「山と生理」について、私の体験談を紹介したい。

幼少期から地元の野山を駆け回っていた私が、本格的な登山を始めたのは2018年の冬だった。

Photo by 横畠花歩

忘れもしない真冬の山行は、はるかに北アルプスの連山を望見する中央アルプスにある、標高2500メートルの山。

本格的な装備をして、ソロ登山に慣れている友人に連れられ、はじめて冬山を登った。

冬山の静けさと美しさ、吹き荒ぶはげしい風、人間には敵うことがない圧倒的な力強さに一瞬で心奪われ、一度の山行で、見事に山に魅了されてしまったのだ。

ひと夏を山小屋で過ごすことに

その後、私は居ても立ってもいられず、すぐに北アルプスにある夏の山小屋勤務に応募した。募集人員は3人。

登山口から約13時間をかけて登らねばならない、秘境と呼ばれる場所で、ひと夏を過ごすことに決めた。

夏を前に、私は日々トレーニングに没頭した。一日がかりでないとたどり着けないような山小屋に、2カ月分の荷物を背負っていく必要があるから。晴天・雨天など天候の異なる日、体調のいい日だけではなく、ちょっと厄介な生理の日。

さまざまな状況を想定し、自分の体力や体調を確認しながらトレーニングを重ねた。

そして、いよいよ迎えた入山初日。山の天気も私の体調のコンディションも良く、これから始まる豊かなひと夏への期待に、最後まで足取りは軽いまま山小屋に到着。

Photo by 横畠花歩

背負っていた荷物の中には、2回分の生理用品が入っていた。夜用、昼用(多い日・少ない日)ナプキン、タンポン、ライナー。それに鎮痛剤が5日分。

私の生理周期は28日で、多少のズレはあるものの、安定しているほうだ。

ただ、経血量が多いタイプゆえ貧血には要注意。生理前から生理終盤にかけて食欲が減退するため、食事は多めに摂ることを意識している。

毎月やってくる生理は、月によって症状が変わり、心に静かな湖が広がっているようなときもあれば、台風の目が全身を駆け回るような凶暴性があるときも。

それでも20年間も自分の生理と付き合ってきたし、その気まぐれに振り回されることをある程度抑制できる。「準備がすべて」そう思っていた。

突然の体調不良とともにやってきた生理

人生で初めての経験をしたのは、山小屋勤務の初日から3日ほど経ってから。

生理に備えてライナーを付けていた日だった。もう少しで勤務時間が終了というところで、自分の下着が濡れる感覚があった。

同僚の女の子に、お手洗いに行くと告げ、ポケットに忍ばせていたタンポンを持って小屋のトイレに早足で向かう。

便座に腰掛けると、蛇口から水が流れ落ちるように経血が出て、その瞬間、下半身にひやりとした感覚が走り、突然の悪寒が……。

呼吸が浅くなり、頭を垂れて深呼吸したあと、壁に手をついて不安定な足元を支えながら、私はトイレから出た。事務所まで歩く道のりの遠いこと。

思考の止まった状態で、椅子にだらりと腰掛けたまま、しばらくすると従業員の食事の時間を迎えた。

食欲はなかったが、ここで食べないと負ける。しゃもじを握りしめ、お茶碗に気合いを込めてご飯を盛り、目の前に並んだ鶏南蛮や、茄子とピーマンの中華炒め、ポテトサラダに集中する。

