ソー・スイートで、頭に花が咲いたような学生時代
「おっぱいを大きくするには牛乳を飲むべし!」とティーン誌で読んでから、牛乳を飲むのが習慣になった。ありのままの姿を許せるようになったいまも、ロックグラスでゴクゴク。このグラスは、10年以上前、大学時代に同棲していた彼氏がくれたもの。ずっと、大切に使っている。
彼は私に、ウィスキーの美味しさを教えてくれた。
ひとつのグラスに、学生の財布事情からしたら高級な、トロッと蜜のようなアイリッシュウィスキーを注ぐ。それをふたりで飲みながら、彼が弾くギターに合わせてYUIやドリカムを歌ったり、夜通し海外ドラマを観たりした。
今考えると、よく飽きもせずべったり一緒に居られたなあと思う。たまに彼が実家に帰った日は朝まで電話で話し、始発でうちに戻ってきた。携帯には、ディズニーで買ったおそろいのストラップ。ふたりにしかわからない呼び名。ふたりにしかわからない「おやすみ」の仕方。スイートといえば聞こえは良いけど、完全に頭に花が咲いたカップルだ。
2つ年上の彼は、恋人でありながら、ときにお兄ちゃん、ときにお父さんのようで、大切な存在だった。
痛みを紛らわしたくて、お腹をグーパンチ。そして駅で倒れて
当時の私は生理痛が酷くて、毎月、生理のタイミングをこの世の終わりのように思っていた。冷や汗が出て、指先が氷のように冷たくなる。お腹が痛くて前かがみじゃないと歩けない。なぜか四股を踏むポーズになると痛みが和らぐことを発見したけれど、外出先でやったら挙動不審だ。涙が出るほど痛いときは、下腹部あたりをグーパンチして痛みを紛らわせたりしていた。
生理2日目、バイトの帰り道。
よりによってかなり出血が多い日、ロキソニンを飲んでいたにもかかわらず駅のホームで倒れ込んでしまった。
目覚めたら、そこは駅員室。
朦朧とする意識のなか「休ませてください」と駅員さんに懇願したそうな。起きたら、スカートに赤いシミ。SOSを出したら、家でのんびりしていた彼は、迎えに飛んできてくれた。
彼「華ちゃん、病院に行こう。毎月辛そうで、心配だよ」
私「婦人科って独特の雰囲気で、苦手なの」
彼「俺も一緒に行くから、行こう」
こう言って、彼は新米パパのようにソワソワしながら、生理痛に悩む彼女に付き添い、人生で初めて婦人科へ足を踏み入れたのだ。
下品な医師にブチ切れた帰り道
一緒に行った婦人科クリニック。
妊娠したわけじゃないのに彼が付き添っているから、看護師さんたちはビックリ。
「彼女想いなのね」と優しく迎え入れてくれて一安心したのも束の間、まさかの事態に…
ふだん優しい彼が、お医者さん相手に、ブチ切れたのだ。
*
受診した結果、私はピルを勧められた。月経困難症だから、ピルでホルモンバランスを整えて、生理を軽くしましょうと。まだ低用量ピルがいまほど普及していない時代。飲むのは勇気が必要だったけど、自分でも事前に調べていたので試してみることにした。
ここで問題が起きたのだ。
男性の医師が、ニヤニヤと下品な笑いを浮かべながら口を開く。
「彼氏、残念だけど、ピルを飲んだからって完全に避妊できないからね」
このほかにも、書くのが憚られるほど、デリカシーのない言葉を浴びせられた。
私はボーゼン。
ただでさえ緊張していた心が一気にこわばる。
愛を重んじる人は、暴力に敏感だ。
愛に生きていた私たちにとって、医師の一言は紛れもない暴力だった。
精算を済ませて病院を後にしたものの、彼はずっと見たことのない表情で、怒髪天を衝く勢い。しばらく歩いた道端で、「やっぱ、納得いかないわ」と、クリニックに電話を掛けた。
自分の欲望だけを考えることなんてしない。
そんな気持ちで彼女と付き合ってない。
彼女が苦しんでいる生理痛を軽減できればと思って受診した。
あなたみたいな下品な男に彼女を任せられない。
静かに、でも凄みのある話し方で、医師に対して怒りをぶつけたのだ。
まだ社会に出るまえの私たちだったけど、彼の正義はきっと間違ってはいない。そう思いながらも、私は彼にうまい慰めの言葉もかけられず、ふたりでただ前を向いて家への道を歩いた。
もうあんな思いをせず生きていけるように
それから私は別の病院で、もう一度検査を受けた。こんどの先生はとても親身になってくださり、月経困難症について詳しく知ることができた。
「自分のカラダを守れるのは自分しかいない、まずは生活リズムを整えよう」そう決心したころ、彼も行動に出ていることを知った。
生理のしくみがわかる本を買ってきて、付箋を張り、ラインを引きながら読む。
教科書を読んでいるところなんて、ほとんど見たことがないのに。
彼なりに知識を身に着けたようで、「生理前は気分が滅入るでしょ」と言ってスポッチャに連れて行ってくれ、「3日目までは辛さがピークだろうけど大股で歩いて骨盤を動かしてみるといいらしいよ」と、まるで自分のことのように私に寄り添い、励ましてくれた。
超がつくほどの貧乏学生なのに、お腹が冷えないように腹巻きを買ってきてくれ、無印でエプロンを調達して晩ごはんをつくってくれたりした。
ディスカウントストアのタグがついた腹巻きは、お腹だけではなく心も温めてくれた。
大人になった今は、婦人科にかかることの重要さがわかる。あのときの医師がたまたま心ない発言をする人だっただけなのだろう。
それでも、もうあのクリニックに行かなくてもいいように、あんな思いをせずに生きていけるように、「俺が守る」と健気に示してくれたことがすごくすごく嬉しかった。
大切にされた経験は、人を強くする。
そのころから生理が怖くなくなった。
いまでも腹巻は、クローゼットにしまってある。毛玉だらけになっていて使うことはないけれど、子どもが古びたぬいぐるみを大事にするよう、私にとってお守り的な存在になっている。
*
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