「AI」は今や誰もが話題にする技術となりました。その中でも、2022年12月に公開されたChatGPT(チャットGPT)は、高度な技術によって人間と話をしているかのような対話を実現し、ヘルスケアの領域でも導入が進んでいます。
ChatGPT出現のインパクト
OpenAI社が開発したChatGPTは、人工知能の技術によるチャットボット。複雑なプログラミングは不要で、まるで人間と対話しているかのように、即座にAIが応答内容を生成します。
ChatGPTのより人間に近い応答は、これまでインターネット上から収集してきた大規模言語モデル (LLM)といわれる大量のデータを学習し、返答を生成しています。
2023年3月に発表されたGPT-4といわれるバージョンは、アメリカの司法試験において上位10%程度のスコアで合格できるほどの精度を持っています。さらに、日本でもChatGPTが医師国家試験の合格ラインを超えたという研究結果が明らかになりました。
ヘルスケアにおいてChatGPTは、高度な推論能力と迅速に医療情報を提示できることから期待されています。
ChatGPTの導入によって、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行以降の課題となった、「いつでも誰でも医療にアクセスできるようにする」ことや、医療従事者の業務の負担軽減の面でも有効と考えられています。
今回は、AIを利用したヘルスケアサービスを紹介します。
「産婦人科医になった昔からの親友」のようなAIに相談できるサービス
母親同士が社会的なつながりを作って助け合えるコミュニティ「SocialMama」を運営していたAmanda Ducach氏は、コミュニティを運営する中で、多くの女性たちが妊活や更年期障害などのSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)に関する情報へのアクセスにニーズを持っていることに気づきました。
Ducach氏は単に母親同士をマッチングするのではなく、女性たちが、婦人科などの女性の健康に関する専門家に24時間365日いつでもアクセスできるサービスに発展させようと考えたのです。
しかし、女性たちの日々の小さな不安やちょっとした悩みを産婦人科医に尋ねることは、医師のリソース確保の面でハードルが高いという課題がありました。
そこで、Ducach氏は最新の技術であるAIベースのチャットサービスで、「産婦人科医になった昔からの親友」のようなキャラクター設定をして、ユーザーが気軽に相談できて、上から目線ではない寄り添い型の回答をしてくれる「ema」という新サービスを開発しました。
常に誰かに対するケアを求められる母親たちにケアを提供することで、女性の医療へのアクセスを民主化することを目指しています。
インドの月経周期管理にAIを活用したサービス
インドのスタートアップSocialBoatは、女性の健康課題である月経の健康、PCOS(多嚢胞卵巣症候群)、甲状腺などの課題解決に向けてAIを活用しています。
インドの2020年の調査では、20歳から29歳までの女性の約16%が多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を患っているとの結果が出ています。
世界一の人口大国であるインドでは、約3億人の女性が月経期にあり、そのうち9千万~1億人近くがPCOSの症状を示している、とSocialBoat創設者たちは語っています。
SocialBoatのサービスでは、OpenAIのChatGPTを活用し、「Sakhi」というキャラクターが女性の健康に関する質問に即座に回答できるように開発され、多言語国家でもあるインドで20の言語に対応しています。
サービスにサインアップすると、体重、身長、月経周期、PCOS症状の有無、トレーニング習慣などの質問がされて、回答内容によってユーザーごとにパーソナライズされた会話を展開します。
乳がん発見に役立つChatGPT
2023年4月にメリーランド大学医学部の研究者たちは、ChatGPTが乳がん検診について、人々にどの程度正確にアドバイスできるかをテストしました。その結果、ほぼ90%の確率で適切なアドバイスを提供したという研究結果が得られたのです。
乳がんは早期発見・早期治療が重要な病気で、早めに対応することで生存率が上がるといわれています。
乳がんはセルフチェックで発見することができる可能性が高いため、自分で観察したり、触れたりする以外に、手軽なチャットサービスを組み合わせることで、予防に役立てていくことが期待できます。
女性のためのソーシャル検索エンジン「Diem」
インターネット検索は私たちの日常に欠かせないものですが、そこにジェンダーバイアスがあることを問題提起し、解決しようとする女性が始めたサービスがあります。
「Diem」(ディエム)のCEOであるEmma Bates氏は25歳のとき、モーニングアフターピル(緊急避妊薬)を服用しなければならなくなり、服用によって副作用があるのか、服用した人はどのように感じるのかをインターネットで検索しましたが、必要とする情報を見つけることができませんでした。
Bates氏は、女性たちが必要とする情報にアクセスできないことは、男性中心社会で築かれてきたシステムがインターネットにも反映されているのではないかという仮説のもと、女性に焦点を当てたAIを開発し、人間関係、SRHR、お金などなんでも相談できるプラットフォームの「Diem」というサービスを立ち上げました。
Diemでは「仕事のストレスが原因で月経周期が乱れることってあるの?」「マンモグラフィーって本当に痛いの?」といった質問を掲示板に投稿すると、AIが回答してくれるだけではなく、他のユーザーの集合的な知識も集まってコミュニティ内でさまざまな知識が得られます。
オンライン空間で女性の安全が守られるように、DM(ダイレクトメッセージ)などの機能をあえて除いていたり、女性やノンバイナリーに対して配慮がなされたプラットフォームです。
ヘルスケアでChatGPTを使用することの課題
女性の健康に関して、AIによるイノベーションが起こることに期待が高まりますが、いくつかの解決しなければならない課題があります。
まず、AIが学習している膨大なデータは、最新のものではない可能性があるということ。GPT-3.5といわれるバージョンの場合は2021年9月までの情報しかありません。
そして「ハルシネーション」と呼ばれる、事実に基づかない情報がもっともらしく生成される現象が問題視されています。
実際に問題が起きた事例として、全米摂食障害協会(NEDA)の提供するAIチャットボットが、摂食障害に関する危険なアドバイスを行ったとしてサービスが取り下げられました。
これまで組織内のスタッフが対応していたものをAIに変更してから、わずか1週間も経たないうちに起きたことで、安易にAIを過信して実装されたことが批判されています。
他にも、AIの開発者のジェンダーバランスが男性に偏っていることから、AIのジェンダーバイアスの懸念も指摘されていて、解決が急がれています。
課題はあるものの、手軽に相談できることや、医療従事者の負担軽減などのメリットも多いことから、AIというツールを上手に使いこなせるよう模索していくことが大切だと感じます。
これまで、科学・技術の研究と実践が男性と女性の身体を公平に扱ってこなかったことから、近年、ジェンダード・イノベーションの領域が注目されています。フェムテックの領域である医療と、最新技術のAIはどちらもジェンダー平等が達成されていない領域です。
見過ごされてきたギャップを認識し、解決することに向けてChatGPTによるヘルスケアの発展は今後も見逃せません。