2022年6月にアメリカで人工妊娠中絶を禁止する州法が認められて以降、フェムテックの分野にも大きな議論が起きています。
中絶が禁止されている州に住む女性たちは、中絶が可能な近隣の州まで移動して中絶をするケースも発生しています。
今回は、日本も他人事ではない国の政策や、「中絶禁止法」によりアメリカで議論が巻き起こっているフェムテックアプリのプライバシー管理についてご紹介します。
アメリカで多くの州が成立させようとしている「中絶禁止法」
1973年のアメリカでは、連邦最高裁が「中絶は憲法で認められた女性の権利」だとする判断を示しました。
しかし、2022年6月にこの49年前の判断を覆し、人工妊娠中絶を女性が選択できる権利をおびやかしています。
これにより、中絶を規制するかどうかは憲法上の問題ではなく、それぞれの州の判断に委ねられました。
およそ半数の州で中絶が規制される見通しになり、多くの議論が巻き起こっています。
中絶を禁止する州法は一般的に「中絶禁止法」と呼ばれ、規制の内容・対象や名称は州によりさまざま。
中絶を禁止している州で、中絶を行う女性は法律で罰せられるという事態に直面しさまざまな変化が起きています。
アマゾンやスターバックスなどは、中絶が禁止されている州に住む女性従業員のために、会社として中絶可能な州に移動するための旅費等を負担するという声明を発表しました。
また、配車サービス企業のLyftとUberは、自社のドライバーが中絶のために病院まで向かう客を乗せて運転して訴訟された場合、ドライバーを法的に支援することを約束しました。
※参考:Amazon, Starbucks among corporations bolstering abortion coverage
中絶を望む女性を支援する企業がある一方、中絶禁止法を後押しした反中絶団体に寄付していた企業も明らかになっています。
生理管理アプリの個人情報が「中絶禁止法」適用の証拠になりかねない
また、現代女性の必需品と言ってもいい生理や妊活で使う周期管理アプリが、プライバシーデータの規定によっては、中絶を禁止している州で中絶を行う女性が、法執行機関から起訴される際の証拠になりかねないという議論が活発になっています。
生理周期管理アプリには、生理、性交、排卵日など極めて個人的な情報が記録されており、アプリのプライバシーポリシーによってはメールアドレスや居住地などの個人情報も収集されるものに含まれます。
Mozillaが行った調査で、生理周期管理の人気アプリ25個中、18個はユーザーのプライバシーとセキュリティの保護に関して問題があると発表しました。
そんな中で、Eukiはランキング順位は低いものの、プライバシー対策に特化したアプリです。データをインターネット経由で保存せず、全て使用しているスマホなどのデバイスにローカル保存するようになっています。
さらに生理の周期情報を知られたくない相手に偽の情報を表示する機能もあります。
これまでは利便性やデザイン性で選ばれてきた生理周期管理アプリですが、今回の騒動を機にユーザーデータの取り扱いの透明性も重視されるように変わってきました。
イノベーションの阻害となるか促進となるか
2013年以降、女性の健康課題を解決するジェンダード・イノベーションとしてのフェムテックは、ほぼ右肩上がりに成長してきました。
フェムテックは性と生殖に関する健康と権利(通称SRHR=Sexual and Reproductive Health/Rights)に密接なものなので、「中絶禁止法」を機にアメリカのフェムテック企業の躍進に影響を及ぼす懸念が出てきています。
ハーバード・ビジネス・レビューの記事によると、ヘルスケアデータが中絶を望む人を裁くために活用される懸念とともに、反中絶論者の次なる標的である不妊治療の体外受精(IVF)のビジネスも停滞するのではと危惧されています。
また、男性の投資家が過半数を占める現状で、起業家たちが切り開いてきたフェムテック分野に「法の介入」というリスクが追加されたので、今後、事業を拡大する資金流入が停滞する可能性もあります。
活発だったアメリカのフェムテックにとって制約が発生する事態になりましたが、一方で、これまで停滞していた「男性避妊」のイノベーション領域が注目される可能性もあります。
ContralineやYourChoice Therapeuticsのような男性用避妊のスタートアップは、開発に長い期間と資金を要していましたが、今後関心と投資が高まるかもしれません。
日本での女性の身体の自己決定権はどうなっているか?
ジェンダー平等が進んでいるはずのアメリカで起きた中絶禁止法をめぐる騒動は、法と女性の身体の自己決定権の関係を考えさせられる出来事です。
では、日本はどうなっているかを見ると「対岸の火事」ではないことが分かります。
日本では人工妊娠中絶をする際、「配偶者の同意」を得る必要があることで、女性が手術を断られたり、性暴力を理由に中絶を行う女性に大きな心理的負担があることが問題視されています。
※参考: “戦後まもなくから変わらない”日本の中絶 _ NHK _ WEB特集
また、女性の身体課題に関係する「生理用品の税率」や「緊急避妊薬(アフターピル)の薬局販売」の考え方についても、政党によって違いがあります。
不妊治療の保険適応は改善されつつありますが、保険適用外となる治療方法や薬があり、少子化対策が叫ばれる中で依然として産む意志のある当事者の負担は大きいままです。
※参考:「なるべく近道して妊娠したいので保険適用は諦めています」…不妊治療『保険適用の明暗』対象外の治療あり…助成金撤廃で負担増の人も _ 特集 _ MBSニュース
政治以外にも、生理周期管理などのヘルスケアサービスで、自分の個人情報がどのように扱われるかを見極めて使う必要性もアメリカの「中絶禁止法」騒動でわかったことです。
とても個人的な情報が事業者の意向によっては、ユーザー本人が意図しない使われ方をされる可能性があります。
とはいえ、長文の利用規約すべてに目を通して、内容を把握するのは難しいことです。
あらかじめユーザーデータ保護を掲げているEukiやClueなどを選択肢に入れたり、営利目的だけではなく、女性の健康と権利に寄り添っているか、企業理念に注目するのも選択肢として考えられます。
自分自身の「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」を守るには、知識を身につけ、自己防衛していくことが重要です。