ソファが真っ赤になった話
その日の取材は、4時間半を超えていた。
すてきなタレントさんの刺激的な写真撮影と、ロングインタビューを終えて、ソファから立ち上がろうとした。するとなんかイヤな感触がした。
あ、もしかして。もしかして…。
イヤな予感は的中した。
後ろをふりかえると、ベージュの合皮のソファが赤く染まっている。
ちょっとどころではなく、私が座っていたところは、広く赤く濡れていた。
!!!!
その日、生理ナプキンはつけていた。取材前にも取り替えていた。
しかし、私のボトムは赤く染まっている。
現実を受け入れざるを得ない。
その場には、コラム連載のインタビューに応じてくれたタレントさん、ライターさん、カメラマンさんがいた。みんな女性の編集チームだ。みなさんを見送らなければいけない。保育園のお迎えの時間も迫っていた。
少し逡巡したが、隠し通せるものではないと判断した。
「私、生理で、濡れちゃったみたいです」
「わ、ほんとだ」「大丈夫?」と、やさしい声をかけてくれる。
「これ着る?」
なんとそのタレントさんは、今日の撮影のために持参された、えんじ色のロングスカートを差し出してくれたのだ。大切な私服をお借りする事態に、申し訳なさすぎたけれど、ありがたいご提案にただ感謝するしかない。
「ほんとうに、ありがとうございます。お借りします」。深く頭を下げる私に、「あげる、返さなくて大丈夫」と、笑いながら手渡してくれた。
その間にも、ライターさんやカメラマンさんは、赤く濡れたソファを、ペットボトルの水とティッシュで、手早く拭いてくれている。
(ああ、ごめんなさい。後で自分でやります…)
そう思いながら、とにかく着替えようと、スカートを手に、(おしりが隠れるよう)ダウンコートを羽織り、トイレに向かおうとした。その瞬間。
「あ、これも、履く?」
なんと、スカートだけではなく、生理用ショーツまで出てきた!! 彼女は、仕事中に生理になったときに備えて、普段からポーチを持っていたのだった。
「けっこう履いたやつだけど(笑)」と、さらっと自然に差し出してくれたのです。
神……!!
赤いソファに気づいてから5分後。私はあっという間に、トイレに行って、スカートとパンツを履き替えて、現場に戻っていた。
ソファはすっかり綺麗になり、テーブルの片付けは終わっていた。
お礼を伝えながら、みなさんをお見送りして、保育園のお迎えにダッシュして、私はいつもの日常に戻った。
正確には、日常に戻ったような、戻っていないような、不思議な感覚だった。
外出中に、生理でこのようなハプニングを経験したことは記憶にない(朝起きたら布団が赤く染まっていることはたまにある)。
この連載チームでは、タレントさんに生理や性教育について語ってもらったり、イベントに登壇してもらったりしていた。
「生理について、性についてオープンに話そう」と伝えてきた。
チームにこのコミュニケーションの土壌がなかったら、こんなにスムーズに対処できなかったはずだ。きっと私は、大きなショックを受けてトラウマを抱えていただろう。
こんなに自然に、ハプニングに対応できてしまうチームのすごさ、ありがたさが身にしみた。
じつは生理じゃなかった、話もする
さて、「生理について、性についてオープンに話そう」。
そう伝えている者として、今なら私も書けるような気がする。
あの日、私は生理ではなかった。
普段はタンポンもしているのだけれど、その日はワケあってつけなかったのだ。
その日は、最後の生理開始日から49日が経っていた。
じつは、大量の血は、生理ではなく、流産だったのだ。
正確には、稽留(けいりゅう)流産の自然排出。
稽留流産とは、出血や腹痛などのいわゆる流産の徴候がないが、超音波検査で発育が停止(流産)していると診断されるもの。
私は、妊娠初期の検診を経て、妊娠6週を過ぎたあたりで、再び産婦人科に行った。残念ながら胎児心拍は確認できなかった。
「おそらく、むずかしいと思います」と医師は言った。
それが取材の2日前だった。
そのときの私は、現実に追いついていない部分もあったが、第一子もおり妊娠初期の流産の割合(妊娠した人の約8〜15%)は知っていたので、わりと冷静だったと思う。
まだ少しは可能性があるのかな。やっぱり無理かな。年明けに処置手術するのかな。そうぼんやり考えていた。いろんな医療サイトを調べ、自然排出となった場合に備え、流産を経験した方のブログを読んだ。
個人差はあるが、人によって出血も多かったり、激しい腹痛を感じたり、救急車で運ばれたりするケースもあると知り、ビビっていた。お腹のなかで育ったものを外に出すのだから、それなりに大変だろう。タイミングもいつになるかわからない。
そうして迎えた取材の日だったのだ。
朝から出血を見ながら、痛むお腹を抱えながら、子宮のなかのものを自然に排出しようとする(自分の)カラダはすごいなあと思った。
当日タンポンをつけようか迷ったが、つけない方が排出のさまたげにならないのかなと、なんとなく思った。
痛み止めの薬を飲んで、取材は無事に終わった、と思った。
その瞬間に、ソファが赤く染まっていることに気づいた。
普段の生理よりも、はるかに出血が多かったようだ。
「量、多いんだねー」と言われたことを思い出す。
ほんと、量多かったです。流産、なめてました。
それから一週間余り。診察を経て、自然排出は無事に終わった。
いつか誰かの「生理」のために
以上、生理じゃなくて流産して、仕事中に大出血したけど、みんなに支えてもらった話。
あの日のみんなのサポートは、自然でさりげなくて、ありがたかったです。何より、スカートと生理用ショーツを貸してくれた彼女は、すごくスマートで格好良かった。
私も、いつかの誰かのために、さっと差し出せる存在になりたいなと強く思った。
これが一番言いたかったこと。
もっと気軽に生理用品がシェアできたら? 声をかけたり、手を貸したりするのでも十分だけど、普段から生理用品をちょっと備えておくことは、自分だけじゃない誰かを支えることになる。
一人ひとりがこっそりコンビニに走る時間が、ちょっと減るかもしれないから。