私は、生理を女性の象徴や記号のように捉えてきた。生理そのもののつらさとは別に、女性であることで被る理不尽への怒りや憎しみを生理に転嫁してきてしまったようなところもある。

でも、生理と女性であることを切り離せば、もっと生きやすくなるかもしれない。そう思わせてくれたのは、ジェンダークィアの達磨(だるま)さんだ。

達磨さんは24歳頃からホルモン注射を始め、現在は男性の外見で生きているが、女性の身体を持って生まれたトランス男性(FtM)に相当する(達磨さんは「外見は男性でありたいものの、アイデンティティは男性にも女性にもない」という点で「トランス男性」ではなく「ジェンダークィア」を名乗っている)。

「生理やジェンダーも大事だけれど、同じくらい大事なことがある」という達磨さんに話を聞いた。

生理とは何か知識として知っていたから自然に受け入れられた

――初めて生理が来た日のことを教えてもらえますか?

達磨さん: 初めて生理が来たのは小学4年生のときで、家にいた祖母に「血が出た」と報告して対処法を教えてもらいました。

もともと人間の身体に興味があって、教員をしていた母の保健の教科書を読んで生理についても知っていたのでとくに驚くことはなく、シンプルに「妊娠が可能になったんやな」と思いました。それからどこかで聞いた話を思い出して「精神と身体の 成長が釣り合ったからやな」と思ったことも覚えています。

家庭の主義もあったと思いますが、お赤飯を炊くとか、おめでとうと言われるとか、生理がクローズアップされることもなかったですね。

――ご自身も、ご家族も、生理をフラットに捉えていたんですね。生理について違和感や不快感はなかったですか?

多くの女性が感じる腹痛や腰痛といった症状に対する不快感やつらさはもちろんあります。でも、いわゆるトランス男性ならではの拒否感のようなものを抱いたことはないんですね。

僕はいま「こんなかたちで生きたい」という形状や表現で生きているけれど、「メスの身体を持った、外見が42歳のおじさん」という感覚に近くて、身体違和はないんです。

10 年くらい前から持病が原因で、ホルモン注射の間隔を3ヵ月に2回程度に広げたので、今でも生理は来ますが、それでも不快感はないですね。

生理とは何かを知識として知っていて、女性身体なのだから当然だと思っているから だと思います。

写真=本人提供

――達磨さんのように生理に対して違和感や嫌悪感を持たないトランス男性に出会ったことがなかったので、新鮮です。

これまで出会って来られた「彼ら」は、もしかしたら「トランス男性らしさ」に囚われている部分があるのかもしれません。

僕が知るトランス男性の中には、自分の中の「女性的なもの全て」に嫌悪感があるわけではないのに、トランス男性のステレオタイプが邪魔して、当事者同士でも本心を明かさないという人もいます。

僕の場合は、外見はゴリゴリの男性ですが、シス男性(※ 生まれたときの体が男性として区分され、自身も男性だと思っている人。シスジェンダー男性の略称)に対して憧れが薄く、異性愛者の男性にはアイデンティファイしたくない。

そして、女性としてのジェンダーロール教育が強固ではなかったので、男女共のジェンダー・ステレオタイプの影響を受ける機会が少なかったです。

「〇〇らしさ」のすべてに抵抗があるので、「ジェンダークィア」を名乗っています。カムアウトを機会に、すっぱりと居直ってもいます。僕は「トランスらしくもない」。

自分の身体について知るのは、生きやすい環境をつくるため

――達磨さんご自身は生理に対する違和感や不快感、身体違和がないとのことでしたが、身体違和を抱えるトランス男性(FtMの方)の生理にはどんな課題があると思いますか?

僕が出会ったトランス男性から聞いた問題としては、男性の外見で生きていると「生理痛がつらい」と言いにくいこと、男性トイレにサニタリーボックスがなくて不便なことなどがあります。

経血への抵抗感の強さから、生理ナプキンを2~3日取り替えずにいる人も中にはいました。

――物理的なことや自分の中の葛藤はもちろん、カミングアウトせずに生きる方は周囲に打ち明けられないつらさも出てくるんですね。生理に関するそうしたつらさを抱えた方はどうしたら良いでしょう?

僕は長い期間をステルス(生まれつきの性別と逆の性別の外見を整えた後、トランスであることを秘密にして社会に潜伏すること)して過ごしてきたので、周囲から奇妙に思われないいくつかの「技」を習得してきました。

たとえば、ステルスして生活している場合なら、生理痛でつらいときにつく「嘘」を用意しておくことは有効な方法です。「お腹を壊しやすい体質なんだ」とあらかじめ周囲に話しておけば、お腹が痛いことも打ち明けやすいし、トイレに頻繁に行くことがあっても不思議に思われません。

それから、男性トイレにサニタリーボックスがないことが不便なら小さなポリ袋を、経血への抵抗感が強ければ薄手のゴム手袋を持ち歩くと、「困り」は解決できます。 準備と工夫をしっかりしていさえすれば、生理への違和感そのものは拭えなくても、ストレスは大幅に減るのではないかと思 います。

――身体への違和感が拭えないにしても、備えをすることで減らせる気持ちの負担もあるということですね。

厳しい言い方にはなりますが、「生理の処し方程度で」ダメージを受けていたら、「男性外見で社会を生き抜く」ことは困難でしょう。場合によっては、男性化するモチベーションを失って「自分はダメな人間だ」と自己嫌悪に陥ったり、男性化した後に突きつけられる「男性社会の当たり前」に心が折れて、病んでしまうかもしれません。

