2022年7月、日本でまだまだ浸透していない概念SRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights/セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)の啓発を目指し、産婦人科医らが有志で立ち上げたプロジェクト「みんリプ」。

SRHRとは、性と生殖に関する健康と権利。つまり、性と生殖に関わる身体面、精神面、社会面におけるすべてが満たされている状態であり、誰もが生まれながらにして持つ重要な権利です。

みんリプ公式サイトより

これらSRHRはだれもが生まれながらに持つべき権利ですが、今の日本ではそれが実現できているとは言えません。SRHRという概念すら、まだまだ知られていないのが現状です。

 1人ひとりが心身ともに満たされた状態で幸せに、活き活きと生涯を過ごせるためには、1人ひとりがSRHRを知り、享受できる社会である必要があります。

 だれもが思春期から自分の体と健康について知識を得て、選択肢について知る。

その上で、からだの自己決定権を持つ。産婦人科医がそのお手伝いをできるような環境整備を行っていく必要があります。

みんリプ公式サイトより

同プロジェクトでは「包括的性教育の推進ユースクリニック設置」、「医薬連携による緊急避妊薬OTC化」、「思春期からのかかりつけ産婦人科推進」、「月経困難症治療避妊薬の普及」、「更年期以降も健康で快適な生活の実現」の5つを目標に掲げて活動をするという。

みんリプの立ち上げ人の1人、産婦人科医の宋美玄先生に話を聞いた。

ーー SRHRを普及するためのプロジェクト「みんリプ」を設立することになった経緯を教えてください

様々な経緯がありますが、一つは、アフターピルのOTC化が進んでいないように見えることです。

私自身、産婦人科医としても、どういう活動をしていけばこの議論が前進するのか様々な専門家や団体の人たちに相談していました。

話を聞けば、どの団体の方々もみんな「アフターピルへのアクセスをよくしたい」と思っているんですよね。

しかし、早くOTCを前進させたい世論と反対している産婦人科学会が、対立構造に見えるような報道がされることもある。

そこにはさまざまな背景があります。性暴力の被害者救済のために尽力されている先生は、実際にアフターピルの悪用を経験されている現場の声を聞いていることもあり慎重になります。

ーー 目指す先は同じはずなのにと。

個人的には、どの議論もセクシャル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツに関わる話であり、アフターピルをOTC化するにせよ、薬局と医療機関が連携せずして、女性のリプロダクティブ・ヘルスは実現しないと思っています。

ただ、日々の情報や診療においても、それぞれの問題はリプロダクティブ・ヘルスにまつわることだが、国の制度はSRHRを普及する制度になっていないため、アフターピルをはじめとして実現されていない問題がたくさんある。

ーー SRHRの普及。この言葉自体を知る機会もあまりないように感じます。

そうですね、日本には「SRHR」の概念がまだ認知されていないですよね。「健康のため」や「女性のため」に多くの選択肢があった方がいいとは思っているけれど、根っこの部分のSRHRの概念については習わないんですよね。

国内の様々な女性の健康にまつわる議論や事件を通じて、世の中にあるイシューが報道されます。そして世論が興味を持ち、怒りを感じたり、意見を話し合ったりする。

でも、その問題の根っこは全て同じでSRHRの普及が遅れているということですが、そこまで理解されていない印象もある。だからこそ、SRHRを啓発していく必要があると思っています。

産婦人科医は、SRHRを実現していく上でも欠かせない診療機関だと思っているので、一緒にお手伝いする立場だということも発信していきたいです。

どれもこれもSRHRが足りていないからだ

ーー 有志の産婦人科医の方を募っています。反響はどうですか?

現在、50名近くの産婦人科医が賛同してくれています。みんリプのサイトでリストを順次更新しています。

SRHRについて知れば知るほど、自分の体を守るための選択肢を知ることになります。そして、自分の健康における自己決定権を行使する際には、産婦人科医にかかる必要が出てきます。

SRHRの概念や知識がないと、自分の体に不快感を感じていてもどこに行けばいいかわからなかったり、我慢したり。産婦人科医を縁遠く感じてしまうこともあるかもしれません。

だからこそ、今回のプロジェクトでは、SRHRを大切にしている産婦人科医などを見える化して、産婦人科医院の敷居を下げたいと思ったんです。

ーー 医師にも様々なご意見の方がいらっしゃいます。医師はSRHRについて学ぶ機会があるんでしょうか?

