「ヘアドネーションをしました」というSNSの投稿や報道とともに増え続ける髪の毛の寄付数。しかし、ヘアドネーション事業を撤退する団体も増えているという。

「ヘアドネーションという活動がなくなることが私たちの目標です」

そう語るのは、ヘアドネーション団体 NPO法人 JHD&C(ジャーダック)代表理事渡辺貴一さんだ。

前編では、ヘアドネーションがもたらす「善意の差別」について話を聞いた。後編では、ヘアドネーションがトレンドのように広がることへの危惧と、ヘアドネーション事業の実情について話を聞いた。

前編:ヘアドネーションという罪。「いいこと」がもたらす社会の歪みについて

渡辺貴一さん。ジャーダックでは小児がんや脱毛症などで髪の毛がない18歳以下の子どもたちに対して無償でヘアウィッグを提供している

ーー 前編ではヘアドネーションが広がるほど、髪の毛がない人を傷つけてしまう可能性があるというお話でしたが、とても難しい問題ですよね。

私たちが実施したアンケートでも、単純に髪を渡しただけという人もいましたが、純粋に「社会に役立ちたい」という声も多かったです。正直、私自身も理解が及んでいませんでした。

難しいですよね。社会に役立ちたいとヘアドネーションを手段として選ぶんですが、マイノリティーとしてウィッグを着けないと生きづらさを感じる人たちが誰の目を気にしているかというと、結局、マジョリティーの目なんですよ。

ヘアドネーションのドナーは100%マジョリティーです。誰かのためにと思っている側の無意識の差別で、この人たちは生きづらさを感じているのではないかと。

ただ、純粋に髪を提供してくださる人たちに、その責任はありませんし、そもそも私たちがこの活動をしているから送ってきてくれている。

だからこそ、私たち団体が無意識の差別に1人でもいいから目を向けてもらえるような活動をしないと意味がないと思っています。

「かみのけをきったからつかってください」「かつらにしてください。ありがとう」など、髪の毛とともに提供者や子どもたちからの手紙が同封されていることも。

ーー 10周年を記念して発売した書籍「31cm」では、ヘアウィッグを提供したドナーやウィッグを受け取ったレシピエントの声など、それぞれの当事者の声が掲載されていました。

ドネーションのために髪の毛を伸ばし続けていた男の子の話や、ウィッグを外す生活をスタートした人の話もありましたよね。

自身も脱毛症の当事者で、脱毛症を社会学の観点から研究されている日本大学 文理学部 社会学科所属 吉村さやか先生が、当事者の方に密着して取材しています。

その中で、毎日身なりを気にしていた女性が、ふと、その行為がしんどくなり、エイっとウィッグを脱いでこう言ったそうです。

「女性にもはげる権利が欲しい」と。

女というだけで、見た目においてもその役割を担わされている。

これはウィッグや女性だけに限りません。男性には男性らしい役割を紐付け、女性には女性の役割を紐付けられる。そこから歪みが起きていますよね。

性別に紐付ける必要がないのに、性別に紐づいてしまうから女の子が丸坊主で歩いていると目立つし、男の子が髪の毛を伸ばすと「変わっている」と言われてしまう。

当事者たちの声を多様なイラストや写真で紹介する書籍「31cm」。タイトルである「31cm」はヘアドネーションをする際に必要な最短の長さだ。
「ウィッグをつけるのも、つけないのも、別にいいじゃん」そう語る中学生の体験談も。書籍「31cm」より。Illustration by an

髪の毛の寄付が増えてもウィッグの提供数には限界がある

ーー 現在どれくらいのウィッグがレシピエント(受け取る人)に提供されているのでしょうか?

現在年間のウィッグの申し込み数は300ほどですが、予算的に年間150個の制作が限界です。正直、私たちの活動が社会に役立っているとは決して言えない数です。

なんとか頑張って予算を増やせば、制作数を200、300にすることはできますが、制作数が増えた時には、申し込みが年間600近くになると思います。

ーー 一方で、髪の毛の寄付の数は増え続けているのでしょうか?

増えています。例えばタレントの〇〇さんがヘアドネーションしましたと報道されると、寄贈の数は一気に増えます。現在は1日に250〜300件が届いていますが、報道されると1日500件近く届くこともあります。

ジャーダックに日々送られてくるドナーの髪の毛は毎日250〜300件。髪の毛の仕分けをはじめ、ボランティアスタッフを合わせて3〜5人で作業を行なっている。
届いた髪の毛は長さごとに仕分けし、海外にある工場へ輸送されトリートメント加工される。31cm(12インチ)に達しているものはトリートメント処理ののちに事務局で保管し続けている。
31cm未満の髪の毛は、ヘアケアメーカーに評価毛として販売するなどして、ウィッグ提供費用として間接的に役立てている。「JHD&Cでは、寄付された毛髪を廃棄することは決してありません。全て大切に活用しています」

