自分たちのカラダを守るにはどうしたらいいんだろう?
自身の経験を基に性教育団体ピルコンを立ち上げた染矢明日香さんにお話を聞きました。
*
なぜ避妊を学ぶ機会がないの?
「20歳の秋、思いがけない妊娠をしてしまった」
子どもを産んだ後の人生が思い描けない。そう感じた染矢さんは迷いながらも中絶を選んだ。しかし、自らの選択に対し、当時はなかなか後悔や罪悪感を拭い去ることはできなかった。
現在、日本での中絶数は年間約16万件。
「私と同じような経験をしている人がこんなにたくさんいる。周りの友人と話をしてみると『膣の外で出せば妊娠しないよね?』当時の自分と同じようにまるで知識がない。
いつ自分と同じように中絶を経験してもおかしくない。どうして私たちの周りには避妊について学ぶ機会がないんだろう」
こうして彼女は2007年、慶應義塾大学在学中に避妊啓発団体ピルコンを設立した。
産婦人科の先生を招いて大学生向けのイベントを開催したり、制作したフリーペーパーを配布したりした。
活動の滑り出しは順調に見えたが、「イベントや勉強会に集まる人たちはもともと意識が高い人。避妊に興味がない、本当に伝えないといけない人に届いていない」と感じる日々だった。
どうすれば中絶を減らせるのか。ある日、秋田県で中高生に性教育をしたら中絶率が下がったという情報を見つけた。
もともと秋田県は10代の中絶率が全国平均より高かったが、10年かけ3分の1にまで減少したのだという。
これをモデルケースにできないか。染矢さんは教育機関向けの性教育も行うことにした。
中学校や高等学校などから性教育の外部講師の依頼を受け、性教育を行なっている。
メンバーは、異なる価値観を持っている「身近な大人」
現在、ピルコンの在籍メンバーは約40名。それぞれ自身の経験から性教育について問題意識を持っているメンバーだ。
「メンバーには、それぞれに異なる背景があります。代表である私の考えがすべて正しいわけではありません。多様な価値観や経験を大切にしています」
「避妊や性感染症予防の根本には人間関係や、コミュニケーションの問題もある。知識は大事ですが、それだけでは不十分。
相手にどう伝えるか、自分ならどうするかと自分と向き合う時間も必要です」
ピルコンでは一方的に情報を伝えるのではなく、メンバーそれぞれが「身近な大人」として、生徒たちが自らどうするかを考え、決めていくことを促す講義を行う。
生徒たちの反応はさまざまだ。
アンケートでは、生理痛や生理不順についての悩みも多い。性を真面目にオープンに語る経験がないため、はじめはソワソワしているが、終わる頃には真面目に考えて感想を書いてくれる子もいるという。
染矢さん自身も現在3歳のお子さんを育てている。子どもへの性教育はどうしているのだろうか?
「価値観は1回教えて終わりではありません。生活の中で染み付いていく。たとえば性的同意についての説明では、いきなり性行為について話すのではなく、子どもと手を繋いだり、ほっぺにキスをするときに、私から『〇〇していい?』って聞くようにしています。
『嫌だったら嫌だと言っていいんだよ』答えがなかったら『じゃあやめておくね』と伝えることで日々自分の体は自分で決める権利があることを子どもに刷り込んでいます」
声をあげる、あげない、すべての選択を尊重する
性について真面目にオープンに話せるような環境を作る。
そのような取り組みをしている彼女だが、団体を立ち上げた当初から自らの体験を語り、声をあげていたわけではない。声を上げることで傷つく人がいる現状もある。
「声をあげた後の批判やバッシングは怖いです。#MeTooのキャンペーンも広がりましたが、勇気を出して自分の経験を話した人がセカンドレイプに遭ってしまうことがある。せっかく話してくれたのに、それが原因で逆に傷ついてしまう子がいる。すごく心が痛いです」
「まずは、経験を話してくれたことを尊重します。そして、セカンドレイプに対して、それはあなたのせいじゃないと繰り返し何度も伝えていく。
セカンドレイプの声以上に、その経験を話してくれた人の選択を尊重する言葉をかけていくということが大事だと思います」
そして、声をあげるという行動が全てではない。
