ランドリーボックスは、外陰部の構造を楽しく正しく理解し対話するためのパペットとしてBa-Vulva(ばあばるば)を企画制作しています。
情報を知るだけでなく、対話をすることで、大切な人たちと健やかな日々を過ごしてほしいという想いがあり、<Ba-Vulva Friend>と題して国内外で国内外のセクソロジストや性教育関係者など、セクシュアルウェルネス業界で活躍する方々にインタビューをしています。
今回は産婦人科医の柴田綾子先生。医師としての経験と情報発信者としての視点から、日本におけるSRHR(性と生殖に関する健康と権利)の課題について聞きました。
また、養子縁組を通じて子どもを迎える選択をした柴田先生が感じる子どもの権利や性教育についても伺いました。

医師として情報発信を始めたきっかけ
——柴田先生はSNSを通じて積極的に情報発信をされています。きっかけを教えてください。
私は医者になって14年、そのうち11年ほど産婦人科医をしています。学生時代に情報収集のためにTwitterをはじめましたが情報発信はしていませんでした。
でも産婦人科で働いて、重症になってから来院する患者さんが多いことを知りました。「こんなに生理痛が重いのにずっと我慢していたのか」と感じることも多く、女性の健康に関する適切な情報が届いていないと感じたんです。
例えば、生理痛があれば低用量ピルで対処できること、年齢を重ねると妊娠しにくくなることは産婦人科医としては当たり前の情報ですが、その事実を知らない人が多い。
学校の義務教育で教えてもらえないなら誰かが伝えなければいけない。であれば、産婦人科医が正確な情報を伝える役割ががあるのではと思い、SNSで情報発信をはじめました。
——情報発信をする際に気をつけていることはありますか?
若い頃は「こういう症状の人がきました」「こういう治療をしました」という発信をしてしまい、その発信を見た同じ疾患の人がどう思うかということを考えることができておらず、注意を受けたこともありました。
また「若い人は無知」「知らない=悪い」というような「上から目線」で発信をしてしまっていたこともありました。
実際は「正しい医療情報を知らない」というのは患者さんが悪いわけではないんですよね。「正しい医療情報を伝えていない」私たち医療者側にも責任があります。性教育もそうですが、知識がなく妊娠してしまった人や性感染症になってしまった人が悪い人のように見られてしまうことがあります。しかし、知らないということは、「教えられていない」被害者であることが多いのです。
医者は医療の専門家だから知っているだけ。今は「その病気や症状をもっている患者さんや家族が見たらどう感じるか」と自問しながら発信するようにしています。
SNS発信の難しさ情報発信の課題と専門性のバランス
——情報発信の課題はありますか?
正確な情報を発信しながら、知らない人に届けることは難しいです。知らない人に情報を届けたくても、実際に投稿を見てくれる人は既に知識を持っている人ということも多い。
だから、情報発信が自己満足になっているのではと思うこともありますが、あえて拡散を狙うものでもないと思っています。
SNSは、ある程度過激に表現しないと拡散されづらい。例えばコンプレックスを突く投稿も見かけます。ですが、健康情報に関しては、そこを狙うと大切なものを失うリスクがある。
うまく両立している先生もいますが、誰も傷つけずにバズらせて、知らない人たちにもリーチするのは本当に難しいスキルだと痛感しています。
だからこそ、私自身が情報発信のプロになる必要はないと思っています。「届けるプロ」たちとコラボしていくことが大事だと思っています。
——柴田先生の情報発信は、対話的な印象もあります。
以前は一般の方が間違った情報を発信しているのに対して、正義感で「それは絶対違う」というスタンスで否定していました。でも、よく考えると、その人はその人なりに正しいと信じて情報発信をしていることも多々あります。
逆に間違った情報だと知った上で、デマをあえて発信しているのは医療の専門家だったりすることも多く、一般の人はそれを信じて発信している被害者であることもあります。
こう考えると、デマだと分かって発信している医療側を正す必要があると思っています。
今は女性の健康に関してはフェムテック関連の情報も多いのですが、内容は正確ではないものも多いです。エビデンスがあるものもあれば、まだ研究されておらず効果が証明されていないもの、わからないものも多い。それをどこまでおすすめできるかは難しい問題です。
フェムテックやフェムケアなどを活用したヘルスケアは、自分の体調をよくするものなので、その人に合っていて生活や体調がよくなるものであれば、使っていいと思います。ただ、それを「これは効果があります」「病気が治ります」「症状が改善します」と言い切ってしまうと医学的には間違いであり、害になると思います。
SRHRについて医療現場での課題
——セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツ(SRHR)において、日本の課題は何だと思いますか?
