拝啓、親愛なる夫へ。
私はずっと、セックスレスで悩んでいます。セックスしたくて悩んでいるわけじゃなくて、あなたがこのことについてどう思ってるのかわからなくて、不安で、一人でどんどん考え込んでしまってつらいです。
私は、しなくても今のところ平気です。もちろんしてもいいです。あなたの本当の気持ちがわかったうえで「それでも、仲良く生きていければいい」なのか「そのうち、したくなったらしよう」なのか「その他」なのか、2人でちゃんと話し合って決められたら、それで安心できると思います。
お返事待っています。よろしくお願いします。
(1月20日公開「拝啓、親愛なる夫へ。セックスレスについて悩んでいます。」より)
書き終わった……。思ってることを全部さらけだした。
夫には、編集してもらう前の、自分の文章をそのまま読んでもらおうと思った。
初めは「まさかねえ〜?セックスレスのネタなんて書けるわけないよ。恥ずかしすぎるもん。でも…試しにちらっと書いてみようかな?頭の中を整理できるかも」なんて軽い気持ちだった。
けれど、一旦書き始めたら長い間ぐるぐると心の中で渦巻いていたものが、ドバドバーッ!っと勢いよく溢れ出た。整体院の受付が開くのを車の中で待っていた30分間で、4000文字以上出てきた。こんなに溜まってたんか、私……。
出てきた文章を眺めているうちに、自分のセックスレスにまつわるモヤモヤの本当の正体が、ようやく分かった。スッキリしすぎて、あやうく整体を忘れて家に帰りそうになった。
そして、書いてしまった以上、夫に伝えないと後悔すると思った。
もしかしたらこれをきっかけに、ギリギリで保っていた何かが壊れてしまって、離婚になる未来だってあるかもしれない。子どもたちの顔がよぎった。
それでも、自分の本当の気持ちを知ってしまった以上、確かめないとこのまま生きていくのは無理だと思った。腹をくくった。駐車場に停めたラパンの運転席で。
「実名で公開してもいいかな?」のLINEに夫は
思えば夫に手紙を書いたのは、出会って15年で、これが初めてかもしれない。
「終わったら、ちゃんと流して」とメモ書きしてトイレのフタに貼ったり、「丸まった靴下のまま入れるな」と書いて洗濯機のフタに貼ったりしたことくらいならある。何度言っても丸まったまま洗濯機に投入されるのでブチ切れて書いたのだが、貼ったところで治らず、いまだに丸まったままなので、こちらも丸まったまま干して納品している。
そんな程度のものしか書いたことがないので、こんなガッツリした手紙など、夫もさぞ驚くことだろうと思う。しかも内容が、「セックスレスで悩んでいます。不安です」って、もうこんなもん夫からしたら面倒臭さ200%、厄介ごとの極みなんじゃないだろうか。
確か、彼は今年本厄だったな。…すまない。しかし、私はもうこうするしかないんだ。面と向かって直接話すことはできそうにないし、感情的になって爆発するのももう嫌だ。
読み返したり、時間を置いたりするとどんどん怖気付いて送れなくなりそうだったので、「これ、読んでください。実名で公開してもいいかな」すぐにLINEでポンと送った。
セックスレスで悩んでることを訴える手紙なんてやっぱり頭おかしいと思われるかも。あー、今からでも削除して、読めなくしようかな。いやいや、ここまでしたんだ、これでうやむやにしたら、私はもうこのまま一生言えない。ずっと不安なまま生きるのか? もう、腹をくくったんだ!いや、でも……あー! と何度も思った。
返事がくるのをドキドキしながら待った。胃が引きちぎれるかと思った。数分おきにLINEを見た。
送った数時間後に「読んだ。公開していいです。」と返事がきた。
ドワッと肩の力が抜けた。あぁ、伝わっちゃった…全部。
と同時に、今度は「なんて思ったの?…感想は?」と、また違う汗が出てきた。「公開していい」ってことは、受け入れてくれるということ? それとも、もしかしたら、もうほとほと呆れている? こんなことを世間に公開しようとするイカれた私と結婚したこと含めて、もう今回の自分の人生丸ごと諦めている? すでに来世を見通して徳を積もうとしている?
