日本には、月経中の女性が隔離されて過ごした小屋がある。

それを知ったきっかけは田中ひかるさんの『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)を読んだことだった。本書にはこう書かれている。

写真:筆者提供

「戦後も続いた月経小屋  江戸時代になると、月経禁忌にともなう民間の習慣についての史料も見られる。(中略)八丈島では、月経中の女性は五日〜一五日間、『他屋』あるいは『他火』(お産のときは『コウミヤ』と呼ばれる小屋に入り、他の人たちと同じ火を使わないようにした」(p.86)

そんな小屋があったとは……!

どうして隔離されたのか?

血に対する穢れ観が関係しているのか?

差別的と感じるもやもやをどう考えたらいいのかわからない。

初めて知る事実に、驚きと疑問が尽きない。

「いつか必ず見に行くぞ!」そう思い立ってから早3年——ついに車を走らせた。

「出産風俗の遺構」〜福井県敦賀市の産小屋(うぶごや)を訪ねて〜

写真:筆者提供

2023年現在、見学可能な産小屋が位置するのは、福井県敦賀市。

山に囲まれた敦賀湾沿いを走ると、色浜(いろはま)という集落がある。

この色浜集落に、産小屋が現存しているという。産小屋を案内する看板はないため、自力で探すこと約10分。ひっそりと佇む小屋を発見した。

写真:筆者提供

小屋は、海岸沿いにあったものが1974年に移築され、色浜集落の人々によって維持管理がなされている。

中は仕切られており、6畳の部屋が2つある。2つの部屋はそれぞれ用途があり、ひとつは女性が出産する前後に使用する分娩部屋。もうひとつは、月経中の女性が隔離される月経部屋だ。

色浜にある産小屋は、1960年前後まで使用されていたそうだ。意外にも最近まで使われていたのであった。

以上述べてきたことは、小屋付近にあった立て看板(小屋を説明するもの)に書いてあった。説明は、次の言葉で締めくくられている。

「前近代的な遺習と見られがちであるが、存外の合理性を秘めた過去の出産風俗の遺構である」

どうもこうも腑に落ちない。

なぜ隔離されたのか?

当時の女性たちはどのように感じていたのか?

この小屋を目の前に、どう考えたらいいのか。

産小屋を直接見ても、当初抱いた疑問は全く解消されないままだった。

私はもう少し調べてみることにした。

産小屋は地獄か天国か?〜当時の女性たちの声を求めて〜

若狭の産小屋の中 女性たちは別火生活を送っていた(文化庁:国指定文化財等データベースより)

調べてみると、日本だけでなくネパール、ミクロネシアやパプアニューギニアなどアジアにも産小屋があることや、京都、大分県、富山県など日本各地にあることなどがわかった。

地域の歴史研究会や民俗学の同好会などが、産小屋に関して書き記した蓄積がある。古いものとしては、戦前に行われた研究もあり昔から関心が寄せられてきたことがうかがえる。

産小屋は全国的に分布しており、およそ80数箇所あったという。

多く分布していたのは西日本で、特に静岡から滋賀にかけての東海エリア、石川や福井の北陸エリア、瀬戸内海である。

調べている中で、産小屋に対する面白い考えに出会った。

産小屋を、穢れからの隔離ではなく、祈りとしての籠りとしてみることはできないか?という解釈だった。祈りとしての籠り空間説は、目から鱗だった。

誰に教わったわけでもないが、自分の中で血=穢れ=産小屋の公式が出来上がっていたことに驚く。

現代ほど医療が充実していなかった時代。出産は命がけだし、生理痛やPMSの緩和もなされにくい。痛みは想像を絶する。そんな中で人々が祈りに頼ったことは、想像に難くない。

出産時につかまる紐 (文化庁:国指定文化財等データベースより)

産小屋では、いろいろな決まりがあった。

「家族と共に食事をとってはならない」、「小屋を出るときは体に湯をかける」、「床は土間にしなければならない」など。そうした決まりは、女性に対する抑圧とみることもできれば、祈りにまつわる一連の行為であるともとれる。

先に述べた先人たちの蓄積のおかげで、実際に産小屋を利用した方の声を知ることができた。

その中に「小屋にいた期間は、全ての家事から解放されて、女同士で楽しく過ごせたことが嬉しかった」という声があった。産小屋は、当時の女性に対する休養の機能を担っていたかもしれない。現代でいう産後ケア施設の原型は、産小屋であるという見方もできるだろう。

しかし一方で「産小屋は、切なかった」という声もあった。

どうしてもしみじみと響いてしまう。産小屋の決まりやそのありようは、地域によって異なる。産小屋を使用した女性たちの声も、一枚岩に語ることはできない。

正直言って、少し調べてみたところで、産小屋に対する見解や立場を決めきることは難しい。産小屋を説明するにしても、女性たちが小屋に「隔離されていた」と表現するのか「篭っていた」と表現するか。

けれども、遠くない過去において、月経中や出産時の女性が小屋で過ごしていた歴史を知ることは、現代の月経をめぐる状況を考える一助となるのではないかと思う。

<参考文献>
飯島吉晴(2014)『若狭の産小屋調査覚書』天理大学人権問題研究室紀要、第17号、pp.33-41。
板橋春夫(2022)『産屋の民俗』岩田書院。
板橋春夫(2020)『京都大原の産屋における籠もり空間』日本民俗学303号、pp.33-56。
大林太良(1990)『産小屋と若者宿の相関関係』国立民族学博物館研究報告別冊11巻、pp.173-178。
田中ひかる(2019)『生理用品の社会史』角川ソフィア文庫「文化遺産オンライン 若狭の産小屋習俗」 (最終閲覧日:2023年8月22日)

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