
「アイドルはトイレに行かない」もいまは昔。
アイドルに対する希望的イメージが先行する時代は終わり、アイドルや芸能人も生理を話題にできる時代がきています。
今回は、300人のアイドルを担当した振付師・竹中夏海さんが「アイドルと生理」をテーマに綴ります。

私が女性アイドルの振り付けを担当し始めた頃、教え子がライヴ直後に倒れた。重すぎる生理痛が原因だという。何曲も歌って踊るのはどんなにつらかっただろうと、楽屋でうずくまる彼女の腰を私はさすってあげることしかできなかった。
レッスンで教え子たちは大抵無防備だ。ノーメイクにマスクで汗だくになって踊る彼女たちの体調の変化は、ステージで見るよりもダイレクトに伝わってくる。身体の不調について相談を受けることも多い。そんなとき、私はどこまで的確なアドバイスをしてあげてこられたのだろうか。
根性論では片付けられない生理現象
アイドルの体重の増加や肌荒れに対し、「自己管理ができていない」「意識が低い」と心ない非難をする人が一部いるが、果たして本当にそうだろうか。
「自己責任」と突き放せば、当事者以外はその問題について深く考えることを放棄できる。もっと想像力を働かせるためにも、みんなが根性論だけではどうにもならない現象の存在を知っておくことが必要だと思う。
月経には卵胞期、排卵期、黄体期、月経期という4つの周期があり、これらは女性ホルモンによって調節されている。月経開始の3〜10日前の黄体期はとくに肌荒れしやすく、脂っぽくなったりニキビが増えやすい。手足もむくみやすくなる。
これが毎月、初潮がきてから閉経するまでの約40年間続く。しかもこの症状は個人差が大きい。
アイドルによく言われる「誰々は肌がきれいなのに誰々は荒れている」というのは当然のことなのだ。人それぞれ姿形がちがうように、女性ホルモンによる影響の出方もまったく異なるからだ。
そもそも、みずから好きこのんで肌荒れさせたり身体をむくませているアイドルなんているはずがない。それでもまだ、彼女たちを「意識が低い」と責められる人なんているのだろうか。

月経周期による心身の変化については、アイドル本人たちも知っておいてほしい。知識を得るだけで、無闇に自分を責めることから解放され、気楽になれることもある。心や身体が壊れてしまう前に、生涯にわたって相談できる婦人科のパートナードクターを探し始めることも大切だ。
4人に1人が悩まされる月経困難症
これはアイドル界にかぎらず日本の社会全体に言えることでもあるが、職場で女性特有の健康課題についてはまだまだ存在しないものとされがちだ。
生理休暇(労働基準法第68条で定められた権利で「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならない」とある)自体は、じつは1947年には労働基準法に盛り込まれた制度ではあるものの、女性がキャリア進出するようになるほど、反比例するかのように取得率が下がっている。
皮肉にも「女性は寿退社して妊娠・出産をするもので、労働力の中心ではない」という考え方が浸透していた時代のほうが、休暇を申請しやすかったという事情があるのだ。

こうした状況は、労働力の中心が女性であるはずのアイドル界ですら大差はない。月経時に強い下腹部痛や腰痛などが起こり、 日常生活に支障をきたすことを月経困難症と言い、女性のおよそ 4人に1人が悩む症状とも言われている。
身体にとくに異常がないにもかかわらず、体質によって起こる機能性月経困難症は10〜20代に多く見られ、アイドルの多くが活動する年代とも重なっている。
月経周期には個人差があるものの、一般には25〜38日が正常範囲とされているため、複数のメンバーが在籍するグループならば常に誰かしらが月経期にあたることになるし、さらにそのうちの数人は月経困難症に悩まされている可能性が高い。
しかし現実にはそれを前提としてスケジュールが組まれることは稀で、たとえば激しい月経痛や経血漏れを訴えるメンバーが現れると、まるで不測の事態であるかのように現場が動揺する場面を私は何度も目にしてきた。しかし実際には、月経はけっして予測不能の体調不良ではない。
生理管理アプリでサイクルを把握しておけば、月経不順でないかぎり先々までだいたいの予想がつくし、あまりにもつらい場合には月経困難症の可能性を疑い、婦人科を受診したほうがいい。ハードなセットリストを組む前に、メンバーの体調と相談しながら調整することも可能なはずだ。
月経痛が「甘え」であるはずがない
さらに座りながらの握手会を「甘えだ」という人は業界の内外を問わず少なからずいる。けれど月経中に立ちっぱなしでいることは時に踊るよりもつらいのは私自身、身をもって経験している。多くの人にまずはその事実を知ってほしい。
こうした女性特有の不調を、環境や性格によっては本人が職場に自己申告しづらいというケースもある。とくに初潮を迎えてからの数年は周期や症状も安定しないため、10代のうちは自分の身体の変化を把握できていないことも多い。
このような世代に、女性の身体についての正しい知識を運営・マネージメントからも教えられるような環境づくりがアイドル界にもそろそろ必要ではないだろうか。
(竹中夏海 著『アイドル保健体育』より一部抜粋・再編集)
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