性や生殖に関する正確な情報は、本来みんなが持っているべきもので、基本的な権利となる大切な知識です。
ですが、性の健康や生殖(避妊・妊娠・中絶)に関して、日本では正確な情報を学ぶ機会がありません。子どもだけでなく、大人でも正確な知識を持っていない人も多いです。
義務教育にも含まれていないので、どこかで学べる場所を担保しないといけない。知らないせいで人生が狂ってしまったり、知らないうちに相手を傷つけてしまったりすることが多いので、SRHRについて学ぶ場所を作ることが重要です。
自分の体や相手の体を大切にすること、自分の体の変化を知ることはすごく大事なことです。大人も子どももみんなが学ぶ機会が必要だと思います。
——SRHRを学ぶことで得られるメリットとは?
まず「NOと言う」「自分が嫌なことは断る」ことができるようになります。そして、自分の行動が相手にどんな影響を与えるかを事前に知ることで、相手を「大切にする」ということの本当の意味を理解できるようになります。
とはいえ、産婦人科医でも知らない人は多いです。SRHRという言葉は、2000年頃から海外で使われていますが、日本では、ここ2、3年で広がってきたように感じます。
産婦人科でも医師が患者さんを叱ったり、傷つける言動をしたり、許可なく内診や検査をしたりすることが未だに行われています。産婦人科医がSRHRを学び、患者さんの権利を尊重した診療を行うことが必要だと思っています。
医師側はそのような対応が悪いとは認識しておらず、患者・医師関係はそういうものだと思っている医師に情報が届いていないというのが正直なところです。
——患者が声をあげることが難しい環境ですよね。
医師にクレームは直接言いにくいですよね。特に地方だと、その地域に産婦人科が一つしかないこともあり行き場がなくなってしまう。
SNSを始めて一番衝撃だったのは、「婦人科で酷い対応をされた」という投稿が非常に多かったことです。女性にとって産婦人科はかかりつけ医の一つであってほしいのに、トラウマが原因で通院できなくなるとQOLに影響します。
だから産婦人科の中でも患者さんのSRHRを尊重する大切さを広めていく必要があります。そして、患者さんは自分が受けた診察に対しても意見を言う権利があると思います。
「プライベートなものではあるけど、恥ずかしいものではない」自分の身体を知ることの大切さ

——私たちは外陰部の構造を理解するためのパペット「Ba-Vulva(ばあばるば)」を作っています。外陰部の構造を理解することの大切さについて教えてください
まず自分の形を知っておくことはとても大切です。腫れたりブツブツができたり、何か異常が起きたとき、自分の元の形を知らないとそれが異常かどうかわかりません。自分の正常な形を知っておくことで、早く異常に気づくことができます。
例えば、かゆみや赤みがあるとき、「この赤さは普段とどう違うのか」がわかるようになります。
また、形はいろいろあることを知っておくのも大切です。雑誌やインターネットで見た外陰部が「正しい形」と思い込むと、他人と比べて「自分は違う」と思ってしまいますが、それぞれ違うんです。
みんな形は違うし、左右差もあるものです。それがわかると、自分は自分の形でいいんだというポジティブな気持ちにつながりやすいと思います。
——Ba-Vulvaは理解に役立つでしょうか?
はい。自分で触れることや、恥ずかしいものではないというメッセージが伝わる、このようなキットはすごく重要だと思っています。
性教育に限らず、カウンセリングやセックスセラピーもそうですが、それ自体が恥ずかしいものだと大人が思って伝えてしまうと、子どもにもそれが伝わってしまいます。
確かにプライベートなことだから場所を選ぶ必要はありますが、恥ずかしいものではないんです。
「プライベートなものではあるけど、恥ずかしいものではない」というメッセージが伝わることはすごく大事ですし、触るということは愛着を持ったり、ポジティブなイメージを作るという面ですごくいいことだと思います。
左右差があるというのも自分はすごくいいなと思っています。手作りなので個性があるんですよね。
全部完璧に同じには作られていない。それぞれ形が少し違うというのが、一人ひとり違うんだというメッセージになると思うので、Ba-Vulvaはすごくいいと思います。
養子縁組の選択と子どもの権利について
——少し話は変わりますが、柴田先生は最近養子縁組を通じてお子さんを迎えられましたよね。
はい、最初は不妊治療を1年半ほどしていました。結婚後に2年ほどタイミング療法をし、一度自然妊娠をしましたが妊娠7、8週くらいで心拍が止まり流産になりました。
そこから体外受精を一度しようと決めましたが、予定を合わせるのが本当に大変で。「1週間後に来て」「明日来て」と言われても働いていると難しい。職場にも言っておらず理由をつけて帰るのは大変でした。
卵胞が育ち、注射をして採卵し、最終的に胚を2個戻しましたが着床せず。もう1周期することも検討できたのですが、自分は「この生活は私には無理だ」と感じたんです。それで不妊治療を辞めることにしました。
——そこから養子縁組を検討されたのですか?
