3月8日は「国際女性デー」。ミモザの花を贈り合う習慣から、イタリア語で「La Festa della Donna(女性の祭典)」とも呼ばれるこの日。

SNSで目にしたり、「なんとなく聞いたことはあるけど、どんな日なの?」という方も多いのではないでしょうか。

今回は、国際女性デーの成り立ちと、日本における女性の権利獲得の歴史、そして「カラダの権利」にまつわるSRHRの出来事を振り返ります。

「国際女性デー」とは?

国際女性デーは、1975年に国連が制定した、女性の権利向上と社会参加の促進を目的とした国際的な記念日です。

国際女性デー制定までにも女性の権利向上を目指した動きがありました。

1908年、アメリカ・ニューヨークで、劣悪な労働環境の改善と参政権を求めた女性労働者たちがデモ行進を実施。

1910年、デンマーク・コペンハーゲンで開催された国際女性会議で、ドイツの活動家クララ・ツェトキンが「毎年1日、女性の権利のための記念日を設けよう」と提唱。

翌年の1911年3月19日、ヨーロッパ各地で初めて国際女性デーが祝われました。

1917年、国際女性デーにあたる日にロシアの女性労働者たちが起こしたストライキとデモが、帝政ロシアを崩壊させる二月革命の引き金になりました。

そして、1975年、国連が3月8日を「国際女性デー」と正式に制定しました。

現在では、国際女性デーを知る人も増えてきていますが、この日が世界で知られるようになるまでには、多くの女性たちの声が歴史を動かした過去があります。

そして、国際女性デーは、「ミモザの日」としても知られています。

これは、イタリアで、国際女性デーに男性から女性にミモザの花を贈る習慣から命名されています。パートナーにだけでなく、家族、友人、同僚の女性に感謝を込めて贈られています。

2026年の国際女性デーのテーマは「Rights. Justice. Action. For ALL Women and Girls」

UN Women(国連女性機関)が掲げる2026年の国際女性デーのテーマは

「Rights. Justice. Action. For ALL Women and Girls」
権利。正義。行動。すべての女性と女の子のために。
UN Women, International Women’s Day 2026

このテーマは、法律上の不平等や差別的な慣行など、女性と女の子が平等な正義にアクセスする上での構造的な壁を壊すことを呼びかけています。

世界では女性が持つ法的権利は男性の64%にとどまり、このペースで進めば法的保護のギャップを埋めるのに286年かかるとも言われています。

2026年は、国連の女性の地位委員会(CSW70)の第70回会期とも重なり、「すべての女性と女の子への平等な司法アクセスの確保と強化」が主要テーマとして議論される年でもあります。

日本における女性の権利獲得の歴史

UnsplashNational Museum of Denmarkが撮影した写真

「国際女性デー」とともに振り返りたいのが、日本の歴史です。日本における女性を取り巻く環境にはどんな変化があったのでしょうか?

主な出来事を振り返ります。

1920年代〜戦前:「婦人参政権」を求める声が高まる

1920年、平塚らいてう、市川房枝らが「新婦人協会」を設立。

当時は、女性が政治集会に参加することや、結社を組織することが「治安警察法第5条」で禁じられていた時代です。

彼女たちは、その法律を改正するため、参政権獲得に向けた第一歩として、集会の自由を取り戻す運動を展開しました。

1922年、女性の政治集会への参加を認める法改正を実現。戦前に女性参政権の獲得は実現しなかったものの、「集会の自由」を勝ち取ったことは、大きな一歩となりました。

1945年:女性参政権の獲得

終戦後の1945年12月、女性参政権が認められました。翌1946年4月に行われた戦後初の衆議院選挙では、女性議員が39名誕生しました。

1985年:男女雇用機会均等法の成立

職場における男女差別を禁止した「男女雇用機会均等法」が成立。女性が職場で平等に扱われるための法整備が進み始めます。

しかし、当初は罰則規定がなく実効性への課題が残っていました。

1999年:男女共同参画社会基本法の成立

性別に関わらず男女が対等な立場で個性と能力を発揮し、共に責任を担う「男女共同参画社会」の実現を目指す基本法が成立。行政レベルでのジェンダー平等への取り組みが本格化しました。

日本におけるカラダの権利をめぐる出来事:SRHRの歴史

UnsplashBecca Tapertが撮影した写真

女性の権利とともに忘れてはいけないのが「自分のカラダについて自分で決める権利」、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)です。

日本におけるSRHRにまつわる歴史はどうなっているのでしょうか?

