昨今、生理についていろんなサービスが増え、SNSなどでも話題にあがることが増えてきている。少しずつタブーではなくなりつつあることは大変喜ばしいことです。
でもそんな生理もいつか終わりがくる。面倒くさくて、イライラさせられる生理が終わる、つまり閉経。
その時期は「更年期」と呼ばれ、また「更年期障害」なんていう言葉があるくらい、それはそれでまたネガティブなイメージが付きまとっています。
生理から解放された!と手放しで喜ぶことではないようです。
閉経がどう受け止められているのか—— 私が住んでいるフランスで調べてみました。
医療的視点で語られるフランス
インターネットで「閉経」を意味するménopause(メノポーズ)という言葉を検索してみると、どのような症状があるのか、それにどう対処すべきか、ホルモン系の薬ならこれ、ホメオパシーなどの自然療法、などなどの情報が出てきました。
症状については、解放どころか発汗だったり急に身体が火照る、頭が痛くなる、うつ状態になるなどなど、どちらかというとうんざりするようなことばかり。
いろんな情報があるようには見えたのですが。どうもなにか引っかかる。
そうだ。フランスでは、閉経(更年期)=病気、という捉え方が多いのです。それはなぜでしょうか。
また、女性なら誰でも通る道、閉経や更年期。プライベートなこととして捉えがちですが、実はこれは社会全体がどう捉えているのかと密接に関係しているのです。
「閉経」は社会的背景によって捉え方が異なる
フランス語や英語のメノポーズという言葉は19世紀の医療の発達とともに、医療業界で医師によって作られた言葉だそうです。
社会学的観点から閉経について考察をした著作、「La fabrique de la ménopause – 閉経の作り方」を書いた社会学者のセリーヌ・シャルラは本書の中で、こう説いています。
歴史を振り返ると、長い間、女性は男性と比べて劣ったものとして見られていたのに対し、19世紀以降、女性は男性とは「異なる性」として認識されるようになったと言います。そこで登場したのが「閉経、メノポーズ」という言葉だったのです。
フランスでは医師のシャルル・ド=ガルダンヌが1816年、著書の中でこの言葉を使用しました。ですからメノポーズという言葉は、自然の現象をそのまま言葉にしたというよりも、むしろ表象と社会的関係の中で生まれた科学的分類だ、とシャルラは定義しています。
「閉経、メノポーズ」という言葉は社会的に構築されたものと言えるのです。
生理が終わるという身体の仕組みは、人類共通しているにもかかわらず、それをどのように捉えるのか、それは社会全体の価値観や歴史、文化によって異なるのです。
80年代の日本女性は、ホットフラッシュよりも夫の心配
この本の中には、さまざまな社会の例が挙げられています。
たとえば、ニューギニアのバルヤ族の女性たちは、閉経を迎えると社会的地位が変わります。生理の血が男性中心社会において恐れられているため、それがなくなることで女性たちは解放され、発言や行動の自由が与えらるというのです。
一方、日本の場合は、捉え方が大きく異なります。
80年代の日本を研究していた、カナダの人類学者、マーガレット・ロックは、いわゆる閉経の時に必ずと言っていいほど起こる「ホットフラッシュ」という症状に合致する日本語がないことに驚いたそうです。
日本語では身体の火照り、急な発汗という表現をしています。
さらに、その時代の女性たちは閉経という言葉よりももっと「更年期」というプロセスとして捉えることが多く、閉経そのものに関しては西洋社会よりもこだわりが薄いという考察があります。
それはそのころの日本の社会では、ちょうど閉経を迎える女性たちの重要な悩みというのが「ホットフラッシュ」よりも、「長時間労働の夫」、「あるいは老後を迎えた夫の健康」などだったので、自分の身体に起きていることは問題視されていなかったことが理由のようです。
このように、閉経と更年期に現れる身体の変化すら、その時代、その文化によって感じ方が異なると言えるようです。
そもそも「女性性をキープ」すべきなのか?
