵巣はエストロゲンレセプター、つまり女性ホルモンのレセプターが多いんです。

でも、この前庭部とかクリトリス、小陰唇などはアンドロゲンレセプター、男性ホルモンのレセプターが多いというのが解明されています。

ーー 狭い範囲内で女性ホルモン、男性ホルモンのレセプターが…!ホルモンが影響しているんですね。

そうなんです。そのレセプターがある中で、後天的に前庭部痛になる一番多い理由としてはホルモンの低下です。例えば、低用量ピルなどの服用です。

低用量ピルの服用によって、体の中に外側からホルモンを入れることになり、もともと体で作ってたアンドロゲン、テストステロンが低くなるというのがわかっています。そうすると、膣まわりも萎縮してくるんです。

ーー 低用量ピルではありませんが、私も以前に治療で女性ホルモンを抑制するレルミナ錠を服用したことにより膣萎縮になりました…。

そうですね、レルミナはエストロゲンもアンドロゲンもどちらも抑制するので、かなりきつい萎縮が始まる人がいます。

ただ、この膣萎縮や前庭部痛などへの作用について問題なのは必ずしも全員ではないということです。

個々人のレセプターが、自然発生する本当のピュアな形のアンドロゲン、エストロゲンにレセプトが反応するのか、それとも外部からの違う物質でも反応するのかはかなり個人差があるんです。

ピルを服用した人全員に発生することだとなれば対処法がわかりやすく話は早いんですが、決してそうではないので、困るんですよね。

ーー 人によって違うからこそ、原因を見つけづらいですね。

「ピルやホルモン剤は性行為の痛みに関係ない」と考える医師もいます。

もちろん性欲も性機能も変わらない人もいます。ただ、「ピルは性機能に何も影響しないのが普通」と認識されてしまうと、影響を受けてしまった人が悪い、その人が特別だという風潮になってしまう。

ーー 他の人には相談しても理解してもらえないというのは、よく聞きますね。

話を聞いた人たちは自分の経験値で語りがちなので、「たまたまじゃない?」とか「相手が悪かったんじゃない?」と言われてしまったり。

事実、性機能の性交痛に関しては複数の因子で悪くなるので、1つの理由に結論を持ってくる必要はありませんが、前庭部の痛みが出やすい人たちがピルを飲むと、悪化する可能性があります。

ーー それは、しんどいですよね……。

ただ、ピルの服用は、生理痛や生理不順の緩和などの目的で治療をする意義があるわけです。だから、ピルが駄目というわけでは決してありません。

そこはもう本当にバランスの問題です。性交痛が出やすい人がピルを飲むときには、そういうリスクがあることも理解した上で一般的に使える潤滑剤を使用したり、自分で外陰部を観察したりするようにしておくなど、日常的なケアが要ると思います。

ーー ピルの種類を変えることも?

はい、ピルの種類を変更する場合もあります。場合によってはミレーナなどの子宮内に挿入するものに変更することもあります。

前庭部痛の治療方法は?

ーー 前庭部痛の治療はどのように行うのでしょうか?

種類としては、ホルモン治療、認知行動療法、ボトックス治療、モナリザタッチ、インティマレーザー、手術療法があります。

私のクリニックでは、レーザー治療が多いです。レーザーに限らず、いわゆる細胞にエネルギーを与える治療は全般的に効果があると思っています。

前庭部痛の細かい理由はまだ解明されていませんが、痛みの理由として、細胞の数が少なくて弱い組織であることがこの病気の前提です。

レーザーなどのエネルギーを使ったデバイスの場合、どんな臓器であれ、細胞に刺激を与えて活性化し、細胞分裂を促すという効果があります。

例えば、人によってはホルモン剤が使えなかったり、アレルギーなどの問題があったりしますが、レーザーの治療は比較的副作用も少ないです。

ーー レーザー治療の場合は回数はどれくらい必要なんでしょうか?

軽症の人なら1回でもかなり改善します。

ただ、病院を受診される方々の平均を考えると、軽症ではない方も多いので、月1回を3ヶ月くらいが標準です。組織の反応がいい人であればあるほど、1回で改善を実感される方もいます。

ーー レーザーの効果はどれくらい持続するんでしょうか?

年齢や治療歴にもよりますが、例えばピルなどのホルモン剤も飲んでおらず、生活上のストレスもなく、たまたま元気がなくなったタイミングだけ性交痛が出てしまったという人なら長持ちします。

更年期以降で女性ホルモンの分泌量が全体的に下がってくる時期は、また悪くなることもあります。

ーー そうなんですね、やはりホルモンの影響が大きいんですね。

ホルモンやストレスの影響を受けやすい人ほど、前庭部痛になりやすい傾向はあります。

そういう場合は、レーザー以外の治療をすることもあります。

筋肉が硬くなっているとホルモンが新しい血流に乗りにくいので、筋肉をほぐすような治療を入れたり、複合的に治療を組み合わせます。

それにレーザー治療は1回数万円と値段も高いので、極力値段を下げられるように心がけています。

ーー 先ほど、前庭部痛は保険診療の対象にならないという話もありました。

そうです。保険診療になるためには、まずは診断です。そして、確定的に診断するにはメカニズムがわかった上で、その治療が有効で安全だというデータを集めないといけません。

しかし、症例数も少ないですし、専門とする医師の数も少ないです。

長い目で見れば、女性が苦痛なくセックスができて生活が充実することは日本の経済に寄与したり、出生率にもつながってはいくはずです。

ただ、ピルの承認時もそうだったように、女性のセクシュアルヘルスに関して、日本は2歩も3歩も遅れている事実がありますね。

ーー 海外ではどうなのでしょうか?

