子宮内に細菌は存在しないと考えられていたが、2015年にその常識は覆された。米ラトガース大学の研究者が子宮内に善玉菌の存在を発見。翌年には、米スタンフォード大学の研究で子宮内フローラの環境が乱れていると体外受精の成功率が下がると発見された。
世界で初めて子宮内フローラ検査を実用化させたVarinos株式会社。代表取締役の桜庭 喜行さん、取締役の長井 陽子さんに話を聞いた。
DNA技術を臨床に転換することで、社会貢献できるのではないかと思った
ーー2017年に創業したVarinos株式会社。設立した経緯について教えてください。
桜庭さん(以下、桜庭):私たち2人は、DNAの配列を高速で読み取れる「次世代シーケンサー(NGS)」を開発しているイルミナ株式会社の同僚でした。
この機器は、遺伝子の研究に使用するものですが、技術を応用して医療にも利用されています。たとえば、胎児の染色体異常を発見するNIPT(出生前診断)や、がんパネル検査などにも、次世代シーケンサーが応用されています。
イルミナとしては、このDNA検査技術を臨床に転換している会社を探していました。そういった企業は次世代シーケンサーを必要とすると考えたからです。
しかし、日本にはそのような企業はほとんどなく、冗談で「自分たちで会社を作ったらいいよね」などと話していました。そんなある日、長井に会議室に呼び出されて、会社を作ろうと言われたんです。
ーー長井さんが発案したんですね。
長井さん(以下、長井):私自身は研究者あがりで、「ゲノム研究を社会でどう役立てられるか」に関心がありました。
桜庭が担当していた生殖医療の現場は、ゲノム解析との親和性が高いという印象があったんです。着床前に遺伝子を解析して、流産につながるような遺伝子異常がない胚を子宮に戻す技術のマーケット開拓もしていました。
しかも、ベンチャー企業での勤務経験や開発経験もある。桜庭がいれば、必要としている人にDNA検査を届ける事業が作れるのではないかと思ったんです。
桜庭:優秀な技術者と優秀なビジネスマンはいるが、両方できる人材はなかなかいない。それならば、自分たちでゲノム検査を臨床に応用できる企業を立ち上げようと。
ーー「子宮内フローラ」に着目したきっかけは何かあったのでしょうか?
桜庭:設立当初から考えていたわけではありませんでした。きっかけは「子宮内フローラが妊娠に関わっているようだ」という論文を見つけ、これを検査できたらと考えたことです。
その後、実際に学会で、産婦人科の先生方に「子宮内フローラを検査できたらどうか?」と聞いたところ、非常に関心が高く「使ってみたい」という反応でした。
そして、子宮内フローラと関連があるといわれている腸内フローラの技術に長井が精通していたこともあり、きっと実現できると考え、ゼロから開発をスタートしました。
とはいえ、はじめは長井からは「この論文はn数が少ないけど、本当なのかな」と言われていました。でも「まずはやってみようよ」と。
長井:そうですね(笑)子宮内フローラがまったく新しい技術だったので、本当に実現できるのか正直ハラハラしながら開発を進めていきました。
しかし、開発にあたり、多くの先生方に検査の意義を理解していただけて、多くの医療機関と共同研究を実現できました。単純に研究を進めるだけでなく、研究したものを現場でどのように使用していくのか、という詳細まで、先生方と信頼関係を構築し、ブラッシュアップしていきました。
ーー研究だけでなく社会課題の解決に役立てる上で、現場との連携は欠かせないですよね。開発を進めるなかでは、どんな苦労がありましたか?
長井:子宮内フローラ検査は、腸内フローラ検査の技術を応用しているのですが、子宮内は腸内と比べて菌量が非常に少ないんです。
そのため、検体の99%が人の細胞で、そこに含まれる菌を正確に検出することが課題でした。あまりに微量な菌を解析しているため、空気中にいる菌や試薬に含まれている菌まで検出してしまうんです。
そのため、高い精度で解析できるプロトコルをつくることに苦労しました。また、検査の販売時期を先に決めていたので、時間との戦いでもありました。
ーー開発期間はどれくらいだったのですか?
長井:2017年2月に会社の登記をし、4月に国立成育医療センターでラボを借りて、検査の実現可能性を確認しました。
7月に自社でラボができ、共同研究先から検体を集めたのが10月。そして、検査の納品は12月というスケジュールでした。今思えばかなり短い納期だったので、開発期間は寝食を忘れて開発していました。
桜庭:クリーンルームを設置するには空調や気密性などさまざまな条件があります。条件に当てはまるオフィス物件は非常に少なく、オフィスの場所を探すのにも苦労しました。
ーー子宮内フローラの存在自体が知られて日が浅い状況かと思いますが、産婦人科ではどのくらい活用されていますか?
桜庭:現在は全国130~140の医療機関で利用されています。子宮内フローラをご存知ない医師もまだいると思いますが、子宮内フローラ検査について説明すると強い興味をもっていただけることが多いです。
子宮内は4、5年前までは無菌だと思われていたので、今でもそう思っている医師もいます。ただ、無菌とはいっても、子宮に着床をするので、妊娠を左右する何かが子宮内にあるのだろうとは思われていました。
受精卵を調べる検査があり、形や中身を確認できるのですが、検査をして問題のない受精卵を子宮に戻しても妊娠率は60%ほどです。
そういった状況から、妊娠しない場合は受け入れ側に何か要因があるのではないかと考えられてきました。そこに子宮内フローラが光を当てたと考えています。
ーー医療機関では、どんなタイミングで子宮内フローラ検査が活用されていますか?
桜庭:医療機関によって異なり、不妊治療の初診の患者さんすべてに使用しているクリニックもあります。最初に原因をいろいろ調べておくことが、不妊治療の期間を短くすることにもつながるからです。しかし、初期段階から検査するクリニックはまだ多くはありません。
不妊治療専門クリニックでは不妊の原因と思われることを一つずつ調べていき、その要因を取り除いていくことが多いです。1回の不妊治療には生理1周期分の時間が必要なため、さまざまな検査を進めるだけでも数か月単位かかり、治療が長期にわたってしまうこともあります。
早い段階で子宮内フローラの状態を知ることが、治療の短期化、つまり早く妊娠することに繋がっていくと言えます。
ーー今後の展開を教えてください。
長井:現在は医療機関だけでなく、個人向けにも検査キット「子宮内フローラCHECK KIT」を、妊活をサポートする企業を通じて提供しています。また、国内だけでなく海外からも反響があります。
2019年にヨーロッパの生殖医学会で、子宮内フローラの研究結果について発表する機会があり、とてもよい反応を得られました。
学会で出会ったオーストリアの先生から、「基礎研究で使ってみたい」という申し出があり、共同研究をしています。臨床検査としては、海外で広く不妊治療関係のプロダクトを売っている企業と提携し、ヨーロッパ、中東、アメリカでの検査提供開始を控えています。
ーー
子どもを望んでいるカップルの6組に1組が不妊であると言われている昨今。妊娠に影響を与えるとして、子宮内フローラに注目が集まっている。
さまざまな要因が影響し、精神的にも負担が大きい不妊治療だからこそ、身体の状態を早期に知り、クリニックでの適切な治療に繋げたいところだ。
開発研究だけでなく、臨床までを手がけるVarinos社だからこそできる、当事者に寄り添う研究開発に今後も期待したい。
※子宮内フローラの詳細や、個人向けの検査キット「子宮内フローラCHECK KIT」については「子宮内フローラ検査について」の記事で紹介しています。