冒頭でお伝えしたように、フランスの社会では、医療的な観点からのアプローチが多く、女性たちは何かしらの不安を感じることが多いようです。
上記した社会学者のセリーヌ・シャルラは、ホルモン剤がベースの薬による治療自体にも実は女性とはどうあるべきか、という思想が潜んでいると言います。
閉経とは女性が女性として成立するために必要なホルモンが低下すること。だからそれを補うべきだ、という考えに沿って、治療が行われるというわけです。
ホルモン剤を使って、乾燥肌、シワ、体重増加、あるいは身体の火照りといった「症状」を和らげるというのが目的になっているのです。なるべく老化を隠したい、つまり女性性をキープすべきである、というメッセージが根底にあるというわけです。ここから見えてくることは、女性と若さというのは、まるで同じものであるかのようになっているという点かもしれません。
しかし閉経を迎えて、もう子どもを産むという機能がなくなるというのがなぜ、女性と見られなくなることと一致してしまうのでしょうか。そして、そもそもそうあるべきなのでしょうか。
ホットフラッシュは「真夏のビーチ」
女性も歳をとるのだ、それでいいではないか、それは美しいのだ、という女性たちがいます。
フランスでとても有名なフェミニスト、テレーズ・クレールはあるドキュメンタリーでこんなことを言っていました。
「(閉経後)私はとても濃くて充実した人生を送ってきました。ですからお医者さんたちには、閉経とともに女性の人生が終わってしまうというような言い方をしないで、と言いたいですね。なぜなら、閉経とともに女性の人生は始まるのですから!」
また、フランスのラジオ局、Arte RadioのPodcast à soi(自分のためのポッドキャスト)は、毎月一回、性、フェミニズム、男女平等などをテーマに、さまざまな証言や考察について発信しています。そのひとつに、「Vieilles, et alors ?、年寄り女?だから何?」という番組があります。
ここで紹介されているのが、マルセイユ在住の48歳から65歳の女性たちが立ち上げたMénopause Rebelleという名前の団体です。
毎月女性同士で集まり、閉経を迎えることの不安を話し合ったり、あるいは笑い飛ばしたり。若者が中心の社会での生きづらさを語ったり、はたまた女性として歳を重ねることの楽しさを追求したり。
そもそもこの集まりは南仏マルセイユの街の壁の「ménopause rebelle」という言葉の落書き(タグ)から始まったそうです。フランス語の「rebelle、反抗的な」と「Re、再び」「belle、美しい」の言葉をかけています。これに共感した女性たちが、度々集まるようになってできた団体です。
そんな彼女たちも、まさかいつか自分が歳を取るだなんて思っていなかったと言います。別の団体で活動をしている女性は、白髪になったりシワが増えたり太ったりと言った体の変化について、若い頃は「趣味の問題」くらいに思っていたと言って笑います。「白髪を見せてシワまでつけちゃって、なんてかっこ悪いんだろう!もっと若くいればいいのに!」と。
閉経や更年期というとまるで女性ではなくなっていくかのようなイメージが付きまといます。そして彼女たちも言うように、まるで社会から(女性として)見えなくされてしまう、隠されていくような感覚があります。それにあえて抗って、壁にタグをする、という「見せる」行為から始まったこの活動。
「女性として社会からいなくなるのではない、もっと自分たちがしたいと思うようにするべきだ」という強い、熱い意思が伝わります。
そして、更年期特有の火照りに関しても「真夏のビーチにいる自分を想像していたわ!」ととても前向きな証言を聞いていると、更年期や閉経の暗いイメージが覆されていきます。
「閉経」や「更年期」に対する見方が変わりつつある時代
シャルラ氏は著作の中で、閉経というのは現代医療では生殖期の最終フェーズとして捉えられるのではなく、むしろ障害あるいは退化といったもののプロセスと捉えられていると言います。
一方で妊娠や不妊という言葉には多くの意味が含まれ、女性のアイデンティティはあくまで生殖という部分にフォーカスされがちです。
フェミニストのテレーズ・クレールは、更年期を迎えてからも恋をしたり仕事をしたりと、有意義でとても濃い人生を送ったようです。どんどんと人類の寿命が伸びている現代では、これまでの閉経や更年期ということに対する見方も変化していくべき、そして変化しつつあるのではないでしょうか。
あなたは閉経という言葉にどんな意味を与えたいと思いますか。
ランドリーボックスでは特集『#閉経エトセトラ』を始めました。
欧米では、閉経や更年期を「change of life」と言うらしい。
人生の転機。
閉経を迎え、生理の煩わしさから解放されたと喜ぶ人もいれば、女性が終わるようで寂しいと感じる人もいる。
でも、ただ一言「お疲れさま」と自分と向き合うきっかけがあってもいい。
ありがとう、私のカラダ。これからもよろしくね。
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