「私たちはアフターピル(緊急避妊薬)へのアクセス改善を求めるキャンペーンもしていますが、自分の経験を語る時に範囲を決めて話すということも大事です。
全部真実を話す必要はありません。1回話したとしても、次からはやっぱり話さないという選択もあります。
匿名で声を上げるでもいいし、声をあげた人を応援するだけでも力になる。自分の経験と向き合いつつ、無理はせず、みんなで盛り上げていけたらと思っています」
私は私でいいと思えた母の言葉
実際に批判を受けたとき、どのような心の対処をしているのか。染矢さんには、母の存在が大きかった。周りに何か言われても、身近な家族や友人は私をわかってくれているから大丈夫だと思えたという。
「子ども時代は、母に愛されてないのかなと思っていた」彼女は4人兄弟の3番目。仕事の忙しい母に思うように甘えることができなかった。
性教育については、家庭で話すことはあまりなかったが、飾らない母の性格もあり、変に隠されることもなかった。
「小3くらいのときに、子どもってどうやってできるの?と聞いたら、男の人のおチンチンを女の人のお股に入れたらできるとストレートに教えてくれたんです。
当時の私は、そんなエッチなことを大人はしているのかと驚いて(笑)。翌日には『昨日お母さんにすごいこと聞いたんやけど、みんな聞く?』と、小学校中に言いふらしました」
ただ、その後は思春期もあり会話は少なくなった。そんな中での、望まない妊娠だった。母に妊娠したことを伝えた。
「産むにしろ、産まないにしろ、あなたが決めたことを応援する」
母のひと言に勇気付けられた。
しかし、中絶は想像していたよりも重かった。中絶手術当日にパートナーから心ない言葉をかけられ、一気に彼が憎くなった。
それと同時に、その人との間に子どもができ中絶したという事実が、自分にのしかかった。
「自分で決めたことだけどやっぱり辛い」ひどい精神状態の中、彼女は母に呟いた。
「自分がした選択に対して、どれだけ前向きになれるかで価値は変わるよ」
母の言葉が彼女の今の活動につながっている。
中絶をする前もした後も、変わらず接してくれる存在がいる。
「こんな私でも私であっていい、過去は変えられないけれど、これからできることをしていこうと思えた」
決して喜ばしい状況ではなかったが、自分がSOSを出したときに、母が自分のことを今まで見てくれていたこと、大切にしてくれていたことに気づいた。
資格がなくても性教育はできる
全ての人にこのような環境があるわけではない。だからこそ、ピルコンでは、メンバーが「身近な大人」として性教育を提供していく。
「私は資格を持っているわけではありません。でも、性教育って特別な人がやるものじゃない。誰もが生活で関わること。
日常の中で、誰でもどこでも性について学べる環境を作りたい」
最後に、聞いてみた。母になって心境は変わりましたか?
「子どもが生きているだけでいいと思える。それって自分自身もそういう存在なんだということ。そう思えたら私もラクになりました。
え、私のお母さんみたいに自分もなれるかって? なれるかなあ。私のお母さんみたいな、あんな大きな気持ちになれるかなあ」
スマートフォンに映し出された我が子を見て彼女は微笑んだ。
染矢 明日香 NPO法人ピルコン理事長
慶應義塾大学環境情報学部卒業。民間企業のマーケティング職を経て、性の健康啓発を行うNPO法人「ピルコン」を2013年に起業・現職。
若者向けのセクシュアルセミナーやイベントの企画・出展の他、中高生向け、保護者向けの性教育講演や性教育コンテンツの開発・普及を行う。
大学生ボランティアを中心に身近な目線で性の健康を伝えるLILYプログラムをのべ200回以上、2万名以上の中高生に届け、思春期からの正しい性知識の向上と対等なパートナーシップの意識醸成に貢献している。
その活動は、メディアでも注目され、性教育の社会状況について、マスコミに登場、発信する機会も多くなっている。著書に「マンガでわかるオトコの子の『性』」。
ランドリーボックスでは特集「#ボクとわたしの生理」を始めます。
ボク?男性に生理は関係ない?そう、生物学的な「男性」に生理はありません。
だけどみんなで社会を築いていく。そう考えたら、それぞれがお互いを知る必要があるのかも。
生理に向き合う多様な人たちの声を集め、性について考えていきたいと思います。