心がささくれ立っている。

大好きなはずの映画を観ても、本を読んでも、内容が頭に入ってこない。何をしていても集中できないし、楽しくない。気分が沈んで、自己嫌悪に陥って、溜まったLINEも返せない。誰にも会いたくない。

そんなとき「もしかして……」と思って体調管理アプリを開くと、ほらやっぱり。

表示されるのは、「生理日予測 5日前」の文字。

イライラの正体はPMS。わたしを悩ませる、月にいちどやってくる魔物だ。

PMSの正式名称は「月経前症候群」。その名の通り、生理が始まる前に訪れる苛立ちや気分の落ち込み、身体のだるさや疲れに眠気、肌荒れや頭痛腹痛など、あらゆるメンタル面、フィジカル面の不調を指す。

症状の有無や程度には個人差があるけれど、わたしの場合はだいたい生理の7~5日前から生理開始後2~3日目くらいまで、イライラや憂鬱感が続くパターンが多い。

生理2日目は特に最悪で、経血量も多いしお腹と頭は痛いし貧血でフラフラするし、朝起きてうっかりシーツを汚していた日にはかなりの精神的ダメージを負って泣きたくなる。

この時期は、湧き出る感情を受け止める心のコップの容量が普段と比べてとても小さく、中身が溜まっていくペースも倍以上に早い。普段は理性でコントロールできる自分の中の怪物が、言うことを聞かず暴れまくる。

怒りや悲しみ、不安で水位がどんどん上がっていく。

不機嫌になったり、恋人にイライラしたり、涙を流しているときもある

何カ月か前、ついにコップの水が溢れてしまった日があった。当時付き合っていた恋人と、平日の仕事終わりにうちでご飯を食べる約束をしていた。飲食店で働いていた彼は、深夜に仕事を終えて帰ってきて、シフトが休みの日は夕方まで寝る生活を送っていた。

定時に仕事を終わらせ、トイレで化粧を直してから会社を出て、「いま終わったよ」とLINEする。

「すき焼きしよう」と前日に話していた。わたしが家の最寄り駅に着くまでに彼が起きれば、一緒に買い出しに行けるな。そう考えながら電車に揺られていたけれど、返信が来る気配はない。

まだ寝てるんだろうな。彼のルーズさには慣れっこなはずなのに、この日はいつものように寛容になれず、既読のつかないLINEの画面を見てはため息をついた。

下腹部が重い。そうだ、あれがなくなりそうだから、買い足さないといけない。連絡が来ないまま駅に着いてしまったので、先に自分の買い物を済ませることにした。

とぼとぼ歩いてドラッグストアに入り、生理用品コーナーの前に立った瞬間、目に涙が滲んだ。なんでわたしは今、ひとりで買い物なんてしてるんだろう?給料日前で節約したいのに、なんで欲しくもないナプキンに283円払わなきゃいけないんだろう?

なんで彼は、自分から会おうと言ったくせに、割り下の準備しとくねなんて言ったくせに、返信のひとつもよこさないで寝ているんだろう?

白と淡いブルーで彩られた、花柄のパッケージを手に取る。見た目に反して、中身はちっともかわいくない。

これだけをレジに持っていくのは嫌だった。ちょうど切れかけていた目薬と、今の身体にはあまりよくないであろうカップうどんをカゴに入れる。

いつ起きるかわからない彼を待つ気力はない。空腹を満たせれば食事なんてなんでもよかった。すき焼きなんて、食べたい気持ちになれなかった。

ドラッグストアのビニール袋を手に提げて自宅に向かいながら、限りなくゼロに近い確率だけれど、彼が部屋で待っている可能性を考えた。シンクに置きっぱなしの食器を片付けて、鍋を洗って、料理している最中だからわたしのLINEに気づかなかった、というパターンを。

そんなわけないか、と思いながらも、鍵を差し込んでドアを開ける。部屋は真っ暗だった。堪えきれなくて、こんどは声をあげて泣いてしまった。

こうやって不機嫌になったりイライラしたり涙を流したりしているのは、本来のわたしじゃない。そう思わないと、自分を慰められない。

結局そのあと、夜8時すぎくらいに彼から謝罪の連絡が来たけれど、その日は怒りが収まらなくて会う気になれず、ベッドに突っ伏して早々に寝た。

私にピルを勧めないで

こういう話をすると「ピルおすすめだよ!」と無邪気に勧めてくる人がたまにいる。低用量ピルはわたしも2~3年にわたって飲んでいた時期があった。でも値段が高いし、副作用もあるから飲むのを辞めた。

確かに周期が規則的になってデートや旅行の予定も立てやすくなったし、生理痛は軽くなったし、経血量も減ったし、イライラも落ち着いて、飲み初めの頃は良いことづくめだと思った。けど違った。

この際だから具体的に言うと、性欲が一切なくなって仙人みたいになっちゃって、当時の恋人とセックスレスに陥って破局寸前までいったから服用辞めたの。PMSが原因で喧嘩したり険悪な雰囲気になるのが嫌で飲み始めたのに、本末転倒じゃんって。

わかった? わかったら二度とわたしにピルを勧めないで。念押しすると、薬の種類変えても同じだったからね。

はーぁ、なんかもう全部嫌になっちゃったな、TwitterもLINEも見たくないし、ずっとわたしを肯定してくれる人とだけお酒飲んでいたい。

……こんな感じで、この域まで来てしまうと、もう自分で自分の感情に手がつけられない。ホルモンの乱れなんて理由で片付けていいのかわからなくなるくらい、心は暗くつめたいトンネルに迷いこんでしまって、なかなか抜け出せない。

それでもただひたすらに歩みを進めて、一日を乗りきって、光が差すのを待つしかない。

こんな惨めで陰鬱で生産性のない期間、さっさと通り過ぎてほしい。
早く、一刻も早く終わりますように。それだけを願って、考えるのをやめて布団にくるまって、ただひたすら眠る。

どんな自分もまるごと受け止めてあげたい

生理が終わって穏やかな日々が戻ってくると、刺々しい感情はどこか遠くの彼方へ飛んでいってしまう。
でもこうやって苦しんでいた時間を、壊れそうだった心を、「こんなのわたしじゃない」となかったことにして、見ないように蓋をして、ほんとうにそれでいいんだろうか。
心細くて寂しくて、部屋でひとりで泣いていたあのときの自分に寄り添ってあげられるのは、他の誰でもないわたし自身なのに。

負の感情に呑み込まれそうになったときは、なるべく日記をつけるようにしている。勢いで誰かに吐き出す前に、SNSで愚痴ってしまう前に、文章を綴ると気持ちが落ち着くこともある。

そしてまたどうしようもなく辛くなってしまったとき、過去の日記を読み返す。だいたいいつも同じような内容で悩んでいて、数日後には忘れている。その様子を客観的に見ると、自分のことながら滑稽だ。

心は揺れ動くもので、些細な環境の変化や身体の不調に伴って、浮いたり沈んだりを繰り返す。それを否定して、自分で自分の首を絞めるのはちょっとしんどい。

攻撃的なわたしも、ネガティブなわたしも、明るく笑っているわたしも、強いわたしも弱いわたしも、まるごと受け止めてあげたい。そう思える自分は、たぶんけっこう優しい。

(本記事は2020年6月27日note掲載「月にいちど顔を出す、魔物のような自分を肯定する」を編集し転載したものです)

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