こんにちは。海外ドラマコラムニストの伊藤ハルカです。9月中旬に1週間ほど、年に1度の海外ドラマの祭典「エミー賞授賞式」の取材で、ロサンゼルスに行ってきました。海外の授賞式といえば、家族に両親、恋人に共演者とひたすら周りに感謝して終わるthank youスピーチが有名ですが、今年のエミー賞は違っていました。特に印象に残った3名の受賞者スピーチを通じて、ハリウッドのダイバーシティの現状についてご紹介します。
エミー賞は、海外ドラマ版のアカデミー賞
本題に入る前にエミー賞について、少し説明させてください。エミー賞とは、”アカデミー賞の海外ドラマ版”といえばわかりやすいかもしれません。アカデミー賞が、その年で一番の”映画”を決めるアワードであるのに対し、エミー賞は、その年一番の”海外ドラマ”を表彰するアワード。
ドラマだけでなく、「テレビ番組のすべて」が対象となるので、バラエティ番組にトークショー、リアリティショーも含まれます。非常に多くの番組が対象となり、出演者はもちろん、監督、脚本家、衣装担当にメイク担当など、その番組に携わったすべての関係者が一堂に会するため、アワードは3日に分かれて大々的に行われます。
私は、「プライムタイム」と呼ばれる、ゴールデンタイムに放送される番組を対象にするメインの授賞式に参加してきました。「プライムタイム・エミー賞」とも呼ばれるのですが、今はNetflixにAmazon Prime Video、Huluなど配信系サービスのノミネーションも多く、”プライムタイムに放送”という概念がなくなってきたので、シンプルに「エミー賞」と言ってしまうことが多いですね。
海外ドラマコラムニストとして、一年の総決算であるエミー賞を取材できることは、非常に感慨深く、興奮するものでもあります。仕事と言いながらも、がんばった自分へのご褒美的な感覚もありました。2017年より私も現地取材をしているのですが、2018年は次女の出産時期とかぶり取材にいけず、今回は2年越しの取材となります。
エミー賞とダイバーシティはきってもきれない深い関係
”ダイバーシティ”は、使い古されたような気がしているのですが、毎年常識を覆すこのアワードを見ると、やはりこの言葉を使わずにはいられません。
2016年のアカデミー賞では、ノミネートされる俳優がアメリカ系ばかりだったため、「白すぎるオスカー」と問題になりました。2017年には「#Me Too」問題が勃発。モデル・俳優らが過去に受けたセクハラを暴露し、多くの有名プロデューサーや俳優が引退や番組降板に追い込まれました。
同じ映画に主演しても、女性俳優のギャラが男性俳優の半分以下である、男女格差も根強く残ったり。時代の最先端をいくはずのハリウッドですが、蓋を開けてみると、あらゆる局面で”差別”が浮上。エンタメ業界にとっては激動の数年でした。
それらの問題を払拭するかのように、海外ドラマ界ではダイバーシティが猛スピードで推し進められています。私が参加した2017年は、ちょうどドナルド・トランプ氏が大統領に就任したばかりだったので、”アンチトランプ”一色でした。移民政策など白人至上主義を掲げ、よそ者を追い出そうとする考えに真っ向から反発。司会者や受賞者がスピーチでこぞって大統領を批判して、参加者から賛同を得ていました。
毎年どんなテーマでアワードが開催されるのか注目が集まるのですが、ここ数年の隠れテーマになっているのが、まさに”ダイバーシティ”。毎年いかにして、ダイバーシティの輪を広げて、開かれたエミーを実感してもらうかが主催者側のミッションにもなっています。
アフリカ系やアジア系が初ノミネートや受賞する時代はとっくに過ぎ、男性ファーストの時代にもようやくピリオドが見え始め、今年はどういう景色を見せてくれるのか。今年のエミー賞を代表する3名の受賞者スピーチを紹介することで、それを説明したいと思います。
真実を語るのをやめないで!トランスアクターとして史上初の受賞。『POSE』のビリー・ポーター
アカデミー賞でタキシードドレスを着たことでも話題のビリー・ポーター。ボールカルチャーと呼ばれる80年代のLGBTQショービジネスの裏側を描く社会派ドラマ『POSE』に、LGBTQに悩む若い子たちを励まし、育成する監督役として主演しています。受賞を受けた瞬間は、大興奮!嬉しさを噛み締めながら美しく、こうまとめました。
「自分が生きている間にこんな日が訪れたことに感動しています。自分には権利がある。あなたにも権利がある。私たちみんなに権利があるのです。僕たちアーティストは、この地球上に暮らす人たちの考え方や感じ方の分子構造に影響を与えることができます。だからやめないでください。それをやり続けるのを。そして真実を語るのをやめないでください」(ビリー・ポーター)
『POSE』で製作総指揮を務めるライアン・マーフィーも同性愛者。この作品を発表する際、「ストレートの男性がトランスジェンダー役を演じる時代はもう終わり」と宣言しています。そして、ハリウッドで働きたいと思いながらなかなかチャンスが得られない人々に、より多くの機会を提供する時期だと、全米で半年間にも渡る大規模オーデションを開催。50名以上のトランスジェンダーのアクター(トランスアクター)を起用したことで話題になりました。
少し前までは、トランスアクターが役を得ることさえ難しかったのに、今年は史上初のエミー賞受賞。それも自分自身を思いのまま表現した作品で。ビリー・ポーターの受賞は、きっと俳優を目指す多くのトランスアクターたちの希望となったことでしょう。会場ではスタンディングオベーションが起こり、拍手が鳴りやみませんでした。