そして、ドネーションが話題になればなるほど、ウィッグの申し込み人数と待ち時間が増えていきます。

今まで髪の毛がなくても何とも思ってなかった方が、ニュースを見て「あ、ウィッグ着けたほうがいいのかな」と不安になることもあるのではないかと思います。

必ずしもウィッグを必要としない社会を目指しているはずなのに、活動が拡大すればするほど、活動の辻褄が合わなくなる。

答えがないことなので、日々悩みながら、どう進んでいくべきかを考えています。

ーー 先日実施したアンケートでは、ヘアドネーションの活動をもっと知ってもらいたいという声も多かったです。

みんなこの活動を広めたいと言うんですが、広めた結果のことまで考えが至っていない。

企業はCSRの文脈で、私たちはこの活動に力を入れていますと周知するだけであったり、それによって拡がった当事者のニーズを誰が継続的に支援し続けるのかまで考えているのでしょうか。

実際、今は髪の毛が集まっても対応しきれずヘアドネーション団体が撤退しはじめています。その結果、私たちのところに送られてくる数が増えています。

世の中の差別がなくなれば必要なくなる活動で、ないに越したことがないはずなのに、この活動をずっと続けられるように僕らは算段をしないといけなくなっている。

目的と手段が入れ替わってしまうのは本末転倒ですよね。

無意識の差別はなくならない。だからこそ、知る必要がある。

ーー ドナー(髪の毛の提供者)になにか望むことはありますか?

望むとすればきちんとホームページを読んでほしいというくらいです。

ジャーダックでは31cm以上の髪を受け付けているが、15cm以上と書いてある他団体のサイトを見て、長さが足りていない髪が送られてきてしまうことも多いそう。

あとは、職員の中に1人、脱毛症の当事者の女性がいます。思春期からずっと、学校でウィッグをどうするか、自身の脱毛症と向き合い続けてきました。

彼女は高校生のときに、ウィッグを外しても親友の態度がなにも変わらなかったことをとてもよく覚えているそうです。

ウィッグでは水泳の授業が受けられないので、夏休みの補習に行く際も「暇だから一緒に行くわ」とついてきてくれた。

彼女はのちに、その感謝の気持ちを親友に伝えたら「そんなことあったっけ?」という反応だったそうです。

腫れ物に触らないようにすることもなく、変わらない態度で接してくれる人が1人でも増えていけばうれしいと言っています。

書籍「31cm」より。スキンヘッドも自分らしさを表現する一つの選択肢として活動するジャーダック・ウィッグアドバイザーの女性。Photo by 長野柊太郎

ーー ヘアウィッグを求められる限りは提供を続けるとのことでしたが、今後の活動についてはどのように考えていますか?

私たちが望んでいるのは、こんな活動が1日も早くなくなる社会です。発展的な解散が私たちの目標です。

今はやりがいも見出せていませんし、別にいいことしているだなんて最初から全く思っていません。正直続けていくことは、ただただしんどいです。

でも、もしジャーダックが必要ない社会がきたら、初めて僕らには存在価値があった、僕たちの行動が社会になにかしら寄与したと言えると思っています。

ーー 必ずしもウィッグを必要としない社会を目指す。無意識の差別はなくなると思いますか?

差別はなくならないと思っています。ただ、この違和感には気付いたほうがいいと思っているので僕は伝えています。

もちろん、善意のマウンティングは無意識ですので、このような話をされると不快になる方もいると思います。勉強すれば解決するということでもありません。

だからこそ、自分自身は常にマウンティングをする危険があり、自分は正しいのか、誰かを傷つけていないのかを常に考える必要があるんじゃないでしょうか。そして、きっとそれが常識のようになっていくんだと思います。

私たちが出した書籍「31cm」ですが、当初タイトルを「ヘアドネ 意味ない」にしようかと思っていました。ショッキングなタイトルですが、そういう表現やアプローチをしていかなければならないと思っているんです。

つまり、髪の毛があるのが当たり前、からヘアドネーションをスタートするからおかしいんです。

お子さんには、よく「なぜウィッグが要るんだと思う?」と問いかけます。無意識の当たり前が刷り込まれているので、はっと気づくことがある。親の価値観で考える「子どものため」は、本人が本当に望んでいるかどうかは違います。

われわれ自身にもその刷り込みがある。僕は50歳を超えていますが、未だにはっと気付くことは多いです。

私たちには、わからないことが多くある。それを知ろうとするかどうかだと思っています。 

ーー

ヘアドネーションをすることで、自分の髪の毛が誰かの役に立つのなら、髪の毛も本望だろう。そう思って私はヘアドネーションをし、体験記を公開した。

けれど、髪の毛がない状況でウィッグをつけなければならない生活を自分ごと化できていたか?と聞かれたらそうではなかった。

「髪の毛がなければウィッグがある方がいいに決まっている」

そう発していなくても、自分たちもメディアを通じて、知らないうちに社会の当たり前を押しつけていたのかもしれないと今回のインタビューを通じて強く感じた。

望んだ人がウィッグをつけられる選択肢を、そして、同じだけウィッグをつけなくてもいい選択肢を作り出せるように。

自分たちが手にしている当たり前は、「必ずしも当たり前ではない」と誰もが思うことができたなら、それは、誰もが幸せになれる社会に1歩近づくことになるのかもしれない。

書籍「31cm」より。Illustration by オートモアイ

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