11月22日、いい夫婦の日。
この日、渋谷区役所にて婚姻届を提出したカップルに“あるもの”がプレゼントされた。それは、精子セルフチェックキット「Seem」、そして、卵巣年齢チェックキット「F check」だ。
「Seem」は、アプリと専用キットを使って、精子の濃度と運動率を測定できるサービス。一方、「F check」は、自宅で血液を採取して検査センターへ送り、卵巣年齢をチェックできるサービスだ。それぞれ、株式会社リクルートライフスタイル、株式会社F Treatmentが提供している。
少子化対策にもなりうるこの企画を主催したのは、一般社団法人渋谷未来デザイン。行政が主体となり3年間の検討を重ね、目の前の社会課題を解決するだけでなく、新しい都市サービスの可能性を創造するための産官学民連携組織として2018年4月から活動を開始した。創造文化都市事業、ダイバーシティ&インクルージョン事業、アーバンスポーツ事業、渋谷区公認スーベニア事業など、常時20プロジェクト以上を進行している。
“産”が持つソリューションと、“官”が感じる社会課題をつなぐ、今回のプレゼント企画。担当者である、理事・事務局次長の長田新子さんに、企画の経緯や意図を聞いた。
行政のサイクルでは間に合わない
――まずは、渋谷未来デザインについて教えてください。
渋谷未来デザインは、現在、渋谷区と民間企業55社が参加している組織です。事務局スタッフには私のような民間企業出身者や、渋谷区からの出向者、企業からの出向者、大学教授などが集合体となって、さまざまなプロジェクトをパートナーと共に進めています。
行政が新しいことを始めようとすると、基本構想、基本計画、実験、実施計画など手続きにとても時間がかかりますよね。しかし現代の課題のなかには、そのサイクルでは間に合わないものもあると感じています。
一方で、素晴らしいソリューションを持っている民間企業があっても、直接行政に提案し、実現するにはハードルが高いこともあります。
そこで、私たちが両者の思いをつなげ、行政だけでは進められないもの、課題解決に向けてスピードアップしなければいけないものに取り組んでいます。渋谷区と民間企業が協業し、実験しながら実装するというイメージです。
区長からの「お、いいね!」
――今回の企画が実現するまでには、どのような経緯があったのでしょうか。
きっかけは、リクルートライフスタイル様から「いい夫婦の日にこういうことをやってみたい」と企画をいただいたことでした。私自身、2018年5月から「Seem」を知っていたので、何かできるはずだとずっと思っていました。
私たちは、保健師を中心に子育てサポートを行う仕組み「渋谷区子育てネウボラ」にも取り組んでいるのですが、渋谷区から我々の組織に出向している担当者に相談したところ「良い機会ですので、ぜひやってみましょう」という話になったんです。そして、渋谷区住民戸籍課へ提案したときも、とても良い反応が得られました。
その後、あるイベントで渋谷区長・長谷部健さんにお会いする機会があり、「今後の少子化対策のために一度やってみたい」と伝えると、「お、いいね!」と。そうして、今回の企画が実現しました。これはまだ、事業として起ち上げる前の段階なので、実験しながら皆さんの反応を見て、改善点を探しているフェーズです。
――渋谷区でも少子化対策が急がれているということでしょうか。
実は、渋谷区の子どもの数は増えているんですよ。したがって、少子化対策は急務ではありません。しかし、今後その可能性も出てくるでしょう。
また、渋谷未来デザインとしては、渋谷で実証し、東京、日本、世界へ展開することで、社会全体の発展へつなげることが大事だと考えています。渋谷は発信力が高い街。良い事例を作り、発信し、少子化に悩む地域に解決策を提供できればいいですね。
今回の事例に関しては(婚姻届を出す)住民戸籍課で配布したのがキーポイントだと思っています。婚姻届けはいつでも出せますが、実はある特定の日、例えば今回のようないい夫婦の日に入籍したいと考えている方が多くいることを知りました。さらに、私が見ていると、この大事な日はカップルで役所にいらっしゃる方がもちろん多いんですよ。男女ともに興味を持つきっかけになり、「こんな検査キットがあるんだね」という2人のコミュニケーションや、子どもに対する潜在意識にアプローチする良い機会になるのではと思いました。