「なんか、顔色悪くない?」

調理担当の女性が声をかけてくれた。

充実した食事は、私にとって毎日を楽しく過ごす山小屋の生活に欠かすことはできない大切なもの。

それなのに、味がしない……。

夕食を終え、寝る前には明日の服を準備したい、顔を洗いたいし、歯も磨きたいし、ナプキンも取り替えたい。

消灯時間が迫るなか、居心地の悪い悪寒は続いていた。

なんかおかしい。

そう思ったときには、すでにタンポンからナプキンに血が染み出していた。取り替えてまだ2時間も経っていないのに、昼用ナプキンから溢れるくらいの出血量。

これはまずい。

ひとまず新しく夜用ナプキンを当ててから歯を磨き、どうしたものかと身体に起こっている異常事態への対処法を考えた。

大ピンチ!ひとりトイレで迎えた修羅場

夏とはいえ、夜になると冷え込む。湯たんぽを準備して着替えを済ませ、ベッドに身体を潜り込ませようとすると、さらに体調が悪くなった。

吐き気と頭痛、そして腹痛。ありとあらゆる不調がいっぺんに私を襲う。

グラグラと揺れる頭を抱え、壁を伝いながらトイレへ。異常な出血量を見てさらに血の気が引いた。頭を下げた瞬間に吐き気が止まらず、すぐに回れ右をして胃の中のものを吐き出す。かと思えば、突然お腹を下し、ひとりトイレの個室内で修羅場を迎えていた。

これは、もう、だめかもしれない……。

ふと、その波が落ち着いた瞬間にトイレから出ると、誰かに腕を掴まれ、意識が遠のいた。

生理に太刀打ちできないことに絶望

目覚めると、私は自分のベッドにいた。

私のお腹と背中にはカイロが貼られ、暖かい毛糸の靴下を履かされ、枕元には白湯の入った保温ボトルが置かれている。

女子部屋のメンバーが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

彼女たちの処置によって、今の状態にあることに気づいた私は、「ありがとう」のひと言を伝えるので精一杯だった。

経血の伝い漏れ対策になればと、手ぬぐいをパンツのお尻部分に挟み込み、再び毛布に潜り込んだ。

「何かあったら声を掛けて。時々ヘッドライトで照らして様子を見るから」毛布のはるか遠くから聞こえる声を聞きながら、一瞬で深い眠りについた。

翌朝あらためて話を聞くと、トイレにこもっていることを心配した女性のスタッフが外で待っていてくれたこと。

トイレの前で膝から崩れる私の両腕を支え、抱えながら部屋に運んでくれたこと。氷のように冷たくなった身体に、あらゆる処置をしてくれたことを知った。

山で迎えた初めての生理で、持参していた全ての生理用品を使い果たした私は、これまで自分がコントロールできる・飼い慣らせると思っていた生理に対し
て、太刀打ち出来なかったことに絶望した。

なぜ女性だけが、この素晴らしい時間を奪われないといけないのか

Photo by 横畠花歩

準備や対策が通用しないとわかって、ほかに何ができたのだろう?

助けてくれた彼女たちには、感謝してもしきれない。

同時にもし彼女たちがいなかったらと考えるとゾッとする。登山中だったらと考えると、女性のカラダが持つハンデに腹が立ってくる。

山小屋の女子部屋のメンバーしか、この夜の出来事を知らない。

足りなくなった生理用品と追加の鉄剤は、後日、恥を忍んで知人の男性に届けてもらうことになった。

下山後に受診した婦人科では、今回の体調不良の原因は「高山での環境変化に対するストレスによるもの」と診断された。

医師からは、次回の山行では生理の時期を外す、もしくはピルの服用をして周期をずらすことを勧められた。

なぜ山での素晴らしい時間を、生理によって奪われなければならないのか。

山に登るという誰しもに与えられた平等な権利に対して、性差による不条理があることに、微かで確かな怒りを覚えた。

少しでも理解が深まることを願って

Photo by 横畠花歩

私は、誰にも言えなかったあの夜のこと、あの夜をともにした同志しか知らないこの出来事を書くことに、実は悩んでいた。

それでも私は、ある願いを込めて、声を上げたいと思った。

山で顔色の悪い女性を見かけたとき、気遣ってくれる人がいますように。

誰かが絶望しているその横で、寄り添ってくれる人がいますように。

このメッセージが、女性の身体への理解を、少しでも深めますように。

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