1948年:優生保護法の成立

戦後1948年に成立した優生保護法は、障害者や特定の疾患を持つ人々に対する強制不妊手術を合法化するものでした。

この法律は、戦後の混乱期における人口増加への対策と、遺伝的見地から「不良な子孫の出生を防止する」という優生思想に基づいて制定されました。1996年まで存続し、障害や疾患を理由に不妊手術を受けた人は約2万5千人、そのうち本人同意のない手術は約1万6千件にのぼるとされています。

1996年、優生保護法は改正されて母体保護法となり、優生条項は削除されました。しかし、被害者への救済は長らく行われませんでした。2019年には、強制不妊手術の被害者に対する一時金の支給を定めた法律が成立し、国による謝罪と補償が制度として整えられました。

さらに、2024年7月の最高裁判決を受け、より手厚い補償金を定めた新法「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律」(以下「補償法」)が同年10月に成立しました。

しかしながら、1996年に優生保護法を改正して成立した母体保護法には、中絶における「配偶者の同意」要件など、身体の自己決定権との関係で議論が続く条項も残されています。法改正を求める活動は現在も続いています。

1999年:経口避妊薬(ピル)の解禁

先進国の中で最も遅い部類に入る1999年、日本でようやく低用量ピルが承認され、保険適用外ではあるものの解禁されました。

経口避妊薬は申請から承認まで40年以上かかった一方、同年バイアグラ(ED治療薬)はわずか6ヶ月で承認。

この承認スピードの差から「女性のカラダの権利への向き合い方の問題では」と大きな議論を呼びました。

2002年:「はどめ規定」が全国の学校で実施される

1998年度の学習指導要領改訂で盛り込まれ、2002年度から全国の小中学校で実施されたのが、いわゆる「はどめ規定」です。

小学校理科では「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」、中学校保健体育では「妊娠の経過は取り扱わないものとする」という記述が設けられ、現場では「性交を教えてはならない」と受け取られてきました。

文科省は「禁止する趣旨ではない」としながらも、実際には性教育の萎縮につながっているとして、長年にわたって多くの教育者や市民団体から撤廃を求める声が上がり続けています。

2027年は、学習指導要領が10年に一度改定される年であり、2025年11月には教員や専門家らによる団体一般社団法人「“人間と性”教育研究協議会」(性教協)などが「はどめ規定」の撤廃を求める署名、4万2759筆を文部科学省に提出しています。

日本における性教育、はどめ規定の現状については以下の記事もご参考ください。

「お風呂で妊娠するの?」性教育“はどめ規定”の現状とは

2023年:刑法改正——性交同意年齢が引き上げられる

2023年7月13日、性犯罪規定を見直す改正刑法が施行されました。その大きな変化のひとつが、1907年の刑法改正以来115年以上にわたって「13歳」とされていた性的同意年齢が「16歳」に引き上げられたことです。

また、罪名も「強制性交等罪」から「不同意性交等罪」へと改められ、暴行・脅迫がなくても「同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態」で行われた性的行為が処罰の対象になりました。被害者たちや支援者が長年声を上げ続けてきた結果の大きな前進です。

2023年:経口中絶薬の承認

2023年4月、国内初の経口妊娠中絶薬「メフィーゴパック」が厚生労働省に承認され、翌月から取り扱いが始まりました。諸外国から20年以上遅れての使用開始となりました。

フランスや中国では1988年に承認されており、世界で初めて承認されてから日本での承認まで35年かかったことになります。

中絶における手術以外の選択肢がようやく生まれた一方、中絶における自己負担額の課題は残っています。

参考記事:「経口中絶薬」と手術による体の負担は?メリット、デメリット、費用について産婦人科医に聞きました

2023年:緊急避妊薬の試験販売スタート

望まない妊娠を防ぐための緊急避妊薬(アフターピル)は、長年「医師の処方箋が必要」とされてきました。

世界の多くの国では薬局で購入できるにもかかわらず、日本では長くアクセスの壁がありました。2017年から検討が開始され、2023年11月、薬局における緊急避妊薬の試験販売が開始されました。

緊急避妊薬の市販化が承認されるまでの経緯や詳細は以下の記事もご覧ください。

緊急避妊薬の市販化へ — 厚労省部会が承認

2026年2月:緊急避妊薬の市販化、スタート

試験販売から2年以上の検討・検証を経て、2026年2月2日、日本で初めてとなるOTC緊急避妊薬「ノルレボ」(要指導医薬品)が、一定の基準をクリアした薬局・ドラッグストアで購入できるようになりました。

医師の処方箋なしで購入できるようになったのは大きな一歩ですが、取り扱い薬局はまだ限られており、薬剤師との面談・その場での服用が条件とされるなど、権利面での課題、自己負担額の課題も残ります。

参考記事:緊急避妊薬(アフターピル)、薬局で販売開始。購入条件と服用までの流れは?

「権利」は知ることから始まる

UnsplashNoorulabdeen Ahmadが撮影した写真

振り返ると、今ある「当たり前」は、先人たちが声を上げ、行動してきた結果だということが分かります。

参政権も、ピルの選択肢も、緊急避妊薬の市販化も——すべて誰かが諦めずに動き続けたから実現したことです。

同時に、性教育「はどめ規定」の撤廃や、緊急避妊薬が購入できる薬局の拡大など、まだまだ変わっていないことも、たくさんあります。

国際女性デーは、そんな歴史を知り、今の自分のカラダや権利について考え直したり、対話したりするきっかけになる日でもあると思います。

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個々人がカラダを理解し、対話するきっかけになれたらと性教育パペット「ばあばるば」を、おばあちゃんたちと企画製作しています。

「ばあばるば」では、売り上げの一部をFGM根絶の活動団体に寄付しています。

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