いろいろ考えて「ありがとう」と返すのが精一杯だった。
セックスレス解消に向けた話し合い?それとも……
どうしようどうしようどうしよう。読まれちゃった! 一体どう思ったんだろう。
今夜帰ってきたら、話し合いになるんだろうか。話すのが苦手な夫のことだから、もしかしたらまた話し合いをすっ飛ばして、無理矢理レスを解消することで誤魔化そうとしてくるかもしれない。どうしよう、それは嫌だ。この状況のままで、したくない。
私は、セックスがしたいわけではなく、彼が私のことをどう思ってるのか、本音がわからないことが不安だということに、もう気づいてしまったから。
もし今夜、迫ってこられたらキン◯マ蹴っ飛ばしてしまうかもしれない。だめだだめだ!そんなことしたらそれこそ一生セックスレス確定だ。
ソワソワしたまま1日を過ごしたけれど、その日も彼の帰宅は真夜中になり、顔を合わせることなく終わった。
次の日も手紙に関する返事はなく、顔を合わせても、子どもの話や仕事の話など、普段となんら代わりのない会話を交わした。
…なんだ。これだけ勇気を出して全てをさらけ出したのに、何もなしか。ここまでしてもあなたは避け続けるのか。
なんだか、がっかりした。
自分さえ勇気を出して本音を切り出せられたら、夫も向き合ってくれて、自分にとって都合のいい返答があって、やり直せるのだろうと、どこかで期待していた。
セックスレスの記事を勇気出して書いて実名で公開して、見事、レスも解消して、連載記事も大当たりして全部がハッピーエンド! そんな下心まであった。
結論を急がない。まずは私が変わろう。
思えば、出会った時からそうだ。彼はいつも自分の気持ちを話さないし、大事なことを決める時も私が提案して、彼が「いいんじゃない」と、否定しないことで全てを進めてきた。
最初からずっとそうだったんだ。せっかちで自分勝手な私は、いつも答えを待つことができず、「あなたはどうなの?」と夫に詰め寄り、彼から本音が出てくる前に、自分が思い描く都合のいい結論を求めた。
夫の気持ちを思いやることもせず、自分が求める結論以外を受け入れる余地を残していなかった。そんな私に、優しい彼が本音を話せるわけがない。もしかしたら、今までずっと我慢してついてきてくれていただけなのかもしれない。
やっぱり、ちゃんと話し合える関係性を築いてこなかったのが全ての原因だ…。もう、何もかも遅いのかもしれないけれど、これから先は、絶対に結論や返事を急がせたり、思い通りにコントロールしようとするのはやめなきゃ。
まず私が変わろう。そう思った。そう思うしかなかった。
ある日の夕食後、夫がとった行動
私が悪いことを全部ひっくるめても、現状の不安な気持ちに少しでもいいから反応して欲しかったな、と思いながら過ごした数日後のことだった。
夫が子どもたちと一緒にご飯を食べられる数少ない休日の夕食時のこと。「パパはこれから痩せるからな。もう本気だからな」と突然言い出し、自分の皿にある揚げ物を子どもたちに配っていた。
…なんだ? ダイエットするのか?
夕飯が終わるとおもむろにカバンから紙袋を取り出した。中身は……雑誌!? 本はおろか、雑誌すら読んでるところを見たことがない夫。雑誌を本屋で買ったようだ。
「正月太りを改善、内臓脂肪を燃やそう」的な表紙の雑誌を袋から取り出し、リビングで大きく広げて、なんと、いきなりトレーニングをしはじめた。
こ、これは…
もしかしてもしかすると…私の記事を読んで、痩せようとしている? 気のせい? たまたまのタイミング?
これが返事、っていうこと??
もし、そうだとしたら……嬉しい!
そして、これぐらいの向き合い方、ちょうどいい!! すぐにセックスレス解消!という感じではないけれど、外で浮気とかはしてないぞ! いつか、自然とまたそうなったら…という気持ちもなきにしもあらずだぞ! くらいの返事だとしたら、私にとって、とてもちょうどいいんですけど!