そうならない為に、まずは自分の女性身体から目をそらさずに、知識を持ち、認知していく工夫が必要だと思うんです。

「僕を僕として、でも生理のある生き物として認識してくれた」

写真=本人提供

――20代前半まではレズビアンコミュニティ、男性外見になってからはゲイコミュニティに属していて、いろいろな方に出会われてきたかと思います。ご自身の生理に対する考え方の変化はありましたか

これは僕がボーイッシュなバリタチ(※主に同性愛者の中で、性行為において能動的役割の人)として、関西のレズビアンコミュニティにいたときの話です。 当時は、バリタチがレズビアンコミュニティで性器や生理について言及する機会は少なく、コミュニケーションの中で生理が話題になることはありませんでした。

それから、ゲイコミュニティの中では、僕がステルスをしてシスゲイ(※シス男性のゲイ)として過ごしているのですから、話題に上りようがありません。

だから、40歳でトランスだとカムアウトして以降が、生理に関しては、一番話題にしやすいです。知り合いのゲイたちも興味深く聞いてくれることも少なくありません。「生理ってめっちゃ痛いねんで〜!」と面白がって怖がらせるように話すと、「なんか痛なってきた!」と真面目に反応してくれるゲイ男性もいます。

――ゲイ男性の交際相手も男性ですから余計に、それまで生理について知る機会は少なかったかもしれませんね。

僕は、付き合ったゲイ男性たちには、勿論トランスだと伝えて生理についても説明してきました。彼らは、生理について今まで考える機会がほとんどなかったでしょうけど、僕がしんどそうにしていると、お腹を温めてくれたり、撫でてくれたりすることもありました。

だからといって、不思議なことに、彼らの中で僕が「おんなのこ」なわけではないんですね。「ペニスがなく生理のあるゲイ」という認識の人が少なくない。その経験からも、 生理が「必ずしも女性に紐づくものではない」ことを実感しました。

自分を守るために、トランスこそ自分の身体について知る必要がある

――性自認に違和感がある方々が、自分の身体や、ホルモン注射や性転換手術など性自認に見合う外見の整え方を知るにはどんな方法がありますか?

オンライン上にトランス男性(FtM)のコミュニティはありますが、それほど大きいグループでもないので得られる知識は限られていて、価値観に偏りも多いので、「トランス男性らしさ」に振り回されてしまう場合もあります。

海外のサイトには、豊かな情報が得られるコミュニティもありますが、英語が堪能でなければアクセスするのは難しいです。大学病院やジェンダークリニックに通っている場合は詳しく相談に乗ってもらえるでしょうが、性別の越境を病理にしたくない人たちが自由診療で男性ホルモン投与や施術を受ける場合、医師から専門的にな説明を受ける機会はほぼありません。

情報格差に問題意識を抱き、僕は自分のコミュニティで情報交換会や勉強会を開催してはいますが、地方の小さな活動だけではカバーできる問題ではありません。

やはり、性について身体について、学校でしっかり教えてほしいですし、それが「大人になっても学び続ける姿勢」に繋がると僕は思っています。

自分の身体についても、他人の身体についてもよく知らないまま生活していると危険なことも少なくありません。

――具体的にはどんなケースがありますか?

たとえば、男性ホルモン注射をある程度継続して打つと生理が止まるので、妊娠しない身体になったと思う人が多いのですが、無月経でも排卵が完全に止まるわけではないので妊娠の可能性は低くないです。

そのことを知らずに、シス男性とセックスして望まない妊娠をするケースがあります。女性の身体構造をよく知らないシス男性同様に、トランス男性がシス女性とセックスするときに相手の身体を無配慮に傷つけてしまうこともあります。

自分の身体に抵抗感を覚えやすいトランスは特に、学校での性教育の際ですら、性の知識を当事者として受け入れられないことも多い。そうなると、トラブルに対処できなかったり、知らず知らずのうちに自分の身体を危険に晒し続ける場合もあるで しょう。

生理の話を含む性全般の教育は、男女の区別なく広く与えられなければならないと僕は強く思います。

――ホルモン治療の話は不勉強で初めて知りましたが、私のようにトランスでない方を含め、知らないうちに自分の身を危険に晒している人も多そうです。

To male(男性化)することは、個人の自由です。ホルモン投与も、性転換手術も、する・しないは個人の自由です。ジェンダーやセクシュアリティは「自己決定」するものです。

そして、それは変わりうるものでもあります。途中で「道」が変わったからって「あんた昔は自分は男(女)やって言ってたやないか!」などと批判されたり、「お前は“本当”は何なんだ?」と詰め寄られる筋合いはないのです。

そして、ジェンダー(性自認)も大事ですが、同じくらいセックス(身体)も大事です。 ホルモン投与や性器にまつわる手術をすれば「元に戻せない」事柄も多々あり、しかも身体の機能を完全にチェンジすることはできません。

それをしっかり認識したうえでホルモンや手術に踏み切る人こそ、シス女性以上に、まずは自身の女性身体から逃げずに向き合って学んでいこうよ、と僕は思います。

達磨円(だるままどか)
1978年、奈良県生まれ。劇作家・演出家・イベントプロデューサー。40 歳を機にジェンダークィアであることをカミングアウトした。2001年より、性的少数者を中心としたコミュニティスペース「ScarFace」を奈良県大和高田市にオープン。現在も継続中。「Queer として田舎に生きること」がモットー。

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