(Photo by Misa Nishimoto / Laundry Box)

「婦人科に行くことが億劫」

「近くに病院がなくて通うのが大変」

そんな声に応えて2018年6月にサービスが開始されたオンライン診察サービス『スマルナ』

『スマルナ』は、オンラインで医師と繋がり診察、薬を自宅まで届けてもらえるサービス。スマホの『スマルナ』アプリから本人確認書類をアップロードしてユーザー登録することで利用できる。問診の入力後、医師の判断によってテキストチャットまたはビデオ通話によって診察を行う。

とくにオンラインで行うピル処方のニーズは高く、さまざまな事情で婦人科に通えない人から支持され、提供開始から2年でユーザー数は20万人を超えている。

2020年7月、スマルナは、ロゴデザインやブランドカラーを一新した。スマルナを運営するネクストイノベーション株式会社、代表取締役社長の石井健一さん、ブランドデザインを担当する藤岡由依さん、にその背景やブランドに込めた思いを聞いた(代表の石井健一さんのみオンライン)。

ピルや生理を「アレ」という表現することへの違和感

「ピルをもらいに行く手間がかからず助かる」「ありがたい」といった声が届きユーザー数は増えて行く一方で、批判の対象になったのが、このキャッチコピーだった。

(ネクストイノベーション株式会社より提供:リブランディング前のスマルナ)

「女性のアレに、まっすぐ応える。アレのスマルナ」

このキャッチコピーに寄せられた批判は下記のようなものだ。

・ピルや生理を「アレ」という表現することに違和感がある
・ピルを利用してはいけないもののように感じてしまう
・「まっすぐ応える」と言っているのに、タブー視しているのではないか

ブランディング担当・藤岡由依さん:スマルナ は、一人ひとりが健康的な毎日を過ごせるようサポートすることを目的としたサービスです。ピルの用途としては、月経困難症の治療薬、避妊薬、緊急避妊薬などさまざま。それら全てを内包して“アレ”というワードを用いていました。

ローンチ前に、社内外にヒヤリングすると賛否両論がありました。「まっすぐ伝えたいなら“アレ”と書かずに『生理のスマルナ 』でもいいじゃないか」という意見も出ました。私たちが実現したいことは、生理だけではなく、避妊や性教育などもサポートすること。全てをひっくるめて一旦『アレ』で出してみよう、ということでこのキャッチコピーでスタートしました。

相談サービスをしているなかで、生理や避妊について「誰にも相談できない」「誰に話をしたらいいかわからない」というお悩みは常に多くいただいていました。

ロゴだけではなく、想いを込めたブランドメッセージを読んでもらえれば、私たちの意図はきっとユーザーさんに伝わる。そう思っていました。ですが、いざローンチしてみると想定外な批判の声が次々と上がりました。ここまで“アレ”が一人歩きするとは思っていなかったんです。

代表取締役社長・石井健一さん:当時サイトでも公開しましたが、「アレ」に置き換えないと発信できないような世の中っておかしいよね、だからまっすぐこれを受け取れる時代を作ろう、そのためにユーザーと一緒になって文化を作っていきます。というのが基本的なコンセプトでした。

藤岡が伝えているように、事前のヒヤリングではコンセプトに大賛成が半分、反対が半分と意見が真っ二つにわかれました。これなら世の中に石を投げに行くフェーズとしていいよね、ということでGoを出しました。

まさに「アレ」っておかしいよね、というメッセージこそが、僕たちが世の中に訴えたかったこと。賛成してくださった方も、そうではなかった方も意見を発信してくださいました。このコンセプトを忠実に再現するために、ローンチ以降、メンバーが一丸となってサービスの中身をひとつずつ紡いでいきました。

ピルは生理を持っている人の選択肢であるべき

(Photo by Misa Nishimoto / Laundry Box)

藤岡さん:生理の話をしたい人はする、したくない人はしない。それを選択できる世の中になるようにと願っています。

でも「そういう世の中にしたいなら、なぜアレって言うの?」、「このロゴのアイコンをホーム画面に置きたくない」、「サービスはいいのにロゴが嫌だから使いたくない」などの声もいただきました。視覚的なものがそこまで重要なのだと、さまざまな声をいただくことで、気づきました。

