セックスワーカーの経験も持つフェミニスト作家、ヴィルジニー ・デパント。彼女は自身の経験を通してフェミニズムを考えます。そしてそれはすなわち、自分の暮らす社会を考えることでもあります。昨年から続くコロナ禍のため、今回のインタビューもZoomで実施となりましたが、彼女はこのような社会、そしてこれからの社会をどのように描いているのでしょうか。

【単独インタビュー(1/3)「セックスワーカーだった私を豊かにしてくれた、アメリカのフェミニズム」はこちら

お金がなければ自立は不可能な社会

——本書では、女性が自立した生活を築くために、金銭面の自立が重要だと述べられています。

金銭面の自立は、女性の自立の一部ということではなく、女性の自立は金銭面の自立から始まるのです。現代の社会システムの中で生活する以上、家賃を支払い、食べ物を買うお金が必要です。ですから自分の名義で銀行口座を作り、金銭面での自立をすることで本当の自立が始まるのです。

この社会では、仕事をしてお金を稼ぐ以外の選択肢はほぼありません。お金がなければ自立は不可能です。金銭的な自立が不可能な場合、もし暴力的な被害に遭っても抜け出すことが困難です。「1人になりたい」と思ってもそれを実現させることもできません。ですから金銭的な自立が第一、と考えます。

社会が後戻りしないため、アフターコロナで優先すべきこと

——今では権力を持った女性も多く存在するようになりました。例えば企業で女性役員が増えるなどの動きが見られます。こうした動きもフェミニズムの結果と言えるでしょうか。

これももちろん、フェミニズムの結果のひとつと言えると思います。ただし、これがフェミニズムの結果として最も重要なものだとは思いません。

特にこのコロナ禍を経て、まさに最優先として考えなければいけないことは、中級階級あるいはそれ以下の不安定な状態にいる女性たちの問題です。不安定な職につき真っ先にクビを切られ、被害を被るのも彼女たちです。こういった女性たちというのは世界を見渡すとたくさんいます。

Photo by Chris Barbalis on Unsplash

ですから、今日のフェミニズムが優先的に取り掛からなければならないのは女性経営者の問題ではないのです。明日にはもしかしたら家も追い出され、仕事もなくなるかもしれないような女性たち、不安定な仕事をしなければならない彼女たちこそが優先されるべきです。

彼女たちの問題に取りかからなければ、コロナ禍を経て、社会が激しく後戻りしてしまう可能性が十分にある。女性の地位が以前よりもさらに脆弱なものになってしまう危険性があるのです。もちろん、一方で、女性が社会進出を果たし、経営者となり、決定権を持つ地位に立つことも重要だと思います。名誉ある賞を受賞する監督や作家になることだって必要。女性が第一線で活躍しているという姿がなければ、重要なことは全て男性が行なって、彼らが決定権を持つイメージがいつまでたっても消え去らないからです。

そういう意味で、2つとも重要だとは思っています。ただ、このコロナ禍という今の状況を考えたら、立場の弱い女性たちの問題を解決する方が優先的だと思うのです。

——女性と社会階級は重要な問題ですね。

とても重要です。というのも階級が違えば抱えている問題もまた異なるからです。恵まれた環境にいる女性は自由で解放されているとは言い切れませんが、やはり困窮している女性よりも、恵まれた女性の方がいろんな意味で保護されているのも現実です。

Photo by Laundry Box

失業や不安定な雇用などによって生活を脅かすような状況に置かれた女性たちにとっては、政治的に戦うことも、声をあげることも、またその声をきちんと届けることも、恵まれた環境の女性より難しいのです。

今日ヨーロッパにおいて、女性の社会進出は確かに進んでいますが、政治ではどうでしょうか。女性政治家もちらほらいますが、それでも最も重要な役職に就いているのは男性、という構図は変わっていません。

それは連帯以上のもので、男性の正当な相手となりうるのは常に男性である、という考え方があるからでしょう。歴史的な経験を振り返ってみると、それはことごとく妄想でしかないことは証明されてしまうのですが。

若い世代に見える変化の兆し

——そうはいっても、男性優位の長い歴史を覆すのは大変ではないでしょうか。

歴史は変わります。例えば私の両親たちが生きた社会と私の世代が生きている社会というのは全く異なっています。そして私たちの子どもの世代が生きる世界もまたさらに変化していきます。ですから歴史は変わると言える。

私たちは共同体として物語を語り続けてきました。そしてこの歴史という物語はとても早く進展することもあります。具体的な例としては、アメリカのある時点では黒人大統領が出てくることなど想像すらできないことでした。しかし実現したのです。