きちんと学ぶ機会はほとんどないんですが、一昨年に日本産科婦人科学会がとった会員向けアンケートでは、リプロダクティブ・ヘルスという言葉は9割以上の医師が知っていました。

もちろん、言葉自体は知っていても、本当の意味で理解しているのかどうかわからない医師もいるとは思います。

ただ、3年前に日本産科婦人科学会はリプロダクティブ・ヘルス普及推進委員会を設立し、学会の医師会員向けに情報を配信するなど、リプロダクティブ・ヘルスの普及を目指す動きをしています。

ーー 業界としても裾野を広げていきたいと考えていると。

そうですね。そして私たち「みんリプ」では、一般の方、とりわけメディアの方向けに発信したいと思っています。

メディアにおいては、何か情報を発信する際に、イシューを点として報道するのではなく、この議論はSRHRにまつわる話であるということを意識してもらえたらと思っています。

もちろん、私たち産婦人科医の業界がもっと尽力しなければならない点もあります。産婦人科医の中には、心ない人もいるかもしれませんし、理解が及んでいない人もいるかもしれません。

ですが、ようやく旧統一教会の性教育の問題が報道され、これまでいかにSRHRが阻まれてきたかを知る機会が出てきた。

だからこそ、産婦人科医が個々人と近い立場にいられれば、一人ひとりのSRHRが実現すると信じて活動しています。

人間教育がすっぽり抜けた日本の性教育

Photo by Reproductive Health Supplies Coalition on Unsplash

ーー 様々な障壁がありますが、とりわけ日本においてSRHRが進まないのはなぜだと思いますか?

一番は性教育が十分ではないからです。

まず、学校で「自分の体のことを自分で決める権利がある」ということを学びません。

体のつくりや避妊法などは学ぶかもしれませんが、「避妊や中絶は私たちの人権の一部である」ということまでは学ばないですよね。

中絶、避妊にアクセスするまでが人権の一部だということを教わっていないと、望まない妊娠をした際にも女性が自分の体を管理できていなかったからだ、自己責任だと捉えられてしまいかねない。

どれも、きちんとした性教育がすべての人にインストールされていないことが原因ですよね。

ーー 身体の話だけでなく、SRHRをはじめとして、人権を含めた包括的な性教育ということですね。

そうです。日本では包括的性教育は足りていないことばかりです。体の作りは習っても人権や関係性、性的同意の話などは不十分ですよね。

包括的性教育は、基本的には人間教育なんです。人間同士の関係性や暴力からの排除など、性以外の項目がとても多いんです。それが全般的に足りていないですよね。

「権利」を守るための公費助成を

Photo by Scott Graham on Unsplash

ーー 包括的な性教育が十分ではない状態で、SRHRを普及させていくには様々なハードルがありそうですね。

SRHRという言葉自体も90年代にできた概念だと思うので、産婦人科医側でも昔の感覚のまま、患者自身ではなく「自分たち医師が女性の体や健康を管理している」と思っている医師もまだまだいるかもしれません。

そうすると、医師が生理痛の患者さんに対して、早く子供を産みなさいとか、中絶をしようとしている患者さんに対して説教をしてしまったりすることもあるわけです。

誰しも昔得た感覚は簡単にはアップデートされません。SRHRが進まない原因の一端は私たち産婦人科医の業界にもあると思っています。

あとは、国の健康保険制度以外に医療費を補助する制度があまりないことも挙げられます。

乳幼児医療費助成制度や生活保護の制度はありますが、SRHRのために必要な医療は、原則として健康保険か全額自費診療しかありません。

現状の日本では、中絶、避妊、出産が保険診療から外れているため全額自費診療になってしまう(健康保険の制度においては「出産育児一時金」、「出産手当金」の支給があり)。

例えばフランスのように、SRHRのための制度で公費を使うなどしていかないと本質的な普及は厳しいんじゃないかと思っています。保険適用にしたらいいんじゃないかという話も出てきますが、保険適用にしても3割は負担させられてしまいます。

私はみんなで病気を支え合う健康保険制度ではなく、権利を守るための別の公費助成が必要だと考えています。

ーー 当たり前にアクセスできるようにするために、国に対しても陳情していくんですね。

若い子たちが無料で性にまつわる相談ができる「ユースクリニック」などもそうです。

まずは、ユースクリニックという言葉を聞いたことがある人を増やしていくことが大事だと思っていますし、実際に説明をしなくてもわかってくれる人が増えてきています。

若い子たちの相談を受け付けるユースクリニックも増えてきているようですが、ユースクリニックでは相談だけでなく検査と処方ができないと意味がないと思っています。

医療機関や民間企業が自費で率先していくのもいいが、結局困るのは費用の部分。国や自治体がきちんと準備していくことが大切だと思っています。

ーー 最後に私たち一人ひとりができることは何があるでしょうか?

まずは、知ることです。みんなで知ることが大切です。いろんなイシューがSRHRの概念に基づくものなので、気づくことを積み重ねてほしいと思います。

諸外国において、SRHRの言葉が一般的にどれほど普及しているかはわかりかねますが、例えば「Bodily Autonomy(ボディリーオートミー)」という言葉などもよく使われます。体の自己決定権という意味です。

私たちはSNSではハッシュタグ「#からだの自己決定権」をつけて発信したり、メディアを通じての啓発からスタートさせます。今後はSRHRサミットなども実施していきたいと考えています。

「人権」という言葉は難しくて使いたくない人もいるかもしれないけれど、基本的人権はどの立場においても大切だと考えています。

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