田舎のティーン・エイジャーの恋愛定石
あれは、たしか17歳。
女子校に通っていた私は、思春期らしい焦燥感と孤独感でいっぱいだったけど、表面上は清くかわいらしく隣にある男子校の男の子とお付き合いをしていました。
出会いはクラスメイトの紹介でした。
友達と中学が同じだった彼とは、まずはメル友に。図書館で見かけて会釈するようになり、デニーズやゲーセンで何度か会って…そんなこんなで「付き合わない?」となるのが、田舎の高校生の恋愛定石です。
私の家は恐ろしく山奥で、峠をこえないと学校に行けません。だからどこに行くにも母の送迎付き。めちゃくちゃ純粋なお付き合いです。
彼は野球部で真っ黒に日焼けしていたのですが、ボールを追いかけながら哲学の本を読むのが好きでした。
図書館や、夜の電話で「魂はどこにあるかって考えることない?」とか「実在について」とか、まだ輪郭が見えはじめたばかりの社会でどう生きるか、不安や希望を話して。
オレンジレンジ好きのイケイケな親友に「あんたたちの会話はワケわからんね。でも仲良くて楽しそう」と笑われていました。
勉強の息抜きデート。映画館で生理に
夏休み、受験勉強の息抜きに映画を観に行こうという話に。
映画館まで電車で1時間。
初めての遠出。
制服じゃなくて私服で。
デートの日。「友達と遊んでくる」母にはそう告げて駅まで見送ってもらい、ワクワクしながらお出かけしました。
一日一緒に過ごすのは初めてだったから、あらためて彼を観察してみたら、喉仏や指の太さに気付いてドキドキ。会話が弾んでゲラゲラっていう雰囲気ではなかったけど、ずっと緊張&キュンキュンしていた気がします。
映画は、何を観たのだろう。思い出せないけど、中盤に差し掛かるころお尻に違和感が。
ん?これはもしや……?
上映途中で席を立ち、トイレへ。
予定より何日も早く、生理が始まってしまいました。
シートは汚さずに済んだのですが、スカートにシミが……。
席に戻らない私を心配し、劇場の外に出た彼からメールが届きます。
「大丈夫?どうかした?」
女子校の友達にならすぐに言えること。
彼に打ち明けるべきか……私はしばらく逡巡しました。でも頼みの綱は彼だけ。
「困った。生理になっちゃった」
「どうすればいい?」
「スカートも汚れちゃったし、ナプキンもないの…」
(即レス)「買ってくるよ」
こうして彼はナプキンとショーツ、スカートというフルセットを探す旅に出てくれたのです。
彼にはお姉ちゃんがいたからか、慌てふためくこともなく、(いや内心は慌てていたと思うのですが)飄々とした言葉でやりとりしてくれて。
なんて頼りになるんだろう、さすがキャッチャーだっただけあるなと感激しながら、トイレで戻りを待ちました。
男子高校生の生理をめぐる冒険
映画館からほど近いPARCOに入る彼。
店内には大音量でトランスがかかる夏のセール時期、どのブランドが良いかなんて分かるはずもない男子高校生は、目に入ったお店の、手頃な値段の私が着ていそうな服を選んでくれました。
レジに持っていくと店員さんに「サイズは、Sでお間違えないですか?」と聞かれたそう。
「えっ、Sで入るよな……?」と困ってしまった彼。素直な性格ゆえ、かくかくしかじか彼女が生理になって今トイレで待っていて…身長は150cmくらい…と説明したのです。
店員さんは「それは大変!」と、なんと持っていた自分のナプキンを分けてくれたんです。ここに行けばショーツも買えるからと、下着のお店まで教えてくれたといいます。
無事に必要なものすべてを手に入れた彼が、映画館のトイレに到着。私は入り口で彼が用意してくれたものを受け取り、着替えを済ませて、ふぅっとひと息。
彼になんとお礼を伝えようか。
「本当にありがとう!」と頭を下げたら、「銀だこ奢ってくれればいいよ」とニヤリとされました。
当時はまだ若かったから、彼との将来までは想像できなかったけれど、「彼の伴侶になる人は幸せだろうな」と、子どもながらに感激したものです。
彼の勇気ある行動が、私に教えてくれたこと
帰路、あらためてお詫びとお礼を伝えたら「当たり前にあるものなんだから、そんなに謝らないで。おれもお腹痛くなりやすいし。困ったときはお互いさま」と言ってくれて。
私はこの言葉に、ずいぶん救われ、生理だけど晴々とした気持ちで帰りました。
もちろん自分で用意万全にしておくことも大切だけど、必要があれば「生理なんです」って伝えて良いんだ。
ひた隠しにするのではなく、助けを求めて良いんだ。
彼の優しさからくる勇気ある行動に、そんなことを教えてもらった気がします。
もうあれから10年以上。
この彼とはFacebookで繋がっている程度の付き合いなのですが、最近、結婚報告が入りました。
幸せになってねという気持ちを込めて。