だからと言ってアメリカの全ての黒人の状況が改善したとは言いません。それでも象徴的な意味では、とても強いものがありました。これもまた歴史なのです。ですから歴史は変わるというわけです。

また、私には子どもはいませんが、友人の子どもたちを見ていると、私たちの世代からの変化を感じます。今の世代の女の子たちは自分たちも完全なる市民の一員であるという確固たる意識を持っています。男性と全く同じ権利を有していて、同じことができて、同じことをしたいと願う権利があることを知っているのです。

そして、男性にへつらうために我慢をすることには関心を持たなくなっています。もちろん私生活の中で男性に気に入ってもらいたい、というような願望を抱くのは個人の自由ですが、社会的に男性の気を引かなければ、というような意識はなくなってきています。

以前よりも抑圧されていないですし、男性が幸せになるために自分たちが存在するという考え方は持っていません。フェミニズムの運動を見ながら育った世代というのは昔の親たちと同じようなことは自分たちの子どもたちには言わないでしょう。女の子だからどうとか、男の子だからどう、というような言い方はしなくなるわけです。

Photo by Caroline Hernandez on Unsplash

またテレビドラマなどのコンテンツにおいても変化を感じますね。昔よりも、面白い女性ヒロインのドラマが圧倒的に増えました。私が子どもの頃は、女性主人公のドラマなんて2年に1度あったかどうかです。そして彼女たちはただ可愛いからそこにいるわけではありません。周辺の男性、兄弟や夫などに支えられている人物として登場するわけでもありません。彼女たち自身が自立していて、物語を進める役割を担っています。

音楽界でも同様です。私の時代にはいなかったような女性歌手が増えています。マドンナが登場した頃は、マドンナのような歌手は彼女しかいませんでした。今ではたくさんいますね。そういう意味でも物事は変化しています。

もちろん、これがいい方向へと向かうために、常に気をつけていかなければいけません。私は自分より若い世代の女性たちと話をするのが好きです。そして楽観的に物事を考える方がいいと思っています。そして彼女たちを見ている限り、希望があると思えるのです。新しいことを築くことは可能だと思えるのです。

人種、社会階級、年齢。私たちが社会から押し付けられているもの

——ほかに、私たちが社会から押し付けられているものはあると思いますか?

人種があります。私は白人女性で、白人の国に住んでいますが、男性にも女性にも友達がいて、また、黒人、アラブ系、あるいはアジア系など人種もいろいろです。そして誰にとっても人種というのは無視できない点なのだということに気づきました。

自分の人種がマイノリティである国で暮らしていると、もちろんマジョリティ側の全ての人からではないにしてもあなたの人種についてなんだかんだいう不器用な、あるいは悪意のある人というのも十分いるものです。

Photo by Clay Banks on Unsplash

私はアジア系のコラリー監督と映画を作りましたが、彼女がアジア系であることを指摘をされたり、アジア系だからと何かを期待されたりしているのを見て驚きました。自分の人種がマジョリティではない場所で暮らすと、人種というのも、社会から押し付けられているものの1つになると思います。

それから先ほどの話にもあった社会階級も挙げられます。これはもっと事実に根付いた点です。あなたにはお金があるかないか、仕事があるかないか、という事実に基づいている話だということです。

有名企業でも劣悪な環境で働かざるを得ない人々がいます。彼らの労働環境は私のように作家活動をしている人とは全く異なったものなのです。これは人種のように周囲が指摘をすることで押し付けが起きることとは少し異なります。ほかに社会的に押し付けられていることがあるとしたら年齢もあげられると思います。

——閉経を迎えた女性たちが「女性と見られなくなる」と感じるという声を聞いたことはあります。

それは実際にとても厳しいことなのです。私はレズビアンなので状況はもう少し緩やかです。女性の女性に対する視線の残酷さというのは、男性の女性に対するそれとは異なるからです。しかし私の周囲の話を聞く限り、歳をとると彼女たちはそこにいるのにその存在が少し減ってしまうような、そんな状況が生まれているようにも思います。本当に厳しいです。

「以前と同じは嫌だ」「NO!」と希望を持って立ち上がることを願う

——デパントさんが何か恐れていること、怖いと思うことはありますか?