ピルは生理を持っているすべての人の選択肢であるべきです。それが、ロゴや私たちの伝え方が間違っているせいで、ピルへの偏見がなくならず、利用したい人が利用できなくなるのは、スマルナのブランドとして相応しくない。いま一度、ブランドメッセージを見直す必要があると強く思い社内で話し合い、リブランディングのプロジェクトがスタートしました。

毎日「心身ともに健康で元気」は難しい

(ネクストイノベーション株式会社より提供)

「スマルナ」は2020年7月、”自分のココロの変化、カラダの変化とうまく付き合いながら進んでいけるような人生×ワタシらしい人生を選べる・当たり前になる世の中を作る”というコンセプトを新たに打ち出した。

(ネクストイノベーション株式会社より提供)

新しいロゴは、生理によって引き起こされるさまざまな荒波から解放された”わたしらしい波”を「S」で表現。一日のはじまりから終わりまでを、朝日から夕焼け、夜に変化していく色をグラデーションで表現したという。

藤岡さん:からだには、ホルモンバランスの変化などバイオリズムがありますよね。生理期間がずっとつらい人は生理期間の12カ月分、生理前の不調も含めると1年の半分、心身ともにつらいという人もいます。

「心身ともに健康で元気」を毎日保つことは本当に難しく、つらいときに何かを選択したり決断することも簡単じゃないですよね。

ホルモンバランスの波と上手に付き合っていける、環境や仕組みを整えるサポートをしていきたいんです。人生で進みたかった道に進むことや実現したいことを実現するには、健康であってこそです。そんな世の中を作りたい。

そのために何ができるのか?藤岡さんは、スマルナのビジョンを以下のように説明する。

(ネクストイノベーション株式会社より提供)

1.医療が身近な存在に

生理や身体の悩みがあっても「病院にかかったほうがいいかどうか」がまずわからない。欲しい情報がすぐに手に入る。気軽に専門家に相談できる環境を作っていきたい。

2.パーソナルな医療体験を

かかりつけ医を見つける手助けをしたい。スマルナには約30〜40名ほどの医師が登録しているため、オンライン診察をきっかけにその医師が診てくれるクリニックに通うこともできる。スマルナだけで完結せずに継続的なサポートに繋げたい。

3.広げる 広がる

一般的に、生理について人と話す相手や機会がないのが現状。将来的なビジョンだが、ユーザー同士、あるいは医療従事者同士のコミュニティを育てていきたい。

(ネクストイノベーション株式会社より提供:スマルナの無料相談窓口に寄せられるユーザーの相談件数は毎日500〜600件にもおよぶ。薬剤師や助産師が8人体制(午前/午後で4名ずつ)で相談に対応しているとのこと。「まずはわからないことに回答し、ご納得いただいた上で、医師の診察に進んでいます」と藤岡さん)

女性だけの問題ではなく社会問題

「スマルナ」のローンチ時に旗振り役だった代表の石井健一さんから、藤岡さんを含む女性3名のチームに今回のリブランディングの担当を引き継いだ。また、クリエイティブディレクターにBOOSTAR INC.の濱田織人氏、アートディレクターにNOSIGNERの太刀川英輔氏、アドバイザーにilluminate代表のハヤカワ五味氏を迎え、本プロジェクトを進めてきたそうだ。

プロジェクトを藤岡さん率いるチームに託した理由、男性の立場から「生理や生理前の不調」を理解することについて、代表取締役社長の石井さんはこう話す。

石井さん:藤岡は、スマルナのサービス設計から参画しているメンバーの一人でもあり、カスタマーサクセスを担当しながらユーザーの声に耳を傾け、コミュニケーションを取り続けてきました。「アレ」を外しに行くプロジェクトの責任者として適任と考え、思い切って彼女に権限を移譲しました。

多くの男性の産婦人科医師は、学ぶこと、考えること、患者さんと接することによって「想像」し生理への理解を深めていると思います。私は薬剤師の資格は持っていますが、残念ながら婦人科領域での実務の経験はほとんどないため、医師のように「患者さんから」学ぶことができません。

