イラスト=斉藤ナミ

若い世代で涙袋メイクが流行っている。目の下に涙袋を描くことによって、顔の重心が下がってかわいいのだ。それ、私もやりたい!

肌色より少し濃いブラウンの涙袋用ペンシルが、いろいろなメーカーから販売されている。「自然な陰影ができてかわいい!」「涙袋が上手く描ける」とレビューサイトで評価が高い商品を買った。

待ちに待った涙袋ペンシル。これで私も今日からぷっくり涙袋ギャルだ!ワクワク!さっそく袋を開け、描いてみることに。ヌリヌリ…

え…影…どこ?

描いた感触はしっかりあるのに、まったく色が着いてない。目の下には果てしなく続く暗い肌色。そこには見慣れたたるみしかない。

そう。私は肌が黒すぎるのだ。影になるはずのペンシルが影にならないほど黒いのだ。

あだ名は「麩菓子」「まっくろくろすけ」な子ども時代

私は、生まれつきの地黒だった。小学生時代は、誰よりも黒かった。「麩菓子」「まっくろくろすけ」などというあだ名だった。今思うと酷いけれど、小学生の子どもがつけるあだ名だ、悪気はなかったのだろうと思う。

でもからかわれるたびに胸がチクリとした。

中学生以降も依然として黒かった。10代後半になりメイクをし始めたころ、かわいいピンクやベージュのアイシャドーを使ってみたが、いくら塗ってもこの色黒の肌の上では見えなかった。私のまぶたは、淡くてかわいらしいアイシャドーなんぞ、たちまち吸収したり瞬時に溶かしたりして消し去る力を持っている。

雑誌などで、たまに見かける「色黒さんにおすすめコスメ特集」に載ってるモデルさんたちは、私に比べたら全然色黒じゃなかった。ひと通りモデルとの黒さ対決をしてから読みはじめていたし、そこに載っている偽色黒モデルのことは決して色黒と認めまい!と勝手に敵視していた。

90年代後期に流行ったヤマンバメイクがそのまま素肌でイケるくらいには黒かったので、その時代には有無を言わさずギャルファッションのビッグウェーブにのることにもなった。

その頃、周りからは第一声で大体「めちゃめちゃ焼けてんね」と言われた。律儀に「地黒です」と答えていたが、「えっ!?そうなの?…(かわいそう)」という流れになるので、だんだんと面倒臭くなり「日焼け止めとか塗らないし、外で遊びまくってるから!健康的でしょ?」と答えるようになっていった。

日焼け止めは年中しっかり塗っていたし、趣味は読書と漫画を描くことなので、めちゃくちゃ屋内にいた。どちらかというと健康とは反対の世界で生きている。

「女の子なんだし、シミになるから、若いうちからでもちゃんと日焼け止め塗った方がいいよ」なんて言われて「そんなん面倒臭いよー」とヘラヘラするところまでがセットだ。

そんなこと言われなくたって、できることなら白くなりたい。私は、ずっと白い肌になりたかった。

少しでも白くなりたくて、雪肌精を買ったり、アルビオンの乳液を買ってみたりもしてみた。でも、いくら美白商品を塗りたくっても、私の肌は一向に白くならない。

「色の白いは七難隠す」という。少しくらい欠点があっても上品で、清潔で、美しく、可憐で優しく見えるというような意味らしい。美白化粧品、美白サプリ、テレビCM、雑誌、ネット、どこをとっても「美白」を推奨していた。

好きな男の子の肌が白いと、もう漂白剤のプールにでも浸かりたいくらいの気持ちになった。

肌に合うファンデーションがない

それから、一番悩んでいたのがファンデーションだ。この黒さに合うファンデーションが、当時日本には売っていなかった。今みたいに海外のファンデーションを気軽にネットで買うことなんてできなかったので、国産のファンデーションのカラー展開から一番暗い「健康的な小麦肌」「オークル30」などを選ぶしかない。

それでも私の肌の黒さは全然カバーできず、白く浮きまくって、まるでゲゲゲの鬼太郎(第6期)の砂かけババアのような、もしくは吐く寸前レベルに気分が悪い人みたいな、紫がかった浅黒い顔色だった。

肌が浅黒いのに合わせて顔立ちも彫りが深かったらまだかっこいいのに、顔立ちはのっぺりと造られているので、ただただ砂かけババアだった。

「オークル80」くらいのファンデはないのかと、いつも黒いファンデを探し歩いていた。

その後の私はというと、海外に行って色黒のおかげで外国人にモテてたとか、黒ギャルで有名になってひと稼ぎしたとか、黒く生まれてよかったみたいな、エッセイっぽい転機は起きなかった。

「もうこれで生きてくしかないか」、という具合に自分の地黒を認めて大人になった。

美白商品を見かけては、なんとなく自分を否定されてるような気分になったり、他人から「なんでそんなに黒いの?」と悪気なさそうに聞かれるたびに、少し傷ついたりしながら大人になった。

白でも黒でも黄色でも、それぞれが美しい

今となっては、たくさんのカラー展開がされている海外のファンデをネットで買うこともできるようになり、なんとか自分の肌に合った色が手に入れられるようになったし、自分の肌の色に合うアイシャドウやチークの色味もわかってきた。

日本の芸能界やモデル界でも色黒な女性がたくさん活躍しているせいか、昔よりは絶対美白主義みたいなものも薄まりつつあるようにも思う。

高橋メアリージュンさんや、ローラさんや、みちょぱなどは、ひと目見たときから全力で応援している。そして、これからもずっと応援しつづけるだろう。

ちなみに、色黒で肌の綺麗な有名人を見かけると、どこのファンデを使っているのか分かるまでSNS等で徹底的に調べあげる技が身についたので、もし知りたい人がいたら私に聞いて欲しい。たぶん教えてあげられる。

最近は、イエベだとかブルベだとか、骨格ウェーブだとかストレートだとか、それぞれのパーソナルカラーや、骨格など判断して、それぞれがその中で似合うものを身につけようという観点で美のコンテンツも増えてきている。

さまざまな分野で多様性を尊重する動きがあり、美容においても、一律に「白い肌が美しい」という概念は昔よりは薄まっている。肌が白でも黒でも黄色でも、自分のもつ肌色の中で、美しさを高めることに目がいくようにもなってきたように思う。

日本でのカラー展開が多い化粧品ブランドの発信や、いろんな体型のモデルを使っている企業の発信には「いいぞ、もっとやれ」と、こそこそと「いいね」を押して普及活動を行っていたけれど、これからは、もっと押しまくろう。

もっともっと、変えていこう。

子どもたちには、そのままの自分を好きでいてほしい

それでもやっぱりあの頃のコンプレックスは変わらず残っているし、白い肌が羨ましいという思いは、今でもある。私は自分を自分のまま、好きでいられなかった事実がなにより悲しい。

だから、この国でももっともっと「そのままで美しい」が、広がっていって欲しいと思う。

私のように、大人になってようやく飲み込めるようになるのではなく、子どもたちがみんな自分をそのまま好きでいられる世の中になって欲しいな、と強く思う。

自分の子どもが、見た目で自分を嫌いになってしまったら、悲しすぎる。

だから、手始めに自分から。

私は「黒くてセクシーで元気そうでいいでしょ」と心から思っていきたいし、発信していきたい。子どもたちにもそう伝えていきたい。

今日は、子どもたちが帰ってきたら、黒ギャル時代の私の写真でも見せてみようかな。

きっと「ぎゃー!」って驚くだろうな。ぐふふ。

ーおしまいー

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