楽観的にいたいと思うのですが、それでも今フランスで起きていることには恐ろしさも感じます。アフターコロナの社会は、果たして、以前よりもより良い世界を作る方向に動くのか、あるいは全体の9割の人たちにとって以前よりも酷い社会になってしまうのだろうか。

私自身もデモに参加していますが、警察は非常に暴力的だと思います。楽観的に物事を見たいとは思いつつも、アフターコロナはポジティブにも、ネガティブにもなりうる。私はコロナを経て、大衆が希望を持って立ち上がって「以前みたいなのは嫌だ」、環境汚染や搾取に「NO」と言う、そんな動きが生まれることを願っています。

ポジティブな意味で大衆の騒動が起きるのであればいいと思っています。しかし今の状況だとなんとも言えませんね。そういう意味で、政治的な恐怖を感じるのは事実です。

怒るエネルギーをなくしてしまうのは不健全

——「キングコング・セオリー」もそうですし、デパントさんの文章を読むと怒りを感じます。この怒りというのは今もまだ変わりませんか?

そうですね。そこは、あまり変わっていないと思います。書くときには怒りを感じているのです。たとえばポランスキー監督のセザール賞受賞のときにリベラシオン紙に論壇を発表しましたが、この人物が受賞するのは絶対におかしいと思って書いたので、決しておとなしい文章ではありませんでした。でも日常生活では、私はどちらかというと穏やかな方だと思いますよ。

Photo by Laundry Box

怒りという感情は、いいことでもあると思います。怒りを感じたときに書くことが私は好きだから。怒りを感じたら、人をぶっ叩くよりも書いた方がいいでしょう。怒りによって美しい文章を生むこともできると信じています。もちろん怒りはあまりいいことを生み出さない、とも思いますが、読む人を気分良くさせるような文章を生み出すこともできます。

——フェミニズムだけではなく、黄色いベスト運動(=フランス政府への抗議運動)などフランス社会では昨今、強い怒りを感じます。そしてその怒りが何かを生み出しているというのも事実だと感じます。デパントさんの文章を読むと、怒りを感じると同時に「あなたはひとりではない」というメッセージも強く感じます。

もちろん、私も人生ずっと怒りを感じながら過ごしたくはありませんが、フランスでは人々がいろんなことに対して怒りを感じる権利があると思います。そしてなるようになると流してしまい、無干渉でいることに対しても、怒りを感じるべきだと思います。

フェミニズムもすべてそうですが、何に対しても怒るエネルギーをなくしてしまうというのは不健全だと思います。

Photo by ev on Unsplash

また怒りというのは力を感じるということでもあります。フェミニズムの中でとても大切なことがそれなのです。私がポランスキーの件について書いた記事も同じです。セザール賞の授賞式で女優のアデル・エネルが抗議として退場しましたが、それに対して「わかる。私もそれに同意するよ」という記事を書いた。つまり、声を上げることが大切なのです。

人々はお互いの言っていることに対して耳をふさぐ傾向にありますが、MeToo運動などを含むこの10年で生まれた重要なことは、相手が言っていることに対して「ちゃんと聞こえているよ」と言い合えるようになった点です。

「あなたはひとりではない。あなたが言いたいことはよく理解できるし、ちゃんと聞こえている。あなたがいうことを全面的に信じるよ」とお互いに言い合う。この動きこそが、新しくて重要なことなのです。

(インタビューの続き「フェミニズムに終わりはくるか?」は2月12日に公開します。)

「キングコング・セオリー」ヴィルジニー・デパント著/相川千尋 訳

人気女性作家が17歳の時に経験したレイプ被害と、その後の個人売春の経験をもとに、性暴力、セックスワーク、ポルノグラフィについての独自の理論を展開するフェミニズム・エッセイ。自分自身を、男性でも女性でもないカオスな存在としての「キングコング」にかさね、ジェンダー規範にとらわれない女性の在り方を、力強く、小気味いい文体で模索していく。

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■著者プロフィール

ヴィルジニー・デパント Virginie Despentes

1969年、フランス・ナンシー生まれ。現代フランスを代表する女性作家。小説、エッセイの執筆や映画製作、翻訳、歌手活動など多方面で活躍する。パンクロックのライブに通い10代を過ごす。15歳の時に精神病院に入院。1994年に『バカなヤツらは皆殺し』(原書房 刊)で作家デビュー。本書『キングコング・セオリー』でラムダ文学賞(LGBTを扱った優れた文学作品に与えられる賞)、『ヴェルノン・クロニクル』(早川書房)でアナイス・ニン賞など、これまでに10あまりの文学賞を受賞。俗語を多用した口語に近い文体で、社会から排除された人々や、現代に生きる女性たちの姿を描く。シャルリー・エブド襲撃事件や性的暴行で有罪となったロマン・ポランスキーのセザール賞受賞、BLM運動にいち早く反応し、メディアに寄稿文を投稿するなど、現実社会に向けて常に発信を続ける作家でもある。35歳の時に女性に恋をしたことをきっかけに、レズビアンになったことを公表している。

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