不妊治療を始める前から養子縁組について考えていました。私自身は子どもは欲しいし、育てる経験はしたいけれど、自分自身が妊娠、出産するというのはポジティブに思っていませんでした。
妊娠できれば嬉しいけれど、自分を犠牲にしてまでしなくてもいいという気持ちがありました。
私は女性の体だからといって、「女性は妊娠出産するべき」とは思っていません。
妊娠出産したいと願う人を産婦人科として支援できたらと思いますが、不妊治療は身体的にもメンタル的にも金銭的にもすごく大変です。そして「頑張ったら報われる」という世界でもなく、すごくすごく努力して健康的な生活をして頑張っても願いが叶うわけではないんです。
特別養子縁組で子どもを迎え入れたことで、新しい発見や喜びが多くありました。これまでとは別の軸で人生の楽しみが増えています。けれど、子ども中心の生活になるので、自分がやりたいことができないことも多いし、負担もあります。
「子どもを育てる」というのは、責任や負担が伴うものです。少子化だからといって、「子どもを生んだ方がいい」という圧力を与えたり、「結婚したら子どもがいるのが当然」と、むやみに人に勧めることではないと思っています。
養子縁組の現状と課題
——養子縁組を選択して気づいたことはありますか?
こども家庭庁のデータにもありますが、日本には社会的養護が必要な子どもが約4万人います。そして、養親になりたい人は多くても、そこを繋ぐパイプが細い。
日本で特別養子縁組を希望する場合、主に、児童養護施設や乳児院などのある自治体または、NPO団体を通じて手続きをする2通りの方法があります。
この繋ぐところの人材や予算が少なく、里親や養親になりたい人がいても、実際に子どもを迎えられる人は少ないのが現状です。
私たちはNPOにお願いしましたが、助産師や保健師のスタッフの方が伴走してくれました。
子どもを預ける親のサポートもすごく重要です。思いがけない妊娠で悩む妊婦がいた場合に、産婦人科が妊婦をサポートしてして自治体やNPOに繋げることが理想です。
ただ、そのような場合、貧困などで診察費用の支払いが難しく、そもそも産婦人科を受診できていないことも多いです。また、支援する産婦人科側には、自治体関係者との調整や連絡など、大きな負担がかかります。受け入れできる産婦人科が限られているのが現状です。
また法律の壁もあります。特別養子縁組は15歳未満の子どもなら何歳からでもできますが、実際に縁組で一番多いのは0歳児です。社会的養護が必要な4万人の子どもたちの多くは、「実親との連絡が取れない」ためにマッチングができない状況にあります。
日本は親権という「実親」の権利が強く、乳児院や児童養護施設に預けられた子どもの実親と連絡が取れないと「特別養子縁組の許可がないということになり、その子は特別養子縁組が難しくなってしまうことが多いです。
海外では子どもの福祉のために、実親と連絡が取れない場合は、実親の権限はないと判断し、養育専門のスタッフが判断すれば養子縁組の許可が降りるところも多いです。
日本は子どもの権利条約を批准していますが、それが実現できていないという現状がありますね。
——お子さまを迎えたことで、国内の性教育について考え方が変わった点や、より重視しなければならないと感じたことはありますか?
子どもを迎えたことで、初めて子どもの性被害のニュースの多さに気がつきました。
家庭内、保育園、学校、道端などで、たくさんの子どもが性暴力の被害者になっていることに愕然とし、親の一人として、なんとか少しでも社会や制度をよくしていきたいと思っています。学校での性教育に加えて、家庭内で伝える性教育の重要性も痛感しています。
——今後医師として取り組んでいきたいことはありますか?
日本では、まだまだ子どもの権利を守る制度や、子どもの権利を尊重する大人が少ない印象があります。子どもが自分自身で相談したり受診できる場所も少ないです。子どもの安全を守ることを社会全体で考えていく必要があると思っています。
学校でも相談できるところは養護教諭や保健室の先生くらいで、家庭でも相談できないこともあります。女性支援に加えて、子どもの視点から、子どもの安全や子どもの権利を発信できる、支援できる産婦人科医になりたいと思っています。
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SRHR、性教育。あらゆる人が知る権利、体を守り、個々の人生における決定を尊重する権利を持っている。
しかしながら、「子ども」という視点にたったとき、子どもの権利や想いが尊重される社会や法整備がなければ、情報を知るだけでは解決できないことも多い。
適切な情報を知る環境をつくること、そして、個々人が権利を守られる環境にするために産婦人科医の立場から情報発信をする。
柴田先生の活動をこれからも楽しみにしています!ありがとうございました!
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本記事はランドリーボックスが制作している性教育パペット「Ba-Vulva(ばあばるば)」の公式サイトの記事を一部編集の上、転載しています。