「なんだよ。情緒不安定か。どうしようもないな」
上司は低い声で唸るように言った。

生理のせいでキャリアが狂ったな、と思った。社会人1年目の3月だった。

キャスターの国谷裕子さんに憧れを抱いて入社した報道機関で、記者としてキャリアを積む予定だった。しかし、社内でも有名な部下に厳しい上司の下で、怒鳴られることの多い日々。

その日、私が仕事でミスをし、上司はいつもの調子で雷を落とした。

ただ、そのときいつもと状況が違うことがひとつあった。生理が始まったばかりのタイミングで、腹、腰、頭が鈍く痛む。加えて、傷つきやすく感情を抑えづらい時期でもあった。身体中に鈍痛を感じながら怒鳴られているとき、大粒の涙がポロポロと溢れ出た。

そして、あのひと言。

そうですよ、情緒不安定なんです。おまけに今、血染めのナプキンをパンツに貼り付けているんですよ。そりゃ泣きたくなりますよ。

内心ではそう思っていたけれど、恐怖で震え上がっていたのでひと言も言い返せなかった。

映画やアート作品が私をインスパイアしてくれた

その日を境に自然と、フェミニズムをテーマにしたアート作品や映画、メディアの記事、本に目が行くようになり、トークイベントにも足を運ぶようになった。

ダントツで心に刺さったのが現代アーティスト スプツニ子!さんの「生理マシーン、タカシの場合。」(2010) 。

女性のことを理解したいと願う主人公タカシが生理を擬似体験するというストーリー。作中で、彼は生理を疑似体験できるマシーンを発明する。メタリックなふんどしのような装置をズボンの上から履くことで、タカシは生理痛を知り、血が股間からどろりと流れ出る感覚がいかに不快かを知る。タカシは「女性はこれを毎月経験しているんだな」と理解するのだ。

宇宙に人間が行けるほどテクノロジーは進歩しているのに、なぜ、生理という原始的で多くの人を困らせる現象をもっと楽にすることができないんだろう。スプツニ子!さんはそう問いかけている。

未来を創り出すきらびやかなテクノロジーの世界でもジェンダーの偏りがあることを知った。そして、そのアンバランスな様を浮き彫りにしたのが生理だった。そう気づいた瞬間、自分の心の窓がパッと開き、新しくて爽やかな風が吹き込んだ感覚を覚えた。

人前では意地でも泣かない私があの日、職場で泣いてしまったのは生理の影響が大きかった。やはり生理は厄介な存在だ。しかし、同時に力も与えてくれるものだったのだ。

ほかにも、私をインスパイアしてくれた作品がいくつもあった。

例えば、「RGB 最強の85歳」(2018)。

2020年9月に亡くなったアメリカ最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグ判事の人生を描いたドキュメンタリー映画だ。ハーバード大学のロースクールを卒業し、弁護士としてキャリアをスタートさせてから亡くなる直前までの50年以上の年月を、彼女は女性やマイノリティの人たちのために法廷で戦ってきた。

50年もあれば時代の空気や世界情勢、自分の体力や価値観など、あらゆることが変わっていく。けれど、女性や人種差別撤廃への活動は一貫していて変わることはなかった。5年前と今の自分を比べるとだいぶ中身が変わっているのを考えると、さらに彼女の偉大さに鳥肌が立つ。本作はNetflixで視聴できる。

アート作品のおかげで定まった目標

ほかにも影響を受けた作品を挙げていくとキリがないのでいったんここまでにしておくが、スプツニ子!さんたちに触発されて自分は職場におけるジェンダー問題、生理、フェミニズム、ダイバーシティをテーマに物書きをしたいという明確な目標ができた。

そう思えた瞬間、心がとても楽になった。

憧れの職業は手放したけれど、新しい未来が開けた

1年半後、私は社員のジェンダーや世代、国籍のバランスがよく取れている会社に転職することになった。あらゆるバックグラウンドの人たちが一緒に働く環境だと、息がとてもしやすい。今は、安心しながら働けている。憧れていた記者職を手放すことになったが、自由時間にジェンダーをテーマにして物書きができる環境を整えることができた。

自分のキャリアを振り返ると、節目ごとに生理が大きな影響を及ぼしていたことに気づく。
生理のせいで第一キャリアが終わり、人生が狂ったと思った。けれど、生理のおかげで素晴らしい作品に出会え、新たな自分の未来が開けた。

学生時代に想定していたキャリアからはだいぶ道を外れたが、その分キャリアが未知の方向に動き出した。それはそれでおもしろい。

(文:まいちん)

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