渋谷区としては、「夫婦でこの街に住んでみたい」と思っていただけるサービスがあることが大切だと考えています。今回の検査キットの配布は、少子化対策への1つのドアであると同時に、本日夫婦になった方々へのプレゼントでもありますので。
“体温を計る”気軽さで
――今回、何組のカップルが検査キットを受け取ったのでしょうか。また、反応はどうでしたか。
渋谷区役所では、この日、97組のカップルが婚姻届を提出し、そのうちの42組に配布させていただきました(窓口営業時間8時半〜17時の婚姻組数、時間外を含む婚姻組数は124組)。
婚姻届を提出する際、職員の方から案内していただいて、検査キットに興味があれば、審査中にリクルートライフスタイル、F Treatment両社の担当者からご説明し、お渡しするという流れでした。
受け取ったカップルのみなさまには喜んでいただいていると思います。まだ具体的なライフプランではないものの「親戚の子どもを見ていて、いつかはほしいと思っていた」と話すカップル(30歳男性・27歳女性)や、「年内に子どもができなかったら受診しようと思っていた」というカップル(37歳男性・38歳女性)など、この企画を良い機会ととらえてくださった方々が多いようです。
所感としては、女性のほうが積極的だった印象です。今の社会では、「不妊の原因は女性側にある」という向きがあるからでしょうか。実際には、半々だといわれていますね。
――男性には「自分に問題があるとわかるのが怖い」という意識もあるのでしょうか。
検査キットのサンプルを受けとった男性スタッフに、数日後「試した?」と尋ねたら、「コンディションを整えてからじゃないと……怖くて」と(笑)。飲み会や夜更かしした後だと(精子の濃度や運動率が)下がってしまうこともあるのだとか。
でも、いきなり病院に行くほうが勇気がいるじゃないですか。「Seem」はスマホで簡単にチェックできるので、体温を計るくらいの気軽さで測定できます。そこで「もしかして」と思ったら病院に行けばいいんです。
不妊は男性側、あるいは夫婦ともに原因を抱えているケースもあります。こういうキットがあれば早く検査できますし、治療が必要な場合は早く始めることができます。現代のテクノロジーによるソリューションには希望がありますよね。
“産まない”選択も、当たり前
――最近は“産まない”選択をする夫婦もいらっしゃいます。そのような価値観に対してはどう思いますか。
“産まない”選択肢も、同じく尊重されるべきものです。今回は(検査キットに)興味のあるカップルにしかお渡ししていないので、決して産むことを推進するような意図はありません。全員が希望されるわけではないのが当たり前。それでいいんです。
でも、これは個人的な意見ですが、子どもを産みたい・産みたくないにかかわらず、卵巣年齢って調べてみたくないですか? 純粋に「どんな状態なんだろう?」と。もし、卵巣年齢が実年齢より高かったり、低すぎたりすると、不妊の原因や婦人科疾患の可能性もあるため、受診のきっかけになるかもしれません。
また、人の気持ちは変わるもの。「今は産みたくない」という方も、心境の変化で、数年後に「産みたい」と思い始めることもあります。どちらにもなる可能性があるなら、そのサポートができればと思っています。
今後の課題は“認知度”
――今回の配布を経ての感想や課題、今後の展開についてはいかがですか。
まずは、そもそも(検査キットを)ご存じない方も多いので、認知度を高めるきっかけづくりが必要ですし、今回はメディアでも発信するなど良い機会になったと思います。
受け取ってくださったカップル向けに実施したアンケートの結果をもって、次の提案を考えたいですね。渋谷区子育てネウボラと一緒にイベントをしたり、今回のように、語呂合わせのいい日に何かしたりするのもいいかもしれません。
検査キットは本来、「Seem」は3,618円(税抜)、「F check」は19,980円(税抜)を参考価格として販売されているものなので、毎回無料で配布するのは難しいかもしれませんが、渋谷区民には少し割り引きをして販売する仕組み、機会があるといいと思います。
目指すところは、渋谷区の人々が豊かに、安心して過ごせること。「この街で、夫婦で住んでみたい」と思っていただき、住み始めてからも「こんなサービスもあるんだ」「ここに長く住みたいな」と感じられるよう、今後もさまざまな可能性を探っていきたいです。
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