有色人種の女性は、白人男性が1ドルを稼ぐのに対し、52セントしかもらっていない。『Fosse/Verdon』のミシェル・ウィリアムズ
巨匠トニー・フォッシーと妻でビジネスパートナーのグウェン・ヴァードンの半生を華やかで厳かに描く『Fosse/Verdon』。この作品で、ヴァードン役を熱演したミシェル・ウィリアムズが、エミー賞初受賞を果たしました。2018年に主演映画で、主演男優と自分の間に1500倍ものギャラ格差があったことを報道された彼女だからこそできる、男女格差における素晴らしいスピーチが話題になっています。
「すべてにおいて私のことをサポートし、平等にギャラを支払ってくれたFXとFOX 21に感謝します。誰かに価値を見いだすことで、その人が持つ本来の価値を引き出せることを、彼らはちゃんと理解してくれていました。この先もし女性が……とくに有色人種の女性ですね。彼女たちは白人男性が1ドルを稼ぐのに対し、たったの52セントしかもらっていません。もし彼女たちが、あなたに仕事のために必要なものを要求してきた時は、どうか彼女の声を聞き、彼女のことを信じてあげください。もしかしたら、いつか彼女があなたの目の前に立って、“健全な労働環境のおかげで成功することができた。ありがとう!”というかもしれません。“こんな労働環境だったにも関わらず”というのではなくね」(ミシェル・ウィリアムズ)
作品を成功させることが、共通のゴールだとしたら、役を最高のものにするために役者は最大限の努力をすべきだし、周囲は役者のそれを引き出せるよう協力するべきです。ミシェルは今回の作品でそれを実行できましたが、多くの女性たちはそれが叶わずにいます。そのことに切り込んだ勇気ある彼女のスピーチは、エミー賞授賞式で一番の拍手を浴びたかもしれません。
アメリカでは、採用面接の時に、年齢を聞いてはいけないことになっています。それどころか、履歴書に性別を書かないことも。年齢、人種、性別で差別をしないためです。それでも現状は、ギャラや給料に大きな格差があります。しかし、勇気を出して声をあげる女性がいることで、少しずつ変化しているのも事実。こんなスピーチをする必要がない社会に早くなるといいですね。
人種・年齢・キャリアの長さは関係ないと証明した一人の青年。『ボクらを見る目』のジャレル・ジェローム
Netflixドラマとして話題になった『ボクらを見る目』。80年代にニューヨークのセントラルパークで起こった白人女性レイプ事件。この事件で誤認逮捕された5人の青年たち(セントラルパーク・ファイブ)の収監から無実が証明されるまでの長い年月を追う衝撃のドラマです。
5人の青年のうち、4人は少年期と青年期を別の役者が演じているのですが、ジャレル・ジェロームのみ、1人で演じています。幼くパニック状態だった逮捕時と、希望のない日々に落胆する収監時。精神面でのティーンエイジャーの成長を巧みに演じたとして、多くの批評家が絶賛していました。
しかし、ジャレルがノミネートされるリミテッド部門主演男優賞は、ヒュー・グラントやサム・ロックウェルなどの大物俳優が多く名前を連ねる、今回のエミー賞の中でも特に競争率の高い部門でした。そんな中での受賞でしたので、ジャレルの名前が呼ばれた瞬間、会場中にスタンディング・オベーションが巻き起こりました。
人種、年齢、キャリアの長さは受賞には関係ないと証明された瞬間。まさか自分が受賞するとは思っていなかったようで、驚いた様子で壇上にあがったジャレルはシンプルにこう述べました。
「素晴らしい方々とノミネートされて、ぼくは場違いかとも思ったけど……母がここにきています。母がいなければここに立てなかった。キャストやクルーにも感謝。そして、何よりも、会場にも来ているセントラルパーク・ファイブの5人(冤罪被害者)。彼らを称えたい」(ジャレル・ジェローム)
その瞬間、実際に会場に来ていたセントラルパーク・ファイブがワイプで映し出され、会場は再び拍手の嵐に。スピーチ自体はとてもシンプルなものでしたが、それも彼らしい。多くの大物を背に壇上にあがり、彼よりもずっと年上でキャリアのある人の前でスピーチをする。これだけで十分すぎるほどの意味がありました。
ダイバーシティの本当のゴールは……?
以上、3名の受賞者のスピーチから見えてきたこと。それは、「ダイバーシティ」の質が変わってきていることです。今までは、人種、年齢、性別、性的指向の違いによる差別を無くすことがテーマだったのですが、今年からそれがより具体的、かつ実践的になってきたように思います。ハリウッドを代表する多くの有能プロデューサーが、作品を手がける際にトランスジェンダーに悩んだり、アフリカ系だからといって差別を受けてきた人々とより深く向き合うようになり、結果素晴らしい作品が多く登場、ノミネートされることに。そこから全くの無名俳優が受賞するという奇跡まで起こっています。
また、目には見えない、わかりづらい”差別”にも敏感になっています。例えば、一見差別とは無縁なストレートの白人女優でも、体型によって正しく評価されないこともあります。あらゆる差別の部分にまで目を向け、本当に実力のある役者や作品をフェアな視点で選ぶよう努めていると強く感じました。エミー賞の現場は、小さな小さな歩幅ですが、着実な一歩を歩みだしています。本当のゴールは、こういうスピーチをする必要がなく、感動されることもなく、私みたいなライターがタイバーシティを記事にすることさえもなくなることかなと思います。そうなった時、エミー賞が次に何をテーマにするのか楽しみではあるけれど、まだしばらくはダイバーシティが続きそうかな。