日本で初めて経口中絶薬の使用が承認されました。

厚生労働省は、経口人工妊娠中絶薬「メフィーゴパック(一般名:ミフェプリストン/ミソプロストール)」を国内で初めて承認することを発表し、ホームページで正式に適正使用について公開しました。

承認にあたっては、国内では妊娠9週までの妊婦を対象としており、医師による服用管理、流通・使用管理、正しい情報提供を行うことを前提として、慎重に導入を進めてきました。

経口中絶薬をめぐっては、募集したパブリックコメントが約1万2千件集まるなど人々の関心が高く、SNS等でもさまざまな声が飛び交っています。

これまで日本で行われてきた中絶手術も含めた、経口中絶薬による処置のメリットとデメリット、費用についてなど、産婦人科医の稲葉可奈子さんにくわしく聞きました。

中絶薬でも「ラクに中絶できるわけではない」

写真提供:ラインファーマ株式会社/写真は、カナダで発売されているミフェプリストン200mg錠(1錠)とミソプロストール20μg錠(4錠)

ーー これから経口中絶薬が導入されるにあたって、医療側の受け入れ体制や患者側としてどのような課題があると感じますか?

稲葉可奈子さん(以下、稲葉):経口中絶薬がどのような薬であるかを患者ひとりひとりが理解したうえで選択できることが大事です。経口中絶薬が実態よりも負担が軽いように報じられているため「簡単に中絶できると思ったのにこんなはずではなかった…」と女性が苦しむことのないように、正しい情報を届ける必要があると感じます。

これから経口中絶薬が日本ではじめて使われることになります。どの程度の痛みや出血が生じるかは個人差があります。産婦人科学会が、服用患者の入院または外来による「院内待機」を必須にする方針を示していますが、はじめは院内待機での運用となるのは理にかなっていると思います。

ーー WHO(世界保健機関)は、これまで日本で広く行われてきた「そうは法」による手術は子宮内膜を傷つけ、強い痛みや出血をともなうとして、吸引法や中絶薬を用いた治療を推奨しています。それぞれの方法のメリットやデメリットがあれば教えていただきたいです。

稲葉:そうは法と吸引法の手術は、麻酔下で行われ短時間で処置が終わり、術後の痛みには鎮痛剤が使えます。

「そうは法は危険」とよく言われますが、一概にそうとは言えません。出血は吸引法の方が多いですし、そうは法による手術だから強い痛みや出血がある、という認識は違います。海外と日本の状況も異なります。

ただ子宮筋層(子宮内膜に接する部分)の損傷リスクという点においては、吸引法の方が安全なので日本でも吸引法が主流になってきています。

一方、経口中絶薬は、意識がある状態で、痛みや出血、妊娠組織が出てくることと向き合わなければなりません。手術よりも心身ともに負担が軽い、という表現を記事でよく見かけますが、事実と異なります。

ーー 「中絶薬は手術よりも心身ともに負担が軽い」というのはWHOが示している見解ですが、実際日本では状況が異なるのでしょうか?

稲葉:日本の手術は海外よりも丁寧に、かつ衛生的に行われているので、感染含めた合併症リスクが低いです。WHOの見解は発展途上国も含めた指針なので、全ての国に最適に当てはまるとは限りません。

ーー 経口中絶薬を用いる場合、具体的にどのような痛みや体の負担がありますか?
稲葉:治験では、12人に1人は人生で経験したことのないほどの痛みがあり、15人に1人は750ml以上の出血がありました。これは一般的な出産よりも多い出血量です。

約10万円かかる医療費の課題は?

ーー 経口中絶薬の医療費について「薬が5万円、診察料を合わせると10万円程度」との見通しを産婦人科学会が示しています。SNS等でさまざまな声が上がっていますが、稲葉先生のご見解を伺えますでしょうか?

稲葉:薬の開発にも、安全な医療の提供にもそれなりのコストがかかり、しかも中絶薬は、飲めば終わりではありません。本当に必要な議論は中絶や避妊や妊娠が自費であることの是非。求めるのは「薬を安く」ではなく「自己負担を軽く」するということではないでしょうか。

ーー 諸外国では、自己負担のない国もあり、カナダやオーストラリアでは4万円程度であるとの報道もあります。

稲葉:諸外国で自己負担がないのは、助成や保険などによる制度があるからです。もともとの価格の違いとしては、国によって薬の卸値が違いますし、外来か院内待機かによってもコストが異なります。一般的に他国の医療は日本ほど手厚くはありません。

ーー 最後に、さまざまな課題があるとはいえ、経口中絶薬というひとつの選択肢が増えたことについて、稲葉先生のお考えを教えてください。

稲葉:世界標準の選択肢が日本でも選択できるようになることはウエルカムです。ちゃんと理解した上で選択してもらえるように正確な情報発信が大事です。

選択肢が増えても中絶しないで済むにこしたことはないので、避妊法の認知向上や負担軽減も重要です。この機会に包括的性教育が進むことを願っています。

監修者プロフィール

医師・医学博士・産婦人科専門医

稲葉可奈子

京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、大学病院や市中病院での研修を経て、現在は関東中央病院産婦人科勤務、四児の母。子宮頸がんの予防や性教育など、正確な医学情報の効果的な発信を模索中。みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト 代表 / コロワくんサポーターズ / メディカルフェムテックコンソーシアム 副代表 / 予防医療普及協会 顧問 / NewsPicksプロピッカー

経口中絶薬「メフィーゴパック」とは?

写真提供:ラインファーマ株式会社/写真は、カナダで発売されているミフェプリストン及びミソプロストールのコンビパック

メフィーゴパックは、ミフェプリストン錠とミソプロストールバッカル錠から構成されるパック製剤。

ミフェプリストン錠1錠を経口投与したのち、36~48時間後の状態に応じてミソプロストールバッカル錠4錠を左右の臼歯の歯茎と頬の間に2錠ずつ30分間静置して服用します(口腔内に錠剤が残った場合は飲み込む)。

メフィーゴパックを提供するラインファーマ株式会社は、メフィーゴパックの臨床試験について次のように説明しています。

このたびの承認は、妊娠63日(9週0日)以下の18歳から45歳の女性120人を対象にした国内第Ⅲ

相臨床試験結果に基づくものです。投与後24時間以内の人工妊娠中絶が成功した被験者の割合は 93.3%(95%CI: 87.3-97.1%)で、ミフェプリストンとミソプロストールの順次投与による人工妊娠中絶に対する有効性が確認されました。また、観察された有害事象のほとんどは軽度又は中等度であり、安全性プロファイルは認容できるものでした。

(ラインファーマ株式会社のプレスリリースより)

日本では、女性は中絶する前に「配偶者の同意を得る」必要があります。これに対しては、撤廃を望む声も多くあがっています。

正しい知識をもとに、より安全な中絶方法にアクセスでき、また妊娠している本人が出産する・しないを選べるような社会の実現に向けた議論が重要です。

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