しかし、同じように知識を学び、ユーザーとコミュニケーションをとることでしんどさやつらさを「想像」することはできると思っています。ジェンダーの課題やマイノリティに対する配慮は、普通に生きていると「これまで経験した価値観」でしか判断できません。「価値観をupdateすることに抗わない」という姿勢で学ぶことが大事だと考えています。

(Photo by Emi Kawasaki / Laundry Box:スマルナのユーザー向けに作られた産婦人科医監修の「ピルファクトブック」。高校生のユーザーから「学校に配ってほしい」という要望が寄せられたこともあるそう。希望する教育機関には無償で配布している。
PDFダウンロードも提供)

藤岡さん:女性だけの問題にするのではなく、社会全体で生理やピルに関する理解促進を図りたいと考えています。社会的にこの空気を変えて行くためにも、性教育や生理に関して活動している企業や団体も支援して行こうと社内で話しています。

「ピルで人生救われた」

藤岡さんは、大学卒業後に看護学校に進み、年齢や環境の変化とともにからだにも変化があったと自身の経験を語る。

藤岡さん:看護学校に通っていた頃でした。生理前はからだが重たくて、眠気とイライラで彼氏とよくケンカしていました。彼氏だけではなく家族や友達にもあたって自己嫌悪に陥るパターンを毎月繰り返していたように思います。それが半年ほど続いたある日、看護学校の授業でPMSに関する説明があったんです。

「生理前はこのような症状があり、総じてPMSといいます」と先生が説明したとき、びっくりしました。私、全部当てはまってるやん!って(笑)。女性の月経の回数が増えていて、社会的なストレスも増えている、という話でした。

授業終わりに「私PMSかもしれない。先生、どうしたらいい?」と聞きにいきました。先生は「ほんなら婦人科行って、ピルもらったら?」と。「ピルって何!?」と聞きました。私、看護学校に行くまでPMSもピルも知らなかったんですよ。

それからネットで調べたりしたけれど副作用とかよくわからなくて不安で、婦人科に行くまで半年くらいかかりました。重い腰をあげて婦人科でピルをもらったのですが私はたまたまピルとの相性が良く、ずっと悩んでいたPMSがかなり改善されました。

(Photo by Misa Nishimoto / Laundry Box)

毎日が平穏に生きられるってなんて素晴らしいんだ、と感動しましたね。自分のからだをコントロールすることが、人生をコントロールすることだと実感しました。

人生をコントロールするという意味では、避妊も同じくです。女性自身、自分の人生を選択する権利があるのだから、ピルを使って避妊することもそのひとつだと考えます。

そういう私も、少し前まではピルを服用することを周囲に話せなかった。理解が追いついていなかったり、単純に説明することが面倒だったり。「何飲んでるの?」と聞かれたら「サプリメント」と答えて誤魔化している時期もありました。

今でも、スマルナの相談窓口に「親にピルを捨てられた」「彼氏に浮気を疑われた」といった声が寄せられることも。プライバシーに配慮して、配送する箱にはピルだとわからないようにサービス名なども印刷していません。

(Photo by Emi Kawasaki / Laundry Box:ピルと同梱して送られる「はじめてガイド」は、「低用量ピル」、「中用量ピル」、「アフターピル」をそれぞれ用意。いずれも医師が監修している)
(Photo by Emi Kawasaki / Laundry Box:ピルの基礎知識から服用方法、飲み合わせや副作用についてもカバー。初めて利用する人にとっては心強い内容だ)

藤岡さん:ピルに対するある一定以上の知識をみんなが持っていたら、私みたいに「サプリメント」と言って誤魔化したり、面倒な説明をする必要もないはずです。だからこそピルへの理解を進め、偏見をなくす社会の実現を目指したい。

女性が何に困っていて、どんな社会を実現すれば生きやすくなるだろう?と、考えて考え抜いて今回リブランディングを行いました。考え抜いたと自分では思っているのですが、これが正解かどうかはわからない。これからもずっと考え続けなければならないテーマだと思っています。

New Article
新着記事

Item Review
アイテムレビュー

新着アイテム

おすすめ特集