勘違いかもしれないし、また自分に都合よく考えすぎかもしれないけれど、そうだとしたら……と考えるとすごく嬉しかった。
記事が公開され、たくさんの人に読んでいただいた。思っていた以上に同じように悩んでいる人がいることがわかった。読んでくれた方から届いたメッセージの中には、私と同じように「セックスしたいのかどうかはわからないけど、セックスレスであることが不安」という声、「パートナーとセックスがしたいのにできなくて辛い」という声、それから「パートナーに応えてあげられていなくて申し訳ない」という、相手側の立場の声もあった。
もしも自分の気持ちや本音を、相手に伝えることができていたら、みんなここまで悩んでないんじゃないだろうか。それぞれにいろいろな性格で、いろいろな考えをもつ、全てが別の人間同士。
10ペア10色、本当にさまざまな形や正解がありそうだけれど、どんな形にせよ、どちらか一人だけが悩みを抱え込んで我慢したり、不安に思ったりしてしまっているのが、とても辛くて悲しいことだな、と感じた。
本音を話し合える関係性を保ち続けるのって、簡単なことじゃないんだな。
どういう結論になるとしても、2人で答えを探し出していける夫婦になりたい。より一層、自分の夫への気持ちも確信した。
記事公開後、夫がかけてくれたひと言
「この前の記事、公開されたよ。すごく読んでもらえてるみたい」
子どもたちの寝静まった深夜、パソコン作業をしている時にちょうど帰宅した夫に、話しかけてみた。
「!!……そうなんだ」
ぎくっとしているように見えた。
いつもなら「読んでどう思ったの? なんで言わないの? 私がどれだけ勇気を出したか、ちっとも考えてくれないんだね?」と問い詰めていたかもしれない。けれど、それはもうやめる。結論や返答を絶対に急かさないと決めていた。
「うん」
それだけ言って、パソコン作業に戻った。
夫は、カバンを片付け、手洗いうがいをして、こたつに入ってテレビをつけた。
やっぱり返事はなしか。
しばらくしてテレビを消したので、そろそろ「お風呂入ってくるね」と立ち上がりながら言うんだろうな、と思ったその時、黙ってノソッと立ち上がってこちらへ来た。
少しオドオドしながら、私の目を見て「大丈夫だから」と、夫は言った。
そして真っ赤な顔をして「お風呂入ってくるね」と言って、そそくさとお風呂に行った。
お風呂から出てきたら、もういつも通りの夫だった。
照れ臭くても、ちゃんと気持ちを伝えよう
あの「大丈夫だから」は、私には「心配しなくて大丈夫だから」と聞こえた。
「好きだよ」「付き合おう」「結婚しよう」などと、一度も口にしたことのない夫が、精一杯、私の手紙に応えてくれたのだと思うことにした。
もしかしたら、気持ちを言葉にできない夫が、仕事の帰りにたまに買ってきてくれるケーキやグミが、パソコン作業中に肩を回していると肩揉みをしてくれたりすることが、「君を大切に思ってるよ」という言葉の代わりなのかもしれない。
だとしたら、もう十分、大切に思ってもらえている。
これからは照れくさくても、その行動にちゃんと感謝しよう。子どもたちが寝たあとや学校に行ったあとに2人きりになると、気まずくなって仕事に専念するフリをして会話を拒否したり、肩揉みから咄嗟に逃げたりするのもやめよう。
体が勝手に逃げちゃうけれど、その時は「恥ずかしくて、逃げちゃった。本当は嬉しいよ」とちゃんと伝えよう。
不安に思っても、その気持ちを伝えよう。そして、夫がゆっくり気持ちを辿る過程を、一緒に待つことにしよう。
読んでくださった方へ
読んでくださった方から「このあとどうなったんですか?」「これからどうするんですか?」「セックスは諦めるんですか?」などの質問をいただいた。その質問に即答できなくて心苦しいけれど、今の私は「ゆっくり待つ」、そう考えることにしました。
この先、私たちのセックスレスがどうなるのかは今のところわからないけれど、相手は、まだこの先、長い時間をともに過ごす大切な人です。出会ったときのように、不安な気持ちも、嬉しい気持ちも素直に伝え合えるような関係性を、ゼロからのつもりで、作り直したいと思っています。
その先に、もしかしたらまた違う気持ちが出てくるかもしれない。それでも、その時にも、ちゃんと本音で話し合って、2人の答えが出せるようになっているといいな、と思っています。
おしまい。