例えば国際学会では、前庭部痛のことを「Vestibulodynia」という言い方をします。

診断のためのチャートもあり、原因が細分化されていますが、原因はまだ想像の範囲です。前庭部痛のメカニズムはまだ解明されていません。

海外の治療はどうかというと、対処する薬や治療が、ある程度一般的になりつつはありますが、まだまだ少ないです。

日本では、ほぼ皆無ですよね。医師にもそれぞれの専門分野があるため、クリニックに行っても専門外となると、解決策にすぐ辿り着けるわけではないところが、前庭部痛の難しさだと思います。

前庭部痛のために自分でできることとは?

ーー 自分でできる前庭部のケアはありますでしょうか?

私の場合は「デリケートゾーンを過度に洗わないで」と伝えています。

社会生活を営む上での清潔は必要だと思いますが、今は過度にしすぎです。外陰部の部分は粘膜です。粘膜は洗えば洗うほど、薄く弱くなります。

粘膜は刺激に対して痛みやかゆみの症状が出ますが、その痛みや痒みを「汚いのが原因だ」と考えてしまい、過度に洗う人がいます。

中には、下着についたおりものをみて、「汚い」、「おりものが出ているのは悪いことだ」と思って、ドライヤーで乾かしている人もいます。

おりものは体が必要としているからそこにあるのであって、過度なケアによって、それらを奪うようなことはしないでほしいです。

ーー 情報もたくさん出ているので「洗浄しなければ」と感じてしまう方もいるのかもしれませんよね。

過度に洗いすぎるくらいなら、普通にシャワーで優しく洗うくらいで十分です。

人によって、エチケットの感覚は異なるので、デート前はケアしておきたいという方もいますし、それはそれでいいと思っています。

ただ、「エチケット」と「自分の体に対していいこと」は分けて考える必要があります。洗いすぎることで、恥垢が増えたり、おりもののニオイの原因にもなりうるので、何事もバランスが大事です。

ーー となると、日々できることはどんなことがあるのでしょう?

セックスに対してのお悩みで考えるなら、性行為は準備が結局大事です。

私は、自分好みの性的コンテンツを探すことを勧めています。脳がセックスを求めていないのに下だけ触ってもほぼ無意味です。

生理の周期であったり、体が疲れているかどうかもありますが、触って気持ちがいいタイミングというのが必ずあります。

一番典型的なのは、思春期に訪れる第二次性徴のとき、小陰唇が大きくなりつつあるときき、組織が大きくなるときは血流が増えるのでモゾモゾします。そして、そこでマスターベーションを覚えます。

ーー 第二次性徴のタイミングなんですね。

ですが、おりものが増えたタイミングで親に下着が汚れているのを怒られたりすると、外陰部に対してよくない印象を持ってしまうこともある。

「こんなところ触っていいんだろうか」と引け目に感じて、本来の欲求を止めたまま大人になった人もいます。

その感覚がうまく発育しなかったため、自分の正しい欲情や、どういうところを触ったら気持ちいいのかがわからない。

自然に自身の性器を触ることができるようになれば、怖くない臓器になります。

全く性欲がない人ももちろんいますし悪いことではないですが、最初に気持ちを止めてしまうと、自分は性欲がないと思い込んで、悩んでしまうこともある。

ーー 自分で慣れていくことで、性行為の準備ができるようになっていくと。

前庭部痛など、セックスが痛い、性交痛だと思っている人は、自分だけが痛いのかもしれないと思っている人が多いです。

でも、この場所は、個人差はあれど、ほとんどの女性が違和感や痛みを感じる場所です。

前庭部が痛いことで、例えば自分の体調が悪いときにセックスをするリスクを自分の体が回避することもあるんです。

ーー わかりやすく反応する場所なんですね。

女性の場合、性的な満足感を得るには、脳で「今はセックスして大丈夫だ」という安心感が必要です。

みなさん、濡れているかどうかを重要視しますが、欲情してくると、血液が前庭部に集まってきてふっくらと柔らかくなります。

でも、私たちは、セックスをする準備段階にどういうことが体で起きるのかをきちんと教えてもらっていませんよね。

セックスをするときは、組織が充血しないとだめなので、そのためには脳を含めて準備が要るということを知る必要があるわけです。

前庭部痛のクリニックはどう探す?

ーー 前庭部痛やセックスの痛みについて相談できる、性機能の専門クリニックはどのように探せばいいんでしょうか?

性交痛で困ってクリニックに行きたい場合は、泌尿器科であれば女性泌尿器科です。泌尿器科も婦人科も「女性性機能」など性行為の悩みが明記されているクリニックがいいです。

事前に電話などで「セックスのトラブルを診てもらえますか」と確認しておくと安心です。

ただ、私たちのクリニックもそうですが、患者さんと専門家の相性もあると思います。

まずは、ご自身の考えとフィットするクリニックをいろいろ試してみてもいいかもしれません。

後編では、膣の入り口周囲の筋肉が、不安、恐怖、緊張などで過剰に収縮してしまう「ワギニスムス」についてお聞きしました。

<医師プロフィール>

監修者プロフィール

二宮レディースクリニック院長
泌尿器科専門医・指導医。漢方専門医

二宮典子

女性泌尿器科医として、女性の排尿や生殖(セックス)にまつわる様々なトラブルの治療・サポートを行っている。2023年7月に、京都分院「海と空クリニック」を開院。

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